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日本の伝統芸能を継ぐ決意。
早稲田での学びを歌舞伎に生かす

市村 旭/国際教養学部2年

 歌舞伎といえば日本の代表的な伝統芸能。市村さんは父に二代目・市村萬次郎、祖父には十七代目・市村羽左衛門を持つ伝統を受け継ぐ歌舞伎の家系だ。歌舞伎の家に生まれたら、必ず家業を継ぐものなのだろうか? 「歌舞伎の世界では現代でも家業を継ぐのが一般的です。でも私の場合は父親がかつて科学者を夢見ていたこともあり、両親は『自分の好きなことをやりなさい』と言ってくれました」。この世界では珍しく、市村さんは幼稚園から高校までインターナショナルスクールに通った。「私は今まで舞台よりも学業を優先させてきましたし、普通の学生に近い生活を送ってきました」。

 市村さんの初舞台は4歳。中学・高校では学業を優先していたため、同年代の役者と比べると舞台や稽古は少なかったが、授業後そのまま本番や稽古にいくこともあった。

 ところで歌舞伎をやめたいと思ったことは?「何度もありますよ(笑)。40分間ひたすら動かないように正座をして、急に立ち上がり踊るときなどは本当につらいです。でもお客様の喜ぶ顔を見たときはやりがいを感じます」。

 父は、歌舞伎を海外に広める活動を熱心に行っている。「私自身、歌舞伎を好きかと聞かれたら、それはまだ分かりません。でも生前に祖父が『自分の言葉で歌舞伎を伝えたい』と語った言葉が今でも強く胸に残っています」。

 早稲田大学に入学して良かったと思うのは、個性あふれる人が多いこと。同級生や先生に面白い人が多く、授業も幅広いテーマから興味があるものを選ぶことができて感動したと語る。「早稲田大学には本当に感謝しています。というのも僕はインターナショナルスクールに通っていたので、受験資格のある日本の大学が少なかったのですが、仕事の関係上、日本にいる必要があったので留学をすることもできませんでした。国際教養学部がなかったら学問を続けることはできなかったかもしれません。今は知的財産やビジネスに興味を持っています。将来歌舞伎のアートマネジメントにも生かすことができればと思っています」。

 ご両親からは「自分の好きな道に」と言われていたのに、歌舞伎の道を進むことを決意したのは一体なぜなのか?「選択肢を与えてくれた両親には心から感謝しているのですが、小さなころから家業の大切さは感じていました。簡単になくすことはできないな、と。でもプレッシャーから選択したのではなく、祖父や父の歌舞伎にかけていた思いを受け継ぎたいと思うようになり、自然と自分自身から歌舞伎役者への道を志していたんです」そう話す市村さんの表情には、穏やかながらも強い決意がみなぎる。「今後の目標は祖父や父と同じように海外公演を行い、日本の伝統文化である歌舞伎を世界に伝えること。格好良すぎるかもしれませんが、日本と外国をつなぐ架け橋になりたいと思っています。今、早稲田で学んでいることも将来歌舞伎のために役立つと思いますし、歌舞伎の発展のために生かしていきたいと思います」。

子どものころの市村さん。父・二代目 市村萬次郎、 祖父・十七代目 市村羽左衛門と一緒に

(提供:早稲田ウィークリー

市村 旭(いちむら・あさひ)/国際教養学部2年

1990年東京都生まれ。St. Mary's Inter-national School卒業。国際教養学部2年。六代目・市村竹松。市村萬次郎の長男、祖父は十七代目市村羽左衛門。平成6年11月歌舞伎座『盛綱陣屋』小三郎で初舞台。武術が好きで特に剣道が好き。大学では美術サークルと、カードゲームサークルに所属。取材当日はなんと本人の誕生日(1月12日)だった。