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3年ぶり、囲碁学生チャンピオン!
人間性を鍛えれば、囲碁の腕も強くなる

宮﨑 能爾/社会科学部2年

 昨年末、本学囲碁会が第54回全日本大学囲碁選手権で優勝、3年ぶりに10度目の大学日本一に輝いた。この大会は、春期・秋期リーグ戦を勝ち抜いた全国8地区の代表校による団体戦で、5人の棋士全員が、4日間かけて8つの大学と対局する。「最後の最後まで、勝敗が見えない接戦でした。最終日は午後の試合を控えて緊張してしまって、昼食が喉を通らなかったほどです。たくさんの人に応援に来ていただいて、優勝した時には胴上げまでしてもらいました!」とうれしそうに話すのは、副将の宮﨑さん。

 宮崎さんにとって囲碁の魅力とは?「勝負を左右するのは、100%自分の実力。何にも影響されず、白黒はっきりつけられるところが好きです」。裏表がなさそうなまっすぐな人柄は、囲碁と向き合うことで培われたものかもしれない。

 宮﨑さんが囲碁を始めたのは6歳のとき。水泳やピアノなど他の習い事は長続きしなかったが、囲碁だけは、複雑で奥深い世界にのめり込んでいった。多くのプロ棋士を輩出している道場に通い、ここで人生の師となる菊池康郎先生に出会う。「職人のように囲碁に向き合っている姿勢に感化されました。先生はプロ棋士になる実力を持ちながら、囲碁を通して若者の精神、姿勢を鍛えることを目指してきた方です。囲碁の腕は、「人間力」を鍛えることで強くなれると教わってきました。ですから、囲碁が今の自分を形作ったといっても過言ではありません」。

 菊池先生の教えを信じて囲碁に真摯に向き合い、自信がついてきた小学5年生のとき、プロになることを決意。「反抗期だったので、親に勧められるままに中学受験をして、敷かれたレールの上を歩いていくのは嫌だという思いもありました。でも大好きな囲碁でプロになりたいと告白したら、両親はあっさり許してくれました」。

 13歳でプロ棋士の登竜門である日本棋院院生に合格。高校には進学せずに月曜日から金曜日は道場で、週末は日本棋院に通う日々を過ごし、16歳からプロ試験を受け続けた。「プロ棋士になるなら、高校は行かなくてもいいと思いました。普通の高校生活を送らなかったことをまったく後悔していないわけではありません。ただ、いわゆる普通の高校生活を送る人と同じように、自分にも、道場や棋院で得たかけがえのない経験がありますから」。

見事に全国大会優勝!

 「院生になってもプロ棋士になれるのは、ごく一部。院生は18歳までに退会しなければならないので、最初からリミットを決めていました」。残念ながらプロ試験には合格できなかった宮崎さん。プロ棋士になることを諦め、高等学校卒業程度認定試験と大学受験のための勉強を始めたのは18歳のときだ。

 第一志望を本学に決めたのはもちろん、強豪の囲碁会があったから。「1年目で目標の全日本大学囲碁選手権に出場し、優勝に貢献できたので本当にうれしかったです。でも学生の囲碁は、楽しむことが一番! 囲碁以外のことも楽しみながら、勝負していきたい」。 実は宮﨑さん、大学生になるまでカラオケにも行ったことがなかったし、テレビもほとんど見ていなかった。囲碁中心の生活から一転。学生時代はさまざまなことに挑戦してみたいという。「一人旅もしたいし、本もたくさん読みたい。経験を通して人間性を鍛え、囲碁に生かしていきたいです」。

 個性豊かな仲間たちと過ごす大学生活は、宮﨑さんの囲碁をどう変えていくのだろうか。連覇をかける早稲田囲碁会の活躍からも当分目が離せない。

オフの日は囲碁会のみんなでBBQ!

(提供:早稲田ウィークリー

宮﨑 能爾(みやざき・よしじ)/社会科学部2年

1990年栃木県生まれ。社会科学部2年。6歳のときに習い事の一つとして囲碁を始める。13歳のときに日本棋院院生に合格、18歳までプロを目指していた。高等学校卒業程度認定試験合格を経て本学に入学。早稲田囲碁会に入部し、昨年は副将として全日本大学囲碁選手権優勝に貢献した。趣味は映画鑑賞。「1年間で60本くらい観ました。『シザーハンズ』が面白かったです」。最近は、高田馬場のラーメン屋巡りにはまっているそう。