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3冠達成のその先へ
5冠制覇 完全王者の野望を胸に

八木 勇樹/スポーツ科学部4年

 2011年1月3日、第87回箱根駅伝で、エンジのタスキが先頭でゴールテープを切った。惜しくも往路は東洋大学に首位の座を奪われたものの、復路で逆転。チーム全員が安定した走りを見せ、2位の東洋大学とは21秒の差をつけた。18年ぶりの総合優勝、そして競走部史上初の学生駅伝3冠達成! 早稲田の選手たちを中心に、大手町が歓喜の渦に包まれた。「とにかく勝てて良かった、という思いでした」。競走部の伝統、多くの人の思いを背負って走った心情を競走部主将の八木勇樹さんは語る。

2010年9月10日、日本学生選手権1500m決勝試合。
気迫の走りを見せる八木勇樹選手(本人、左側)
写真提供:早稲田大学競走部

 実は、本学には駅伝部はない。箱根駅伝に出場したのは、競走部の長距離ブロックの選手たちだ。競走部には短距離ブロックもあり、ここには投擲や障害などの選手も含まれる。2010年、日本選手権100mで2連覇を達成した江里口匡史選手(2010年度競走部主将・2011年3月スポーツ科学部卒)や、やり投げでジュニア日本新記録を達成したディーン元気選手(スポーツ科学部2年)らは、短距離ブロックに所属する。現在、マネージャーやトレーナーも含め、競走部は約120人の大所帯である。

 箱根駅伝で自らも9区を走った八木さんは、真剣な表情で振り返る。「箱根駅伝の前、短距離ブロックの選手たちが初めて壮行会を開いてくれたんです。競走部が一体となって応援してくれたことが、すごく力になりました」。

 競走部としての一体感。これは八木さんが入部当時からこだわってきたことだ。入部当時の競走部は、短距離も長距離も同じ時間・場所で練習しているにも関わらず、ほとんど交流がなかった。“もったいない……”。この素晴らしい環境を活かせば、競走部の力はもっと上がるのに……。「僕は何か“違う”と感じたら、“どうにかしよう”って思う性格なんです。だから、絶対に主将になって、“短長の壁”を取り払ってもっとみんな一丸となった部にするぞと、1年生のころから決意していました」。

 3年生の10月、八木さんは念願叶って晴れて主将となった。

 八木さんが主将になって変えたのは、部員たちとの普段の付き合いだ。“短長”隔てなく声を掛け、一緒に食事をしながらチームや競技のことを語り合った。「上級生も下級生から同じアスリートとしてさまざまなことを学び、お互いに良い影響を与え合えたと思います。まあ、科目登録の相談にも随分乗りましたけど(笑)」。

 2011年3月からは、監督と相談の上、寮の部屋割りを変えた。同じ部屋に短長の選手を混ぜて割り当てることにしたのだ。“文化”の異なる人たちを同室にするのは、リスクもある。「短長の選手で生活リズムが違い、就寝時間や起床時間が違うケースが多いんです。それでも、当たり前のようにお互いを理解し合える環境をつくるメリットの方が大きいと判断しました」。

 部全体の交流が深まると共に競技の成績も上がった。八木さんはさぞかし達成感で一杯かと思いきや、「それがまったく。正直、昨年箱根で優勝したときも、どこか冷めたところがあって……」と意外な答えが。「早稲田の競走部は日本陸上界を牽引する集団でなければなりません。それに向けた努力を、僕自身がやり切れていないからだと思います。選手として、主将として、できることをとことんやり尽くしたい。そして今年は学生駅伝3冠だけでなく、インカレ優勝も含めて5冠をみんなで達成し、心の底から思いっきり泣きたい。そのために、全力で頑張ります!」

寮の夕食風景。手前は第87回箱根駅伝7区を走った三田裕介さん(スポーツ4年)。八木さんは中央

短距離ブロックの選手も活躍中! 写真は、ディーン元気選手
写真提供:早稲田大学競走部

(提供:早稲田ウィークリー

八木 勇樹(やぎ・ゆうき)/スポーツ科学部4年

1989年兵庫県生まれ。西脇工業高等学校卒業。スポーツ科学部4年。2011年度競走部主将。高校時代から長距離走者として活躍し、2007年国体5000m優勝。本学入学後、2010年日本インカレ1500m第2位、同5000m第5位入賞。入学以来3年連続で箱根駅伝を走り、2011年は第9区走者として区間2位を記録した。好きな作家は東野圭吾。好きな食べ物はとんかつ。そして、好きなアイドルはAKB48の大島優子。「AKB48というよりも、大島優子さん個人が好きなんです。性格がさっぱりとしているところがいいですね。あと、なんといってもかわいいところ。この想いを本人に届けたいです(笑)」。