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200mバタフライで念願の日本新記録
北京の敵はロンドンで討つ!!

星 奈津美/スポーツ科学部3年

 2011年競泳国際大会代表選考会で、優勝。タイムは2分6秒05、日本新記録を樹立した※。高校時代には、日本代表に選抜され、北京オリンピックの舞台も経験した。いま日本を代表する女子水泳選手の一人だ!

はじめて国際大会で獲得したメダルは喜びもひとしお!

 ところが、水中ではスピード感あふれる星さんも、陸上では勝手が違うようだ。「よく、陸とのギャップが激しいと言われます。歩くのも遅いし、自分のなかでは焦っていてもマイペースだねと言われた(笑)」と、おっとりとした口調で語ってくれた。

 水泳を始めたのは1歳半のころ。当時通っていたスイミングスクールの先生のアドバイスで、小学校1年生のときから、バタフライを始めた。今や飛ぶ鳥落とす勢いの星さんだが、意外にも中学校時代の最高順位は全国大会4位。表彰台にも上れなかったという。

 星さんが一躍注目を集めるようになったのは高校生のときだ。コーチに勧められはじめて出場した国際大会「北京オープン」で、女子200mバタフライの自己ベストを3秒も更新し、当時の日本歴代2位の記録で見事優勝。続く日本選手権でも準優勝に輝き、無名の高校生が北京オリンピックの切符を手に入れた。「突然注目を集めるようになって、すごくプレッシャーを感じました。でも自分を見失わないよう、年度始めに立てた『自己ベスト更新』という目標をしっかり意識するようにしました」。北島康介選手など、日本を代表する選手たちに囲まれて代表合宿にも参加し、多くの刺激を受けた。「プレッシャーには強いほうだと思っています」と語る通り、オリンピックでは結果こそ10位だったが、予選では自らの言葉通り、自己ベストを更新することができた。「でも、決勝に進みたかったですね。観客席から試合を見るのは切なかったです」。この時、星さんは日本代表に選ばれた喜びでは終わらず、負けた悔しさを噛みしめていた。

 そして本学に進学。順風満帆とも思えた競技生活だったが、入学直前の高校3年の春、足首を捻挫してしまう。その結果、入学直後の4月に行われた日本選手権は5位へと転落。その年の世界大会への出場は断たれてしまった。はじめての大きな挫折。「すごく悔しかったけど、辛かった時期、いろんな人に助けてもらいました。早稲田のチームのみんなにも支えてもらいました」。周囲の人の助けを改めて認識した星さんは、その年のインカレでは、100m/200mバタフライで2冠を達成し、見事復活を遂げた。

 翌年以降も星さんの快進撃は続く。2年生では、アジア大会の200mバタフライで銀メダルを獲得し、国際大会では初めて表彰台に上り、3年生では、冒頭の通りアテネ五輪銅メダリスト・中西悠子の日本記録を塗り替えた。「水泳は好きだから続けています。記録が出ないと面白くはありませんが、何より泳ぐことが好きだと言う気持ちは忘れていません。応援してくれる人たちの存在も私を強くしてくれています。水泳部の同期のみんなとも仲がよくて、オフの日にはみんなでご飯を食べにいったり、カラオケに行ったり。嵐やAKB48の歌などを歌って、みんなで盛り上がるんです!」。

 そんな星さんが照準を合わせるは、来年夏のロンドンオリンピックだ。「北京オリンピックの悔しさはロンドンオリンピックで果たします。ロンドンではメダルを獲得したいです!」。世界を舞台に躍進を続ける星さんに注目だ。

2008年北京オリンピック。期待の新“星”現る!

2010年アジア大会出場時。星さんは前列右から2番目

2010年パンパシフィック選手権大会出場時

※2011年世界選手権において、自身が持つ日本記録を0秒14更新する2分5秒91を記録。4位入賞を果した。3位とはわずか0秒01差で表彰台こそ逃したが、今大会で日本記録を更新させた選手は星選手ただ一人。

(提供:早稲田ウィークリー

星 奈津美(ほし・なつみ)/スポーツ科学部3年

1990年埼玉県生まれ。春日部共栄高校を経て本学に入学。スポーツ科学部3年。スウィン大教所属。2008年北京オリンピック出場。2010年アジア大会準優勝。2011年6月ヨーロッパGP 3連覇、3大会連続で大会記録を樹立。母娘でアイドルグループ「嵐」のファン。ヨーロッパGP帰国の翌日、嵐のライブへ行く。「遠征中は、嵐が出演するTV番組などを、頼まなくても母が録画してくれるんです(笑)」