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スキーワールドカップで自身初の表彰台
白馬生まれのジャンパーが、世界で輝く!

渡部 善斗/スポーツ科学部4年

 普段は淡々とレースをこなす渡部善斗さんが、珍しくガッツポーズを決めた。2013年3月15日に行われたワールドカップ(W杯)ノルディック複合個人第16戦で自身初の3位入賞。さらに兄の暁斗(あきと)さんは2位に入り、日本人選手が兄弟で表彰台に上がるのは1995年の荻原(おぎわら)兄弟以来となる快挙。ニューヒーローが誕生した瞬間である。

 渡部さんはスキーが盛んな長野県白馬村出身。1998年の長野五輪をきっかけに競技を始めた選手も多いが「五輪の記憶はほとんどないし、周りに言われるまま始めただけです」と苦笑い。小学校低学年で経験した人生初ジャンプでは着地に大失敗。恐怖心からその後、他の子どもたちとの力の差は開く一方だったが、高学年になったある日、先輩のジャンプを見ながら「自分もあんなふうにかっこよく飛びたい」とふと思ってから、瞬く間に才能が開花。中学2年次に全国大会で初優勝し、翌年は連覇。高校でも1年生から全国優勝。3年次には、全国選抜大会・国民体育大会・全日本選手権を全て制覇という華々しい成績を残し、早稲田大学スキー部に入部した。ところが……。

 「あの頃はがむしゃらにやれば勝てると思っていました。全力でやることが強さだと思っていたんですね」。

 当時を振り返るその言葉通り、大学に入ってから参戦した世界大会では、思うような成績を残せなくなる。得意のジャンプで上位に立っても、その後のクロスカントリーで抜かれてしまう試合が続いた。「トップクラスの選手は勝ち方を知っている。ただやみくもに練習するのではダメだ」。そう痛感した渡部さんは焦らず地道にやっていくことを心に決める。スポーツ科学部の授業で学んだことは積極的に練習に取り入れて試行錯誤。毎年目標を掲げ、一歩ずつステップアップすることに努めた。それでも苦しいレースは続き、今年2月の世界選手権団体戦では渡部さんの失速により、チームがメダルを逃してしまう。すると「今までで一番キツいレースだった」と言うこの経験が起爆剤となったのか、これを境に成績が上向き始める。W杯個人戦序盤で早くも目標としていた総合20位以内を十分狙える位置につけ、第15戦で過去最高の4位。「調子がいい今、表彰台に上がらないと後がない」という気持ちで臨んだ第16戦。ついにその瞬間がおとずれる。

 得意のジャンプでトップに立つと、クロスカントリーでは有力選手に猛追されながらも懸命な走りを見せ、3位でゴール。兄を含む二人に抜かれはしたが、やっとつかんだ表彰台。思わずガッツポーズが出たのも、スキー部で重ねた練習がようやく実を結んだ瞬間だったからだ。それでも渡部さんは「いまだに勝ち方が分からないし、トップには立てない。それが現実です」と冷静に語る。

 将来の夢は当然、五輪の金メダルとW杯総合優勝だが、まだ頂点は遠い。だからこそ、良い時も悪い時も、努力を積み重ねるしかない。「自分が日々成長しているのが実感できるし、目指すべき上があるから続けられる。今は、それが楽しいんです」。

ジャンプを得意とする渡部選手でさえ、恐怖感を全く感じずに飛べることはほぼ無いという

肉体的、精神的な強さが求められるクロスカントリースキー

夏のジャンプ合宿にて。早大スキー部は1年を通して徹底した練習を積む

写真提供:早稲田大学スキー部

(提供:早稲田ウィークリー

渡部 善斗(わたべ・よしと)/スポーツ科学部4年

長野県出身。県立白馬高等学校卒業。大会のために数多く訪れた国々の中で、お気に入りはノルウェー。休みの日は家にいることが多いが、たまにフラっと出掛けることが好き。兄の暁斗さんと共にソチ五輪日本代表有力候補。