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創部100周年を迎えた競走部の主将
“W”の伝統を胸に、日本のトップを目指す

九鬼 巧/スポーツ科学部4年

 1928年のアムステルダム五輪で日本人初の金メダリストとなった織田幹雄をはじめ、多くの有力選手を輩出してきた早稲田大学競走部。その創部100周年という節目に主将となった九鬼さんも、早稲田の伝統とえんじ色のユニホームに憧れて入部した選手の一人だ。

 「子どものころから早稲田が陸上の強豪校であることは知っていました。高校3年のときに競走部の監督からお話を伺う機会があって、日本のトップレベルだけではなく、もっと上を見据えていると感じたんです。だから僕も、ここから世界を目指したいと思いました」。

 高校時代からユース世界大会などで活躍していたが、大学1年次にはなかなか記録を伸ばせなかった九鬼さん。そこから1年で瞬く間に実力をつけ、迎えた2012年6月の日本陸上競技選手権大会で大躍進を遂げる。0.01秒差で優勝こそ逃すものの、3カ月後に迫っていたロンドン五輪4×100mリレーの代表に抜擢。子どものころから目指していた夢舞台への切符を、19歳にして手に入れることになる。

6月の日本陸上選手権では10秒38で8位と、悔しい結果に。9月の日本学生選手権では雪辱を期待したい
写真提供:早稲田大学競走部

 しかし、待ちに待った五輪本大会では補欠登録。最後まで出番は回ってこなかった。「環境も、規模も、スタンドの盛り上がりも、これまで見た中で最高の大会でした。でも“いい経験だった”なんて言えないですよ。僕はただ、空気を感じてきただけですから」。五輪を振り返る口調には、一度も走ることなく終わった悔しさが強くにじむ。

 九鬼さんの自己ベストは10秒19。世界選手権などでは、10秒14前後が出場資格を得るための標準記録となる。あと、わずか0.05秒。そのタイムを縮めるために、日々のトレーニングに全力を注いでいる。大会に照準を合わせて練習と調整を繰り返し、最高の状態でレースを迎え、イメージどおりの完璧な走りができなければ、自己ベストは更新できない。100m走とはそれほどストイックで、繊細な競技なのだ。現在の世界記録は、ウサイン・ボルトの9秒58。そのタイムははるか遠く、分厚い壁の先にあるように思える。

 「でも、それが楽しいんですよ。何年もトレーニングを積んで、ほんの10秒で勝負が決まるのが。そこで0.01秒を削るために必死なんです。ロンドン五輪を見て感じたんですが、ぎりぎりで代表に選ばれる程度じゃ、出場したって勝てない。世界との壁が厚いからこそ、もっと上を目指さないと通用しないし、五輪で戦うには日本でしっかり結果を出せないといけない」。

 現在は9月の日本学生選手権に向けて練習を重ねる競走部。100周年である今年は部員一同で話し合い、「早稲田が日本陸上界のトップにいることを証明する」という目標を定めた。そのためには、一人でも多くの部員が表彰台に上がり、トラック種目の総合優勝を果たすことが欠かせない。

 「OB・OGの皆さんの応援、支援はいつも感じていますし、とても感謝しています。だからこそ、えんじ色の“W”を着ることには思いが詰まっている。感謝の気持ちも込めて、表彰台でこのユニホームを何度も掲げたいんです」。

 100年の歴史と先輩への感謝を胸に、早稲田の名を日本中にとどろかせる。

2012年、ロンドン五輪の壮行会にて、同じく競走部から出場したディーン元気さん(2014年スポ科卒)らと

リレーにも出場する九鬼さんは、バトンパスの練習も欠かせない

寮生活でも、主将として後輩たちを束ねる頼れる存在だ

(提供:早稲田ウィークリー

九鬼 巧(くき・たくみ)/スポーツ科学部4年

和歌山県出身。県立和歌山北高等学校卒業。小学4年生のときに陸上を始め、高校時代にインターハイで100m二連覇を達成。陸上選手だった兄と共に開設しているブログでは、短距離走法などのアドバイスを掲載している。