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【早稲田大学校友広報紙「西北の風」特別企画】
堀井雄二さん・朝井リョウさん・岡室美奈子さん座談会

早稲田からクリエイトする(第1部)

 早稲田大学は、これまでに数多くのクリエイターを輩出してきました。今回は、『ドラゴンクエスト』の生みの親である堀井雄二さん、新進気鋭の作家である朝井リョウさんという、世代もジャンルも異なる二人のクリエイターが登場。文化構想学部の岡室教授とともに、クリエイターを輩出する土壌の秘密に迫ります。
[座談会会場]ホテルメトロポリタン(豊島区西池袋)

出演者

堀井 雄二さん/ゲームデザイナー

1954年、兵庫県淡路島生まれ。77年、早稲田大学第一文学部卒業。フリーライターを経てゲームデザイナーに転向。ロールプレイングゲームの名作『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親として知られる。テレビゲームのパイオニアとして、日本のみならず世界のゲーム業界に影響を与え続けている。

朝井 リョウさん/作家

1989年、岐阜県不破郡生まれ。早稲田大学文化構想学部在学中。09年、青春オムニバス小説『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。高校生活の中で起きた小さな変化を5人の同級生の視点から描き、瑞々しい筆致と確かな描写力で高い評価を得ている。

岡室 美奈子さん/早稲田大学文化構想学部教授

1990年、早稲田大学大学院文学研究博士後期課程単位取得退学。PhD(UCD)。早稲田大学文学部専任講師、助教授などを経て現職。演劇・テレビ論を専門とし、特にサミュエル・ベケット研究では日本を代表する存在。主な著書に『知の劇場、演劇の知』(ぺりかん社)、『ベケット大全』(共編著/白水社)など。

好きなことに明け暮れた学生生活
岡室

今回は、『ドラゴンクエスト』の生みの親である堀井雄二さん、昨年すばる新人賞を受賞した朝井リョウさんという、世代もジャンルも全く違うお二人にお話を伺いたいと思います。まずは堀井さん、早稲田大学ではどんな学生生活を送っていらっしゃったんですか?

堀井

僕が学生だった当時は、下火になっていたとは言えまだ学生運動が残っているころでした。1972年、ちょうど入学した年に「山岳ベース事件」(※1)が起こって、その影響で1年弱の間大学が封鎖されてしまったんです。せっかく大学生になったのに、大学に来なくていいという事態になってしまって。

岡室

1972年は浅間山荘事件が起きた年でもありますね。大変な年に入学されたんですね。

堀井

そうですね。そのころ僕は漫画家を目指していて、漫画家になるなら文学部だろうと思って文学部に入ったんです。入学後は漫研(漫画研究会)に入ったんですが、そこで麻雀を覚えちゃって。大学が封鎖されていた期間は麻雀ばかりやっていました。当時はまだコンピューターも一般的ではなかったし、今の仕事につながるようなことは何もしていなかったですね。ただ、麻雀牌を使って新しいゲームを考案したりはしていました。

岡室

では、麻雀に明け暮れた時期というのも無駄ではなかったんですね。

堀井

いえ、ほとんど無駄だったと思います(笑)。ほぼ何も勉強しないまま2年生になって、その後も漫研にばかり入り浸っていたので、実は授業のことはあまり覚えていないんです。卒業まで6年もかかりましたし。ただ、漫画は結構一生懸命描いていました。早稲田の漫研はわりと優秀で、東海林さだおさんや弘兼憲史さんなど、今有名な漫画家さんの中にもOBやOGがたくさんいるんですよ。

岡室

それはすごいですね。次に朝井さんにお聞きしたいんですが、今3年生ですが、今までのところ学生生活はいかがですか?

朝井

前半の思い出としては、やはり僕もサークル活動が大きかったですね。1年生でストリートダンスのサークルに入って、それからは踊ってばかりいました。映画サークルにも入って、そこで友達と短い映画をつくったりしていました。

岡室

「踊る小説家」ですね(笑)。早稲田に入ったきっかけは何だったんですか?

朝井

大学のパンフレットに、堀江敏幸先生(文化構想学部教授)の名前があったからなんです。センター試験の過去問題を勉強していたとき、現代文の問題で先生の小説が出ていたんですよ。それがとても面白くて、入試問題だということも忘れて引き込まれてしまって。だから早稲田のパンフレットを見たとき、「この人が教えてくれるんだ!」ってものすごい衝撃を受けたんです。それで今、僕は堀江先生のゼミにいるんですよ。未だに実感がわきません(笑)。

堀井

小説はいつごろから書いていたんですか?

朝井

小学生のころから少しずつ書いていましたが、それが仕事になるようなことだとは思っていませんでした。高校時代も書いてはいましたが、恥ずかしくて周りの人には言えなかったんです。ところが早稲田に入ったら、誰もが当たり前のように何かをつくっている。女優になるんだとか映画監督になるんだとか言っている人が周りにたくさんいて、そこで初めて「小説を書くって恥ずかしいことじゃないんだ」と思えたんです。

岡室

確かに、早稲田には何かを創作していて当たり前という雰囲気があります。特に朝井さんは文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系ですから、周りの学生はみんな何かを書いているわけですよね。

朝井

そうなんです。だから、先生よりも学生の評価の方が厳しいですね。僕が賞を取った後も、みんな「1個賞を取ったからって何?」みたいな感じで。そういった、よい意味でのライバル心があるのは文化構想学部ならではだと思います。なかなか天狗にさせてくれない(笑)。

堀井

物語って、書き始めるのは簡単だけど完結させるのが難しいですよね。途中まで何となく書ける人はいても、終わりまで書ける人っていうのは少ないと思いますよ。

朝井

そうですね。話を完結させるのはすごく体力を使います。

(※1)革マル派学生による中核派学生のリンチ殺人事件。その影響で早稲田大学では学生大会が開かれるなど混乱が続き、収拾のため大学側がほぼ全学部を封鎖した。

『ドラゴンクエスト』の発想力

「ドラゴンクエスト」
© 1986 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

岡室

お二人とも物語の名手ですが、特に堀井さんは、それはもう膨大な物語を紡いでいらっしゃいますよね。

堀井

作品数自体は少ないんですけどね(笑)。今はもう全部パソコンで書いていますが、『ドラゴンクエストⅦ エデンの戦士たち』のころはまだ紙を使っていたんですよ。あのときは、厚さ8センチぐらいあるA4ファイルが約20冊になりました。完成までに4、5年かかったかな。

岡室

最初の『ドラゴンクエスト』が1986年で、その後も一貫性を保ちながらずっと物語をつくり続けていらっしゃる。そのエネルギーはどこから来るんですか?

堀井

いえいえ、やはり作品を出すペースは落ちてきています。これはもうシリーズ物の宿命だと思うんですが、出すごとにユーザーの欲求レベルが高くなって、次作が前作と同レベルの面白さだとつまんないって言われちゃう。僕の場合ラッキーだったのは、シリーズが進む間にコンピューターの性能が上がったこと。容量や表現力が格段に増えたおかげで、みんなの期待に応えられた。でも、小説のような紙媒体はそうはいかないですよね。

朝井

そうですね。活字だけですから、土台が同じところで新しいことをやっていかなきゃいけないですね。

岡室

実は、事前に少し調査しようと思って、ツイッターで「ドラクエの魅力を教えてください」と発信したんです。反響の中で一番多かったのが「自由度が高い」という意見なんですね。物語に余裕のようなものがあって、ある程度自分のやり方で物語を進めていける点が魅力だと。そういう風に、幅を持たせながら物語を紡ぐのはすごい技術だと思います。

堀井

『ドラゴンクエスト』は、自分の思い出の一部として覚えてくれている人が多いんです。友達と一緒にプレイしたとか、兄弟はこんな風にプレイしていたとか。そのおかげで未だに覚えてもらえているんだと思うんです。だからこそ、自由度はあえてつけておきたいんですよ。

岡室

ゲーム中では魔術や練金術なども出てきますよね。私はオカルト芸術論という授業を担当していて、キリスト教より前のドルイド教の影響で妖精や魔術を許容する土壌があるアイルランドの文化を専門としているんです。そういう面で『ドラゴンクエスト』はとてもヨーロッパ的だと感じたのですが、魔術などを登場させるというのはどこから発想されたんですか?

堀井

「日本人が考える魔術ってこんな感じじゃない?」みたいなところから始まっているんです。舞台を中世的な雰囲気にしたのは、何となくイメージだけがある魔法の世界の方が、日本人にとって逆にリアルかなと思ったから。例えばこれが江戸時代だったりすると、日本人には嘘っぽい部分がわかっちゃうかなと思ったんですよ。

「ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人」
© 2009 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/LEVEL-5/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

岡室

なるほど。オカルト芸術論では、「先端的なものは常にオカルト的なものをはらんでいく」という話をしているんです。例えばビデオテープのような新しいメディアが普及すると、『リング』のようなホラー小説が登場してくる。ゲームのように常に最先端のテクノロジーを使うものが、魔法や怪物といった非合理な存在をイメージとして使っているのは、とても興味深いです。

堀井

確かに、あえて逆のものを持ってくるという発想はありますね。僕は最初、コンピューターに冷たいという印象があったので、ゲームは何か暖かい感じのものにしたいと思ったんですよ。宇宙とかには冷たいイメージがあったので、自然や森が広がる中世の方がホワンとしていていいんじゃないかと。

朝井

作品をつくるとき、スタッフの方たちとはどうやってイメージを共有しているんですか? 僕は人と一緒に物語をつくったことがないので、自分の頭の中にあるイメージや世界観を他の人と共有するって想像がつかないんです。

堀井

つくり始めたころは僕1人だったんですよ。でも、シリーズが続くに従って物語が膨大な量になってきて。今は、大体のあらすじとそれぞれの街で起こるエピソードを決めたら、それに合わせてスタッフに一つ一つのエピソードを書いてもらっています。パーツをつくってもらって、それを調整してまとめ上げるという感じですね。

朝井

そういうやり方は、とてもうらやましいです。僕の場合、基本は自分の過去の経験から引っ張り出してきて物語をつくるんですが、堀井さんは世界の土台から描いている。ゼロから取り出すというイメージがあるんですが、どこから発想がわいてくるんですか?

堀井

その都度、結構悩みますよ。ⅠやⅡはそれほどでもなかったんですが、Ⅲで僕的にはやりたいことを全部やり終えてしまった。ところが続きをやるということになって、さてどうしたものかと。Ⅳでは「じゃあ仲間を作ろう」と思って、この仲間たちにもそれぞれ人生があるという形にしたんです。Ⅴは「じゃあ次は親子3代の物語にしよう」と。ただ、土台はⅠからⅢの間でつくってしまったので、その後は何もないところから考えているわけじゃないんですよ。大変は大変ですけどね。

朝井

そうなんですか。ゲームが好きな友達に聞くと、『ドラゴンクエスト』はゲーム中の文章が独特の「堀井節」で、それがすごく面白いって言うんですよ。文章についてはどんな考え方をお持ちですか。

堀井

ファミコンだった時代は本当に容量がなかったので、いかに短い文章で、いかに臨場感を出すかということを考えました。僕は漫画家志望だったので、それって漫画の吹き出しのセリフと同じだなと思って。だから『ドラゴンクエスト』は英訳が難しいみたいですね。日本語は喋るだけでその人の性別やキャラクターがわかるけれど、英語だとなかなかそうはいきませんから。

朝井

確かに、英語にするのは難しいでしょうね。セリフには漫画の経験が生かされているんですね。すごく納得しました。

【主なドラゴンクエストシリーズ】
発売日   対応機種
1986年5月27日 ドラゴンクエスト (ファミリーコンピュータ)
1987年1月26日 ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々 (ファミリーコンピュータ)
1988年2月10日 ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ… (ファミリーコンピュータ)
1990年2月11日 ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち (ファミリーコンピュータ)
1992年9月27日 ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁 (スーパーファミコン)
1995年12月9日 ドラゴンクエストⅥ 幻の大地 (スーパーファミコン)
2000年8月26日 ドラゴンクエストⅦ エデンの戦士たち (プレイステーション)
2004年11月27日 ドラゴンクエストⅧ 空と海と大地と呪われし姫君 (プレイステーション2)
2009年7月11日 ドラゴンクエストⅨ 星空の守り人 (ニンテンドーDS)

※その他、携帯ゲーム機や携帯電話向けの移植・リメイク、関連シリーズも多数。

『桐島、部活やめるってよ』の構造に注目
岡室

朝井さんの小説『桐島、部活やめるってよ』、とても面白かったです。

朝井

ありがとうございます。

岡室

結局、桐島君本人は出てこないんですよね。ある日桐島君が部活をやめて、その周辺の子たち5人がそれぞれの視点から物語を語っていく。一つの小説なのに五つの視点があって、とても面白いと思いました。5人の子は野球部、バレー部、ブラスバンド部、映画部、ソフトボール部と様々ですが、朝井さん自身が投影されているのはどの子ですか?

朝井

5分の1ずつだと思っています。僕は高校時代はバレーボール部で、ピアノもやっていた時期があるんですよ。映画も好きで、監督になりたいとも思っていました。色々な人間を描いてはいますが、全部自分の中にあるものなんです。

堀井

この作品は、スポーツができて見た目もかっこいい「勝ち組」の子たちと、文化部で何となくダメな感じの「負け組」の子たちの物語ですよね。でも朝井さんは、バレーボールもできてピアノも弾けて文章も書けて、何でもできちゃうじゃないですか。もう絶対勝ち組って感じで(笑)。

朝井

いやいやいや、まったくそんなことないです。ただのお腹の弱い学生で(笑)。僕はすごく臆病だし、自分のことをそういう風に思ったことはないです。ただ高校時代、創作が好きっていう点だけは自分の中でずっと大きかったですね。恥ずかしくて、それを口に出すことはできませんでしたが。

堀井

桐島君本人が出てこない構造にしようと思ったのはなぜですか?

朝井

もともとミステリーをよく読んでいたので、「横から見たら長方形に見えたけど、上から見たら円柱だった」というような、立体的な発見がある物語が面白いと思っていたんです。高校の中でも、実はそういう発見ってたくさんあるりますよね。あの子は、こっちの子からは明るくて楽しそうに見えるけど、違う子から見たらこう見える、というような。じゃあそれを小説にしたらどうなるんだろうと、実験的な感じで書いてみたんですよ。

堀井

そうなんですか。構造から見るとゲーム的だなと感じたもので、元からそういう感覚を持っているのかなと思ったんですよ。

朝井

感覚的に、ゲーム的なやり方で物語をつくっている部分はあるかもしれません。僕は映画や漫画が好きだったこともあって、映像的に考えるタイプだと思うんです。いいなと思うシーンが頭に浮かんだら書き留めておいて、それからそのシーンをより素敵なものにするために、表現方法や前提になる出来事を考えていくことが多い。でも、僕が一番きれいに書けるのはやはり文章だと思っているので、文章が映像に勝るようにするためにはどうしたらいいだろうと、いつも考えながら書いています。

岡室

ゲームや漫画や映画といった他のメディアが小説の書き方にも影響を与えているけど、逆に小説とは何か、といったメディアの固有性が問われているということですね。今のお二人のお話で、ゲームと小説の世界がつながったような気がします。

(第2部へ続く ※「西北の風」読者はこちらからお読みください)