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【早稲田大学校友広報紙「西北の風」特別企画】
科学者座談会

科学の責任、早稲田の使命(前編)

 未曽有の大災害となった東日本大震災は、大学の研究・教育においても、その在り方を問う大きな契機となりました。あらゆる理工系分野を研究する「総合理工系大学」としての先進性とスケールメリットを活かし、急激に変化する社会のニーズに対応した研究を行っている早稲田大学理工学術院。大震災を経験した今、最先端の科学は、何を期待され、また何をするべきなのか。山川宏学術院長の司会のもと、3名の研究者に語ってもらいました。

(※2011年度 早稲田大学校友広報紙「西北の風」に掲載。「西北の風」読者は後編からお読みください。)

出演者

山川 宏 教授/理工学術院長、創造理工学部総合機械工学科/創造理工学研究科 総合機械工学専攻

 1970年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。1975年、同大大学院理工学研究科 博士課程修了。1983年より同大学理工学部教授、2007年に同大創造理工学部学部長。専門分野は設計工学、構造制御と振動、構造解析と最適化。
 東日本大震災発生以来、理工学術院長として、震災に関する理工学術院の取り組みを統括し、防災、原子力、節電、復興関連の研究発信等を積極的に行っている。
 特に理工学術院のある西早稲田キャンパスは、ピーク時の電力使用量を前年比20%削減することを目標とし、各種節電に努めた。

佐藤 滋 教授/創造理工学部 建築学科/創造理工学研究科建築学専攻

 1973年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。1975年、同大大学院修士課程修了。1984年より佐藤滋研究室を構え、まちづくり研究、地域協働の事前復興まちづくりなどに取り組む。2011年5月まで日本建築学会会長。
 専門分野は都市設計・計画。まちづくり・地域づくりの実践として、新宿区における地区協議会と協働の事前復興まちづくり、奈良県初瀬のまちづくりなどを地元の自治体、市民組織、職能組織との協働の体制の下で進めている。
 1995年の阪神淡路大震災では、自身の研究室で野田北部地区に常駐する態勢を取り、およそ1年半、街の復興プロセスの記録・研究に当たった。現在、その経験を生かした復興支援活動を展開しつつ、今後の大震災にも対応できる街づくりについて研究している。

柴山 知也 教授/創造理工学部社会環境工学科/創造理工学研究科建設工学専攻

1977年、東京大学工学部土木工学科卒業。1979年、同大大学院工学研究科修士課程修了。1985年、同大工学博士(論文博士)を取得。同大助教授、横浜国立大学教授を経て2009年より現職。土木学会海岸開発委員会委員長。
 専門分野は沿岸域の防災、水工学、海岸工学、技術者倫理と社会システム、途上国のシステム開発論。災害が起きた際にその内容を分析し、分析結果に基づいて各地域の立場から減災の戦略を練り上げていくことを研究テーマとしている。
 今回の震災では、土木学会派遣の早大調査隊隊長として津波の被害を受けた地域を調査。その調査結果と、数値シミュレーションによる津波の再現という二つの手法を用いて震災のイメージを再構成し、今後の減災戦略の研究に取り組んでいる。

岩本 伸一 教授/先進理工学部 電気・情報生命工学科/先進理工学研究科電気・情報生命専攻

1971年、早稲田大学理工学部電気工学科卒業。1978年、同大大学院理工学研究科博士課程修了。工学博士。東海大学工学部専任講師、早稲田大学理工学部助教授を経て、1986年より現職。電気学会 電力系統利用協議会理事。
 専門分野は数理計画法、電力回路、電力システム工学、電力システム理論。電力自由化下や新エネルギー導入下での、電力の安定供給手法や新エネルギー・電力貯蔵の電力系統への導入手法などの研究に取り組んでいる。
 今回の震災に際しては、福島の原子力発電所事故に起因する電力問題に対し、発送電の仕組みや電力会社の在り方に関する提言活動を展開。雑誌や講演を通して、日本の電力問題について正しい知識を持つことの重要性を広く一般に訴え続けている。

防災・建築・電力
山川

本日は、3月11日に起こった東日本大震災からの復旧・復興に、専門家としての立場から様々な取り組みをされている先生方にお集まりいただきました。岩本先生は電力エネルギー、佐藤先生は建築や街づくり、柴山先生は防災や津波の専門家でいらっしゃいます。まずは今回の震災に関する所感をお聞かせください。

柴山

私は、大きな津波や高潮が起こった場合には必ず現地へ入り、被害現場の調査を行うようにしています。最近では、2004年のスマトラ島沖地震によるインド洋津波、2010年のチリ地震によるチリ津波の被害現場などを調査しました。今回の東日本大震災による津波は、インド洋津波の際にインドネシアのアチェで起こったことと似ているように思います。木造住宅はほぼすべて無くなり、植生もそのほとんどが根こそぎ引き抜かれている。あのような無惨な光景を見たのは、アチェを訪れたとき以来のことです。

佐藤

震災当日、私は建築学会の会長として理事会に出席していました。実はこのとき、学会の定款に「社会へ貢献する」という一文を加えるという、私たちにとっては非常に重要な議決をするところだったのです。建築学会が、今後は社会との関係もきちんと作り上げていかなければいけないという姿勢を明確にしようとしていたまさにそのとき、あの震災が起こったのです。そこで、その日のうちに定款の議決を行い、同時に復旧・復興支援部会を立ち上げました。その意味では、建築家や研究者が社会に貢献するための第一歩を踏み出す契機になったと思います。

岩本

私は電力系統の運用の専門家として活動していますが、今回の震災によって福島で起こった原子力発電所事故についてはまったく想定外でした。非常な驚きではありましたが、この事故によって「電気があるのは当たり前」という従来の意識が覆され、世間一般で電力や原子力発電の問題が重要視されるようになったことは、今後、日本のエネルギー問題を考える上で必ず役立ってくるであろうと考えています。

山川

再び震災に見舞われたときに同じような被害を出さないために、現在どのような議論が行われているのでしょうか。

柴山

津波の専門家の間では、最近「津波の設定レベルを2つにする」という合意が成されました。1つ目は、構造物で被害を防ぐことができる「津波防護レベル」です。これは数十年~百数十年程度の周期で訪れる津波に対して設定されるレベルで、これに対して私たちは、湾の入口で津波をはね返す湾口防波堤や陸上に作る津波防潮堤などによって街や財産を守ろうと考えています。2つ目は、千年に一度という大規模津波を想定した「津波減災レベル」です。これは構造物では防ぐことができませんので、避難することを前提として、避難場所の選定基準の設定に取り組んでいます。つまり防護レベルの津波には構造物というハードで対応し、それを超えた減災レベルでは避難場所の選定というソフトで対応しようということです。

佐藤

災害直後は、どんな津波にも耐えうる構造物を作るべきだというような議論もありましたね。しかし土木学会を始めとする様々な学会から、今、柴山先生にご紹介いただいたような方針が示されました。この方針は、街づくりや都市計画を行う私たちの立場からしても、極めて妥当なものだと思っています。ただ、それをどのような形で生かすかは各自治体で決めていく必要があります。物的にも土地的にも地域によって条件が違いますから、2つのレベルが示された中でどんな仕組みを作るかは、各地域で考えていかなければなりません。

岩本

電力の分野で言えば、東日本の周波数が50ヘルツ、西日本が60ヘルツであることから、世間で「電力を融通するためにも周波数は統一すべき」という議論が起こっていますが、専門家としては非常にナンセンスだと言わざるを得ません。電力はいわば水、送電線は水道管のようなもので、その管を広げたり増やしたりしさえすれば、電気はどっと流れるのです。問題は、東京電力と中部電力の間をつなぐ水道管の役目をする会社間連系線が小さいという点であって、周波数は関係ありません。皆さんにも、こうした正しい知識をぜひ知っていただきたいと思います。

各分野の今後の課題
山川

そうした議論を踏まえて、今後はどういったことが課題となるのでしょうか。

佐藤

21世紀の前半だけで考えても、今後少なくとも2つは大きな震災が来ると予想されています。首都直下地震、東海地震・東南海地震ですね。街づくりや都市計画の観点で言えば、私たちは東日本大震災の復旧・復興とともに、この2つに対する備えも一緒に考えていかなくてはなりません。非常に難しいことではありますが、そうしたビジョンを持って活動することが、今の私たちの目標にもなっています。

岩本

最近は電力会社の電力独占が課題だと言われていますが、実は日本の電力は独占体制ではありません。今は新しい電力供給会社もあり、使用量が50kw以上の方はどこと契約してもいいことになっています。また、発送電分離も話題として挙げられていますね。こちらは今後議論を尽くさなくてはなりませんが、私はリスク管理の面からいって発送電分離には大きな不安を感じています。日本の電力会社は、供給責任を義務づけられているというのが大きな特徴なのですが、発電と送電を別会社にしてしまったら今後10年間、電力供給や万が一大規模停電が起きたときに誰が責任をとるのか。さらに、日本は島国で他国との電力連系線もありませんから、発電が止まったら火力はLNGか石炭に頼らざるを得ない。しかし、日本に常時備蓄してある燃料は約1か月分だけですから、万が一海上封鎖などをされたら、日本は1か月しか持ちません。原子力は3~4年もちます。電力供給、原子力問題はそうした現実も踏まえた上で論じるべきだと思います。

柴山

津波や防災の専門家としては、今後は一般の皆さんにも災害のリスクについて具体的に考えていただく必要があると思います。これまでは、構造物があるとそれで守られていると思っていた方も多いでしょうが、今回の津波は構造物そのものも押し流しました。構造物があったとしても、いざというときには逃げてください。通勤途中、学校にいるとき、自宅にいるとき、それぞれの場面でどんなリスクにさらされているかを各自が考えて、いざとなったらこう逃げるというイメージを持っておいていただきたいと思います。

昨年度の電力使用量を比較している早稲田大学の節電グラフ

佐藤

確かに、今後は自分たちの生活や価値観を少し見直していかなければなりませんね。災害リスクについても、電力についても同じことがいえると思います。たとえば電力では、わが家は少し節電を心がけるだけで1か月の電気代が3分の2以下になりました。大学内でも、そうした取り組みをしています。

山川

その点では、岩本先生が以前から提言をされていますね。学内ではやはり空調と、あとパソコンの電力使用量が大きいように思います。学内には非常にたくさんのパソコンがありますから、それぞれがモニターの輝度を落としたり、電池やバッテリーを使ったりすれば随分違うのではないでしょうか。

岩本

そうですね。理工学術院がある西早稲田キャンパスでは、昨年の最大電力から20%削減した値を目標最大電力としています。昨年と今年のキャンパス内での電気使用量を比べたグラフを見ると実際にそれが達成されていて、皆さんがすばらしい努力をされているのがよくわかります。ただ、何事にも言えることですが、やり過ぎはよくありませんね。日本人は何でも徹底的にやれますが、ある程度の調整をしながら最適化していった方がいいでしょう。

大学に対する期待
山川

今後の課題の解決や被災地の復興に向けて、私たち理工系の人間は何をすべきか、そして何ができるのか。この点についてご意見をお聞かせください。

模型を使って防災まちづくりの検討をする佐藤研究室の学生

佐藤

現在、大学に対する期待は非常に大きいと実感しています。私が所長を務める「早稲田大学 都市・地域研究所」では、首都直下地震を想定して、この5年間、新宿区とともに地域協働復興模擬訓練を行っています。被害想定を基に、どのくらいの人数が避難所生活を送らなければならないのか、10年ぐらいの間どのようなプロセスで街を復興させていくのか、そういったことをシミュレーションするわけです。被災したら地域の人たちが自分で復興計画を決めていかなければなりませんから、起こりうることやなすべきことを事前にイメージトレーニングしておくことは非常に重要だと考えています。

岩本

電力の分野では、やはりこれからの学生は分散型電源や、新しい電力網であるスマートグリッドについて勉強しておいた方がいいと思います。

柴山

私たちには、今回の震災の経験を技術的に正確に理解し、後世に伝えていく役目があると思います。その点では早稲田大学には非常に大きな役割があると言えるでしょう。本学には、東日本大震災復興研究拠点というプロジェクトがあり、私はその中の複合災害研究所の所長として活動をしているのですが、ここの大学院生には大いに期待をしています。

山川

具体的には、どのような活動を予定されているのでしょうか。

柴山

今考えているのは、震災関係の研究をしている院生を集団として東北へ連れて行って、調査合宿を実施することです。学生たちには、昼間は現地を歩き回って、自分の研究がこの地域でどういう意味を持っているのか、どう進めていくべきかをよく調査してもらいます。そして夜には皆で集まって、研究分野の違う学生と教員でミーティングをしてもらう。これを実施すると、たとえば「私は水工学専門だから、水のことしか考えません」というような学生も、他分野の学生と話し合う中で、今回の震災のイメージを総合的につかんで練り上げていくことができると思うのです。

佐藤

それはすばらしい試みですね。早稲田の他の研究チームにもぜひ参加してほしいと思います。学会同士が一緒に活動をするのはなかなか難しいものですが、大学は学生がベースになっているからそれができる。全員がそれぞれの成果を持って話し合う、そういう試みを実現することが、次代を支えることの重みに耐えられるような人間と学問を作っていくのではないでしょうか。

柴山

そうですね。災害で言えば、明治三陸地震も昭和三陸地震も、これまでの大震災は個人の記憶にしか残っていなくて、次の世代に伝わっていかないのです。この調査合宿に参加する院生は22、23歳ですから、50年は語り継いでいくことができます。しかし、50年でまたこの震災の記憶が途絶えてしまうようでは後世に対して大きな弊害になりますから、まず彼らの中に災害の経験を蓄積してもらい、それをさらに次の世代に伝えていってもらう工夫をしていかなければなりません。私は、これは理工系というよりも早稲田大学全体の使命だと思っています。

岩本

それと同時に、今後は理工系の人間も国際化していく必要があります。具体的には、ブロークンでもいいから英語でコミュニケーションをとれるようにしておくこと。理工学術院としても、英語教育にもう少し力を入れるべきではないでしょうか。理工系の人間や科学者も、この震災の経験や日本の電力問題について、海外へ向けてきちんと発信していかなければならないと思います。

(後編へ続く ※「西北の風」読者はこちらからお読みください)