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【早稲田大学校友広報紙「西北の風vol.12」(2012年9月発行)特別企画】
広瀬章人さん・中村太地さん・瀧澤武信教授 座談会

早稲田棋士 未来を担って躍進(前編)

 早稲田大学の卒業生で、若手棋士として活躍する広瀬章人さんと中村太地さんをお招きし、コンピュータ将棋協会会長でありその開発も行っている政治経済学術院の瀧澤武信教授の司会のもと、対談していただきました。広瀬さんは大学入学と同時にプロ入りし、学生として史上初めてタイトル(王位)を獲得し、また中村さんは高校2年生でプロに入り2012年には初タイトルに挑戦しました。早稲田が生んだ二人の注目棋士の内面に迫ります。
[座談会会場]東京将棋会館(渋谷区千駄ヶ谷)

出演者

広瀬 章人さん/日本将棋連盟 棋士(七段)

 1987年、東京都江東区生まれ。早稲田大学教育学部卒業。2005年、早稲田大学入学と同時にプロ棋士となる。09年、第40期新人王戦の決勝で中村太地さんを破り、棋戦初優勝。10年の第51期王位戦では羽生善治名人、深浦康市王位らを破り、大学生としては史上初の王位を獲得した。師匠は勝浦修九段。

中村 太地さん/日本将棋連盟 棋士(六段)

 1988年、東京都府中市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2006年、早稲田実業学校高等部在学中にプロ棋士となる。11年度には史上2位の高い勝率を記録。12年の第83期棋聖戦で挑戦者決定戦に勝利し、初のタイトル獲得に挑んだが羽生善治棋聖に敗れる。師匠は米長邦雄永世棋聖。
 
 

瀧澤 武信/政治経済学術院教授・コンピュータ将棋協会会長

 1951年生まれ。80年、早稲田大学大学院理工学研究科数学専攻計算数学専修後期課程単位取得後退学。玉川大学工学部専任講師、早稲田大学政治経済学部教授などを経て2004年4月から現職。研究テーマは人工知能・知識工学のゲームへの応用、ファジー理論の教育工学への応用など。コンピュータ将棋開発の先駆者として知られる。

将棋とは違う世界
瀧澤

将棋ファンとして、お二人の活躍はいつも拝見しています。広瀬さんと中村さんは、プロになると将棋一筋という棋士も多い中で、なぜ進学を選んだのでしょうか。また、早稲田を選んでいただいた理由も教えてください。

広瀬

両親は、僕が進学せずに将棋に打ち込むものと思っていたようですが、周りの友だちに進学希望者が多かったので、そのムードに押されて何となく決めてしまいました。3校ほど受験した中で、将棋を生かして自己推薦で受けた早稲田大学に合格したんです。でも、受験はしたものの受かるとはまったく思っていなかったので、合格発表にも行きませんでした(笑)。今は、結果的に大学生活を送ることができて良かったと思っています。

中村

僕は早稲田実業学校の中等部・高等部を経て、推薦で早稲田大学に入学しました。小学生のときにはもうプロ棋士になると決めていたので、高校を選ぶときに大学受験のないエスカレーター式であることを最優先にしたんです。加えて、家族に早稲田出身者がいて良いイメージがあったこと、ちょうどタイミング良く自宅の近くに早稲田実業が移転してきたことから、これほどぴったりのところは他にないと思って決めました。

瀧澤

早稲田に良いイメージがあったというのは、私たちにとってとてもうれしい話です。将棋と学業の両立は大変だったと思うのですが、大学生活はいかがでしたか。

広瀬

1年生のときはプロに成り立てで、将棋に夢中だったこともあって、まったく良い学生ではありませんでした。3年生になってからようやく反省しまして、少しずつ単位を取っていくうちに成績も安定し、6年間かけてどうにか卒業した次第です。在籍していたのは教育学部の理学科(現・数学科)で、学ぶ内容が僕にとっては難しくて苦労しました。数学なら詰め将棋と共通する部分もあるかなと思ったのですが、甘かったですね(笑)。良い修行をさせてもらいました。

中村

僕は高校2年生の終わりごろにプロになったので、プロ2年目で大学に入りました。1年生のときは単位の取り方がよくわからず、授業をたくさん取りすぎて週6日間も大学に行っていましたね。大学生活では、何と言ってもゼミが一番楽しかったです。3年生のときに書いた論文で賞をいただくこともできましたし、友人もたくさんできました。ゼミの2年間は、とても良い時間だったと思っています。

広瀬

そういえば中村さんは、大学時代のアンケートで「ハマりごと」の欄に「ゼミ」って書いていましたね。僕も最初は単位の取り方がよくわかりませんでした。その結果、取った授業が少なすぎて後で苦労する羽目になりまして(笑)。中村さんとは逆のパターンですね。

瀧澤

広瀬さんは学年で言えば中村さんの2年先輩に当たりますが、卒業はお二人同時期ですね(笑)。中村さんは3年生のときに「無党派層の政党好感度 政策と業績評価からのアプローチ」という論文を書いて、早稲田大学の論文コンクールで政治経済学術院奨学金(政経スカラシップ)を受賞されています。学問にも熱心に取り組んでいたようですが、将棋の邪魔にはなりませんでしたか。

中村

プロになったらずっと将棋の勉強をしていた方がいいという意見もありますが、僕は将棋以外の世界も知りたかったんです。そういう思いがありましたから、将棋の邪魔になると考えたことはありませんでした。今振り返ってみても、大学で勉強することができて本当に良かったと思います。大学には、そこでしか経験できないことや、ほかでは築けない友人関係がある。大学時代の友だちとは今もよく飲みに行っていて、仕事の話など将棋以外の話が聞けるので楽しいですね。

瀧澤

大学時代の友人は本当に大切なものですね。広瀬さんも、卒業後も将棋部の後輩と対局するなど、早稲田に広く貢献していただいていますね。

広瀬

いえいえ、少し学生と会っているぐらいで。将棋界は今、現役の棋士は150人ぐらいですか。そう考えると、意外と狭い世界かもしれませんね。狭くて深いという感じがします。

中村

早稲田出身の棋士は結構いますが、広瀬さんほど大学将棋部に貢献している人はいないと思います。広瀬さんのことも、僕は小学生のころから知っているんですよ。みんな小学生のときに頭角を現して、その世代がそのまま成長して棋士になっていくので、確かに「狭くて深い」世界ですね。

「羽生善治」という壁
瀧澤

小さいころから存在を知っていて、同じ大学を卒業して、しかもお二人とも活躍しているというのはすごいことですね。広瀬さんは在学中の2010年に大学生としては史上初の王位を獲得していますし、中村さんは昨年の勝率が8割5分にも上っています。

広瀬

学生のうちに王位を獲得できたのは怪我の功名といいますか、本当にたまたまでした。王位決定戦のときにまだ卒業できていなくて、6年生だったのが幸いしましたね(笑)。でも中村さんの勝率8割以上は本当にすごいことですよ。7割勝つだけでも大変なことなのに。

中村

去年は確かによく勝てたんですが、これを続けていけるようにしないといけないですね。タイトルを目指す上でも、今年はまた予選からのチャレンジになるので、勝ち上がって上に行きたいなと思っています。

瀧澤

活躍中の棋士に早稲田出身者が2人もいるというのは、私たちにとってとてもうれしいことです。でも、同じ大学の卒業生とは言えライバル同士ですから、切磋琢磨してタイトル戦で戦えるといいですね。

広瀬

確か公式戦で中村さんと対戦したのは、2009年の新人王戦だけですね。

広瀬さんと中村さんが対戦した2009年の新人王戦
(写真:週刊将棋)

中村

そうですね。あのときは早稲田出身者同士がタイトルを争うということで、結構話題にしていただきました。あれ以来対戦の機会がないのは、実は広瀬さんと僕が同じクラスにいた時期がほとんどないからなんですよ。今は広瀬さんが七段・B級1組で、僕が六段・C級1組。僕が昇段・昇級するとなぜか広瀬さんも上がっちゃって、なかなか追いつけないんです(笑)。

瀧澤

お2人のタイトル戦を実現するには、その前に羽生善治二冠という壁を破らないといけませんね。広瀬さんは2010年の王位戦の挑戦者決定戦で勝利をおさめていますが、対戦してみてどう感じましたか。

広瀬

羽生さんは強いですね。僕は第51期の王位戦では勝てたものの、逆に羽生さんから挑戦を受けた52期では敗れてしまいました。僕は小さいころから羽生さんの棋譜を見て育ってきたので、対戦する日をとても楽しみにしていたんです。逆に羽生さんの方には僕のデータなんてないに等しいだろうから、そこに勝ち目があるかなと。でも52期王位戦の3局目で負け始めて、そこから分が悪くなっていって……。あの粘りは本当に独特です。心理的な部分も含めて、実際のスコア以上の差を感じさせられました。

中村

52期王位戦は、広瀬さんに分があったというのが大勢の見方でした。戦っていた本人は差を感じていたなんて、将棋は不思議なものですね。僕はこれまでに5回羽生さんと対戦しましたが、まだ勝ったことがありません。第83期棋聖戦ではあと1歩のところまで善戦したのに勝てなくて。やはり、相手が羽生さんだからという気持ちがあったんだと思います。まずはそれを払拭しないといけませんね。

広瀬

将棋界のスーパースターですからね。実戦に対戦してみて、一時代を築いている人はやはり別格だなと思いました。

中村

将棋は盤上だけの戦いに見えて、実は心理的なものも大きく影響しますよね。僕は羽生さんに憧れて棋士を目指したので、始めから「あの人には勝てない」と思いこんでしまっているのかもしれません。対戦のときには畏敬の念を払拭しているつもりだったんですが、結果を見るとやはりそうではなかったんだと思います。次に生かしたいですね。コンピュータ将棋のように、鉄の心を手に入れないと(笑)。

瀧澤

確かに、コンピュータにはそういう心はありませんからね。壁を乗り越えるのは厳しいものですが、早稲田で学んだことや学友の顔を思い出してがんばってください。そういう糧がある人は、やはりいざというときのがんばりが違ってくるものだと思います。

中村

先生のお名前は、コンピュータ将棋の開発者として以前からよく知っていました。この将棋会館でも、今年1月に将棋連盟の米長会長と将棋ソフトが対戦しましたね。結果は会長が敗れるという、人間にとっては残念なことになりましたが、人間同士では決してあり得ない手が登場するので、とても興味深く見ていました。

広瀬

確かに盤上の動きはいつもと違う雰囲気がありましたね。人間同士ではまずならない局面や手が見られて面白かったです。

瀧澤

実のところ、コンピュータは実際にない手は学習できないので、人間に勝てるソフトを作るためには相当工夫が必要なんです。2005年ごろから段々と勝てるようになって、プロ棋士を破るソフトも出てきましたが、開発に携わる者はいつも必死で研究しています(笑)。

将棋会館の前で記念撮影する3名

(後編へ続く)