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脳神経シナプスのスパイン密度を制御する仕組みの一端を解明
統合失調症などの精神・神経疾患の病態解明に期待

 理工学術院・大島登志男教授の研究グループは、脳内で神経細胞が情報伝達するために必要なシナプス(神経細胞同士のつなぎ目)と、その一部であり神経伝達物質を受け取る役割を担うスパイン(神経細胞の樹状突起にあるとげ状の構造物)の仕組みにおいて、スパイン形成に関与しているタンパク質であるサイクリン依存性キナーゼ5(以下、Cdk5)に注目し、Cdk5がスパインの形成・維持に必要であること(※①)と、Cdk5の機能低下がシナプス伝達効率の低下と記憶・学習機能の低下を招くことを明らかにしました(※②)。統合失調症などの精神神経疾患ではスパイン密度の低下が認められており、正常な高次脳機能にとってはスパインが適切に形成され、一定の密度で維持されることが重要とされています。神経シナプスのスパイン密度を制御する仕組みの一端が明らかになったことで、精神・神経疾患の病態の解明が進展することが期待されます。

※① 本研究成果は、英国専門誌(Cerebral Cortex誌)オンライン版に11月17日、掲載されました。
Cyclin-Dependent Kinase 5 Regulates Dendritic Spine Formation and Maintenance of Cortical Neuron in the Mouse Brain

※② 本研究成果は、理化学研究所脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チーム(糸原重美シニアチームリーダー)との共同研究によるもので、オープンアクセス雑誌Molecular Brainのオンライン版に11月18日、掲載されました。
Cdk5/p35 functions as a crucial regulator of spatial learning and memory

(1)これまでの研究で分かっていたこと

 我々の脳では、それぞれの神経細胞が情報を伝達することにより、高次な機能を果たしている。その情報のやりとりに必要なのがシナプスと呼ばれる構造*1で、受け手側はスパインという特殊な構造*2を作って、伝達を効率化している。スパイン密度の低下が統合失調症などの精神神経疾患で認められるなど、正常な高次脳機能にとってスパインが適切に形成され、一定の密度で維持されることが重要である。しかし、その制御の仕組みの全容はまだ分かっていない。培養神経細胞を用いた実験などから、サイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)の関与が示唆されていたが、これまで生体脳でのスパイン形成や維持とCdk5の関係は調べられていなかった。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 Cdk5がスパインの形成・維持に必要であることと、Cdk5の機能低下が、シナプス伝達効率の低下と記憶・学習機能の低下を招くことが明らかとなった。このことにより、神経シナプスのスパイン密度を制御する仕組みの一端が明らかになった。

(3)そのために新しく開発した手法

 今回用いたコンディショナルノックアウトの手法は、遺伝子の欠損を特定の時期、特定の細胞・組織でのみ引き起こす技術である。今回欠損させた遺伝子は、胎生期から欠損させるとマウスの早期致死を引き起こし、脳の発生に影響を与えるため、脳が正常に出来てから遺伝子欠損を起こすことにより、より特異的な機能を調べることが可能となっている。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

 研究グループは、コンディショナルノックアウトという遺伝子改変技術を用いて、スパインが形成される時期より前に遺伝子を欠損させた場合と、一旦出来てから遺伝子を欠損させた場合でスパイン密度を比較した。Cdk5はp35またはp39と結合して活性化されるが、このp35とp39の両方の遺伝子を欠損させた。その結果、記憶・学習に関連する「海馬」*3と「大脳皮質」の神経細胞において、スパイン形成前と形成後で遺伝子欠損させた場合ともに、シナプス密度は減少していることを見出した(図1)。このことはCdk5がシナプスの形成と維持に必要であることを示している。海馬CA1の神経細胞で活性化サブユニットp35のみを欠損させた場合に比べ、さらにp39遺伝子も欠損させてCdk5活性を低下させると、スパインの密度が更に低下することを確認した(図2)。

 また、Cdk5の活性化サブユニットp35を成体脳で欠損させた場合には、シナプス密度の低下に加え、シナプス伝達効率の低下(図3)とモリス水迷路試験*4で空間記憶の低下が認められる(図4)ことを、理化学研究所脳科学総合研究センター糸原研究室(糸原重美シニアチームリーダー)との共同研究で明らかにした。

(5)研究の波及効果や社会的影響

 これらの研究成果から、Cdk5がスパインの形成・維持を通じて脳の高次機能に重要な役割を持つことが分かったが、Cdk5は他のタンパク質をリン酸化するキナーゼであることから、リン酸化されるタンパク質(基質)を明らかにすることで、より詳細な制御の仕組みが明らかになると考えられる。
これまでCdk5と精神・神経疾患の関連が報告されている。例えば、統合失調症においてCdk5の機能低下との関連が報告されており、同疾患においてもシナプス密度の低下があり、Cdk5の基質タンパク質の同定等を通じて、統合失調症などの精神・神経疾患の病態の解明が進展することが期待される。

(6)今後の課題

 Cdk5のインスリン分泌細胞での働きを阻害する薬が、インスリン分泌を助けることが報告され、糖尿病の治療薬として検討されている。スパインの形成・維持に関わる基質タンパク質が明らかになれば、より特異的な薬剤を開発することにより、統合失調症などの精神・神経疾患の治療に寄与する可能性がある。今後は、Cdk5によるスパイン密度の制御の機構を詳細に検討することが必要であると考える。

用語説明
1.シナプス
神経細胞どうしのつなぎ目のことで、シナプスで結合した神経細胞がネットワークをつくって、神経回路を形成する。シナプスでは、シナプス前部である神経細胞の軸索終末からグルタミン酸などの神経伝達物質が放出され、シナプス後部である神経細胞のスパインがこれを受け取ることによって情報が伝達されている。
2.スパイン
神経細胞の樹状突起にあるとげ状の構造物。神経伝達物質を受け取る受容体や細胞内のシグナル伝達に関わるさまざまな分子が集積しているシナプス後部の特殊な構造である。
3.海馬(かいば)
空間学習や長期記憶の形成に重要な役割を果たしている。湾曲した細長い構造がタツノオトシゴ(ラテン語でhippocampus)に似ていることから海馬と名付けられた。CA1、CA2、CA3、歯状回の各領域に神経細胞が配置され、ネットワークを形成している。
4.モリス水迷路試験
モリス博士が考案したげっ歯類(マウス、ラット)の空間記憶・学習能力を判定する方法。白濁した水をはった円形のプール(直径1m)に、マウスが這い上がって水から逃れられるプラットホームを水面下に作っておく。マウスをプールに入れプラットホームの場所を、プールの周りの空間的な物体の配置から学習させる。このトレーニングを7日間程度行った後、プラットホームを取り除いた状態で、一定時間内にマウスがどれだけプラットホームが元あった場所を探すかどうかをテストする。
説明図

図1 スパイン形成前(上段)とスパイン形成後にCdk5の活性化サブユニットを欠損させた場合(下段)のいずれもで、スパイン密度の低下が観察される。

図2 海馬CA1領域特異的にCdk5の活性化サブユニットp35のみ(左)、p35とp39の両方(右)を欠損させた場合に、段階的なスパイン密度の低下がみとめられた。

図3 成体脳でCdk5の活性化サブユニットp35を欠損させた場合に、シナプス伝達効率の低下とシナプス長期抑制誘導の低下がみられた。

図4 モリス水迷路試験により、成体脳でCdk5の活性化サブユニットp35を欠損させた場合には、空間学習(左)と空間記憶(右)の障害が起きることが分かった。

リンク

早稲田大学先進理工学部生命医科学科

早稲田大学大島登志男研究室

独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チーム