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宮下 史明(みやした・ふみあき) 早稲田大学商学学術院教授(経済地理学)略歴はこちらから

ペルー 『文明』の不幸な遭遇
―黄金がもたらしたもの―

宮下 史明/早稲田大学商学学術院教授(経済地理学)

 10年程前に翻訳されたハンチントンの『文明の衝突』という著作が話題になったことがある。湾岸戦争以来の世界情勢を、キリスト教、イスラム教、儒教などの世界の主要な宗教や文明から解明していこうとする大胆な試みであった。

 今春、私は南米のペルーを訪ねる機会があった。世界遺産人気No.1のマチュピチュ遺跡やナスカの地上絵などを見るためであった。事実これらの遺跡は期待に反しない素晴らしいものであった。しかし経済地理学を学ぶものにとって、それ以上に心を打たれたのは、この国の自然の美しさ、貧富の格差の大きさ、インカの人々の素朴で貧しい暮らしぶりなどであった。

 この国は天然資源に恵まれ、今日でも輸出品の第一位は金である。黄金の産出は古くから知られ、周知のようにスペイン人が黄金を求めてこの国を征服したのは16世紀の初めであった。それに加えるにヨーロッパから持ち込まれた伝染病の影響も大きく、先住民の人口は激減し、インカ帝国は滅ぼされ、その固有の文明も滅んでしまった。それは今から500年程前のことであった。そしてこの地域はスペインの植民地となって、荘園やボリビアのポトシ銀山で働かせるためにアフリカから多数の黒人奴隷も導入された。その後いろいろな抗争もあったが、独立して今日に至っている。

 今日のペルーはどうなっているかというと、夜間バスで農村部を移動する時、電燈は全くと言って良いほど見られず、真っ暗な中を走行した。道路、橋梁、学校などの社会資本はようやく整備されてきた状態である。一方、首都のリマには貧困地区と富裕階層の居住区の歴然とした区分があり、海浜でサーフィンに興じる人々も白人が大部分である。また海外からの観光客を対象としたホテル、レストランはそれなりに立派なものであった。しかしそこには白人以外の現地人のお客の姿は見られなかった。

 ペルーの歴史を見ていくと、この国には文字が無かったので詳しいことは分からない。しかし当時(16世紀)この国に来たスペイン人宣教師ラス・カサスや兵士シエサ・デ・レオンの書き残した著作や文書に依れば、伝承では十数代の王制が続いたという。それがスペイン人によって王制が倒されると、スペイン人たちが新しい支配階層となった。その後500年経った今日でも、ペルーの支配階層は新たにスペインから移住してきた人々ではなく、依然としてクリオーリオとよばれるこの殖民地時代に両親とも本国から移住してきた人々の子孫である。国民の大部分を占めるインディヘナやメスチソと呼ばれる混血の人々ではない。今日ではインカ文明は僅かに残された遺跡に跡を留めているに過ぎない。ここに今日のペルーの問題点がある。インカの人々がこの国で活躍していくためには、自分達の固有の言語であるケチュア語やアイマラ語だけでなく、スペイン語とスペイン文化を習熟していかなくてはならない。観光客相手に民族衣装を着て土産物を販売したり、農民をしているばかりでは十分な経済発展は覚束無い。500年前の『文明』の不幸な遭遇が今日まで強く後を引いているのである。

 ペルーには乾燥地域もあるが、アンデス山脈に降る雪と雨はインカの時代から有効に利用されてきた。高地であっても熱帯圏であるので、気温も耕作に十分な地域も多い。日本の約3.4倍の広い国土面積があり、人口は日本の約22%しかない。ペルーは農業面からもまだまだ発展する余地がある。工業面ではまだ外資系企業の投資は少ないが、政治・経済・社会体制が安定すれば、この国は大きく発展できる可能性がある。

 もしこの地域に豊富な黄金や銀が産出しなかったら、このような『文明』の不幸な遭遇は無かったかも知れないという見方もある。この国の国民的人気黒人女性歌手スサナの唄う歌の一節に、“私達に残されたものは貧しさだけ”という歌詞があった。今日でも地球上の様々な地域で、人種や宗教、政治体制などの様々な違いによって紛争が続いているところが多い。『文明』の平和的な遭遇(対峙)は不可能なのであろうか。

宮下 史明(みやした・ふみあき)/早稲田大学商学学術院教授(経済地理学)

【略歴】

慶応義塾大学経済学部 早稲田大学大学院商学研究科博士課程で学ぶ。その後、オーストラリア国立大学、ロンドン大学(SOAS)など、海外の大学に於いても研究と教育に当たる。

【著書・論文】

「クリントン大統領講演と対話の会」(翻訳)早稲田大学 1993年
「鉄鋼業」『新・日本産業』(分担執筆)所収 日本経済新聞社 1997年
「近世鋳物業の生産構造」『鋳物の技術史』(分担執筆)所収 日本鋳造工学会 1997年