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小山 慶太(こやま・けいた) 早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

ノーベル賞 その歴史と精神

小山 慶太/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 昨年、日本はノーベル賞の当り年となった。物理学賞を独占し、化学賞にも受賞者を出すという快挙をあげた。ノーベル賞は国家に対してはではなく、あくまでも個人に対する顕彰であり、科学の研究成果は国境を越え、全人類共有の知的財産となるわけであるが、それでも同胞科学者の活躍は多くの日本人の心を明るくするものであった。新聞が号外を刷り、各種マスコミが賑やかに報じるのも、それだけニュース・バリューが高く、社会的インパクトが絶大だからであろう。

 ところで、今日、ノーベル賞以外にも国際的な学術褒賞は数多く存在する。にもかかわらず、ノーベル賞だけが一頭地を抜くような存在感を示し、他に比肩するものがないほど高い評価を受けている。学術分野に限らず、スポーツや芸術などあらゆるジャンルを含めても、世界中が共通の価値観と認識をもって、その受賞者にこれほど畏敬の念を払う制度は他に類を見ないといえる。

創設者ノーベルが示した高い先見性

 それでは、ノーベル賞がかくも栄光と威信に包まれたのは、どうしてなのだろうか。その歴史的な背景に興味が湧いてくる。

 まず第一に、創設者ノーベルの先見性をもった確固たる意思に注目すべきであろう。彼は遺言書の中に、「賞は国籍もスカンジナビア出身か否かも問わず、最も重要な貢献をしたものに贈る」よう明記したのである。遺言書がつくられた19世紀はまだ、西欧が圧倒的な支配力を有し、民族主義、国家主義が色濃く現れていた時代であった。そうした状況の中、ノーベル賞は選考において国籍も出身も問わず、純粋に業績だけを重視するよう求めたのである。現代ならいざ知らず、100年以上も前に、ノーベルはすでにこうしたグローバルな意識をもって、賞の設立を決意していたのである。

 日本人で最初にノーベル賞を受賞したのは、1949(昭和24)年の湯川秀樹(物理学賞)である。当時、日本はまだ完全には国際社会への復帰が認められてはいなかった。それでも、その障害をはねのけ、湯川が日本人初の名誉に輝いたのは、いま述べたノーベルの遺志が生きていたからであろう。また、受賞には至らなかったものの、1901年の第1回選考において早くも、医学生理学賞の部門で北里柴三郎が候補者に名をつらねている。ここにも、ノーベルの広い視野に立った精神が息づいている。

ノーベル賞に輝きを与えた偉大な科学者たち

 さて、ノーベル賞の授賞は切りのよい1901年、つまり20世紀と共に始まったわけであるが、このころ科学の世界は物理学を中心に大きな変革の時代を迎えつつあった。やがて相対性理論や量子力学といった新しい理論体系が確立される激動期に突入していくのである。また生命や宇宙に関する研究が急速に進み、その認識が深まっていく時代が幕をあけようとしていた。

 そうした状況を反映し、19世紀から20世紀初めにかけ、科学史上の大発見が連鎖反応のように密度高く相次ぎ、それを担った天才たちが集中して現れたのである。いつの時代にも大発見は成され、天才は存在するものであるが、その度合いがこれほど濃密なことはノーベル賞が創設された前後の大きな特徴といえる。

 したがって、草創期からノーベル賞は大物受賞者に事欠かなかった。因みに第1回はドイツのレントゲン(物理学)、オランダのファント・ホフ(化学)、ドイツのベーリング(医学生理学)である。以降、キュリー夫人、アレニウス、パブロフ、コッホ、マルコーニ、ラザフォード、プランク、アインシュタイン…、と歴史上のスーパースターがノーベル賞の系譜を形づくっていく。

 その結果、錚々たる科学者たちが、まだ歴史も伝統も培われていなかった初期のノーベル賞に輝きを与えてくれたのである。つまり、現代ではノーベル賞が受賞者に権威を授ける構図が出来上がっているが、20世紀初めは逆に、歴史をつくった受賞者たちの綺羅星の如き群像が賞をいっきに、並ぶものがない高みへと押し上げたといえる。これが、ノーベル賞の存在が一頭地を抜く背景の第二の要因である。

物理学の歩みに見るノーベル賞の存在意義

 ところで、私は昨年、『物理学史』(裳華房)という小著を上梓した。ニュートン力学の誕生から現代の研究の最前線までをたどった、物理学の通史である。どの学問分野でもそうだと思うが、通史は現代に入るほど、書くのが難しくなる。ひとつには現代はまだ十分、歴史の評価が定まっていないからである。そしてもうひとつは、学問は進歩するにつれ細分化が進む傾向があるため、全体像を捉えにくくなるからである。

 そこで拙著では、ノーベル賞を歴史を眺める枠組みに据えてみたところ、20世紀の物理学の歩みをかなり見通しよく概観できたような気がする。公正、厳正、適正な選考の結果、歴代の受賞者と授賞対象となった研究を追っていけば、それはそっくりそのまま、20世紀物理学の輪郭を形つくっているからである。おそらく、21世紀を通しても、ノーベル賞のこうした役割と機能は不変であろう。その意味でノーベル賞は時代を映す重要な鏡ともなっているのである。賞の存在意義はそれだけ大きく、深いといえる。

 最後に早稲田人(ワセダニアン)として一言:125周年を過ぎた本学はいま、国内だけではなく国際基準に照らしても高い評価を得られるよう、全学をあげてさまざまな努力をつづけている。そうした中、早稲田大学の出身者の研究から、あるいは早稲田大学で行われた研究から、ノーベル賞につながる成果が生まれれば、どんなに素晴しいことかと思う。そうなるためには、よりいっそう大学として研究環境を整え、支援体制を築くことが急務である。本気で世界トップクラスの大学の仲間入りを果たしたいと考えるなら、その気概を明確に示し、具体的な行動に移るべきだと思うが、如何であろうか。

小山 慶太(こやま・けいた)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】

1948年 神奈川生まれ
1971年 早稲田大学理工学部卒業
現在 早稲田大学社会科学総合学術院教授、理学博士

【主な著書】

「科学史年表」、「道楽科学者列伝」、「漱石が見た物理学」(以上、中公新書)、「神さまはサイコロ遊びをしたか」、「漱石とあたたかな科学」、「ファラデー」(以上、講談社学術文庫)、「ケンブリッジの天才科学者たち」(新潮選書)、「肖像画の中の科学者」(文春新書)、「ノーベル賞で語る20世紀物理学」、「光で語る現代物理学」、「科学者はなぜ一番のりをめざすか」(以上、講談社ブルーバックス)、「物理学の広場」、「ニュートンの秘密の箱」、「科学歳時記」「異貌の科学者」(以上、丸善)、「科学の思想と歩み」(学術図書)、「永久機関で語る現代物理学」(筑摩書房)、他