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越川 房子(こしかわ・ふさこ) 早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

心の風邪のひき始めに効果的な古くて新しいテクニック

越川 房子/早稲田大学文学学術院教授

 若葉の緑が空の青に映えて美しい季節を迎えた。しかしこの季節は、4月から始まった新しい生活への疲れが出て、こころの不調を訴える人が多くなる季節でもある。五月病と呼ばれているもので、その症状として、よく眠れない、疲れがとれない、やる気が出ない、不安や焦りを感じるなどがあげられる。このような症状を感じたら、身体の風邪と同じように、それが軽いうちに対処することが大切である。心の風邪も、ひき始めの対処が肝心なのである。

 なぜひき始めの対処が重要なのかに関わる理論に、ティーズデールの抑うつ的処理活性仮説がある(図1)。普段はものごとを悲観的に考えない人でも、気持ちが滅入ると悲観的な考え方が活性化されやすくなり、その考え方によって一層気分が落ち込むようになる。さらに、「気持ちが滅入っている」ということに対して気分が落ち込むことも起こり、これを二次の抑うつという。こうして悪化した抑うつ気分が、さらにものごとを悲観的に解釈させ……と悪循環が続き、この循環がうつ病の発症や再発に大きく関わっているというものである。これはうつ病の発症メカニズムに関する理論であるが、心の不調は同じような過程を辿る場合が多いのではないかと考えられる。したがって、悪循環のスパイラルの初期段階でそこから抜け出ることが、心の不調を悪化させないために重要となる。

 このような悪循環の抑止に役立つテクニックとして、マインドフルネス瞑想法がある。この瞑想法は、古来、仏教の修行において用いられてきたものであるが、抑うつ、不安、過食などに有効であることが実証され、最近、心理臨床、特に認知行動療法の分野で注目を集めている。マインドフルネス瞑想が関心を集めている理由の一つは、これまでのストレス対処法とかなり異なるアプローチでストレスをコントロールするところにある。これまでのストレス対処法の多くが、ストレッサーそのものを変えようとしたり(例:人前で話をする機会を避ける)、ストレッサーの意味づけを変えたりする(例:「うまく話さなくてはならない」という考え方を、「うまく話せるかどうかよりも何を話すかに集中することが大切だ」に変える)のに対して、マインドフルネス瞑想はストレッサーとの関わり方を変えようとするアプローチなのである。マインドフルネス瞑想の中核は「一切の評価や解釈をせずに、目の前に展開するできごとを只見続けること」であるが、このような心的態度は、問題を、解決すべきものから次に何が起こるのかを好奇心を持って見続けるものへと変えるのである。

 なぜこうした心的態度が心の不調を緩和するのに有効なのであろうか。ものごとがうまくいかないという判断や解釈は、ほぼ自動的に以下の反応を引き起こす。まず、ネガティブな感情が生じる。そして、現状を何とか望ましい状態に近づけようとして、いつもの習慣的な反応が始まる。この習慣的な反応がうまくいけばよい。問題はいつもの習慣的反応がうまくいかない場合も、自動的にその反応を続けることによって、さらに状況を悪化させてしまうことである。例えば、私たちは現状と望ましい状態とのギャップについて考え続けたりする。どのようにしてギャップを埋めるかよりも、むしろそのギャップそのものに心が占められてしまうのである。ネガティブな感情を伴って繰り返されるギャップについての考えは、この感情状態と結びついた過去の失敗や将来の不安を呼び起こし、さらにネガティブな感情を強め、持続させてしまう。このようにして、先に書いた悪循環に陥っていくのである。

Figure 1  ティーズデール(Teasdale, J.D.)の抑うつ的処理活性仮説

 マインドフルネス瞑想は、この悪循環を断ち切るのに非常に有効なテクニックである。第一に、評価や判断を休止することによって、それが自動的に引き起こすネガティブな感情から離れ悪循環に陥ることを抑止できる。第二に、自動的に習慣的な反応を始めること、これは目の前のできごとからいつもの反応に必要な情報のみを抽出することを意味するが、これを休止して目の前の現象をあるがままに見ることによって、見落としていた重要な要因に気づくことができる。重要な決断を迫られることの多い組織のトップの方に坐禅や瞑想を嗜む人が多いのは、経験を通してこうした瞑想の効果を実感されているからであろう。 私たちは、現状と望ましい状態とのギャップを評価しては自動的に反応することが習慣になっているので、そうした評価を休止して現象をあるがままに見る心の筋肉を鍛えるには練習が必要である。この点、マインドフルネス瞑想は、いつでもどこでも気軽に練習できるところにメリットがある。マインドフルネス瞑想のような、これまでとは異なるタイプのストレス対処法を手に入れることは、日常のストレスマネジメントをさらに柔軟で効果的なものにしてくれるだろう。

ご参考 「ココロが軽くなるエクササイズ」(越川房子・東京書籍)

マインドフルネス瞑想の具体的な練習方法に興味がある方、またストレスマネジメントに興味のある方に……。わかりやすくストレスマネジメントに役立つ23のテクニックを紹介しています。

越川 房子(こしかわ・ふさこ)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】

早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。臨床心理士として精神科クリニックに勤務後、同大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了、同博士後期課程単位取得満期退学。早稲田大学文学部専任講師、助教授を経て現職。
主著書に、Horizons in Buddhist Psychology-Practice, Research & Theory(共編著/Taos Institute Publication)、性格心理学ハンドブック(共編著/福村出版)、子どものストレス対処法-不安の強い子の治療マニュアル(共訳/岩崎学術出版社)、マインドフルネス認知療法(監訳/北大路書房)、ココロが軽くなるエクササイズ(監修/東京書籍)など。