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宗像 和重/早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

太宰治生誕100年-桜桃忌の思い出-

宗像 和重/早稲田大学政治経済学術院教授

 私の学生時代だからもう三十年も前のことだが、この季節になると、普段は果物などを扱わない大学生協の店頭に、小袋に分けられたサクランボが並ぶことがあった。ああ、桜桃忌が近いんだね、といいながら、授業の合間に友人たちと何粒かを分け合った、その光景と甘酸っぱい香りが、今でもよみがえってくるようだ。芥川龍之介の河童忌(7月24日)や、正岡子規の糸瓜(へちま)忌(9月19日)など、よく知られている作家の忌日はほかにもあるけれども、いまだに多くのファンを集め、季節の風物詩として定着している点では、太宰治の桜桃忌(6月19日)にまさるものはない。

 振り返ってみると、『斜陽』(1947年)などの作品で、一躍戦後の流行作家になった太宰治が、戦争未亡人であった女性と玉川上水に身を投げたのは、1948(昭和23)年6月13日のことだった。現場の井の頭公園近くの上水路は、今では二人が飛び込んだことが信じられないほど浅く穏やかな清流だが、折からの雨で増水した激流に呑み込まれた遺体が見つかったのは6月19日のことで、奇しくもそれは、1909(明治42)年に津軽で生まれた彼の誕生日であった。以来、彼のお墓がある三鷹の禅林寺で、この日に桜桃忌の催しが開かれているが(青森の郷里では、生誕祭として行事が行われている)、今年はちょうど太宰治の生誕100年にあたるから、例年にもまして多くのファンが集まることだろう。

1909年生まれの作家たち

 不思議なことだが、芸能界にも同い年や同期のデビューで活躍する人が多く出る「当たり年」があるように、文学の世界でもそういうことがあるらしい。古くは、夏目漱石の生まれた1867(慶応3)年がそうで、明治に改元される前年のこの年には、ほかに正岡子規・尾崎紅葉・幸田露伴・斎藤緑雨・南方熊楠・宮武外骨らも生まれている。評論家の坪内祐三さんは彼らを「慶応三年生まれ七人の旋毛曲(つむじまが)り」と呼んでいるが、太宰の生まれた1909年にも、松本清張・中島敦・大岡昇平・埴谷雄高らが生まれていて、今年はそれにちなんだ展覧会や行事も、各地で開催されている。

 もちろん、活躍の時期も作風もそれぞれに異なるけれども、彼らの作品から共通して聞えてくるのは、太宰治『右大臣実朝』(1943年)の主人公源実朝がつぶやく、「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ」という声ではないだろうか。明治の終わりという時代の節目に生まれ、『蟹工船』の書かれた昭和初期の思想的激動期に青春時代を過ごし、長い戦争の時代を潜り抜けて、敗戦という大きな価値観の変動に直面することになる彼等の、常に滅びることと表裏一体であるかのような明るさや華やかさへの希求。そして、家庭にも市井にも戦場にも、どこにも自分の居場所を見つけることができずに含羞(はにか)んでいるだけの居心地の悪さ。――それは、ふてぶてしいほどエネルギッシュに見える松本清張においても同じなので、慶応3年生まれが「旋毛曲り」ならば、1909年生まれの彼らは一様に「ハニカミの人」であるようだ。

『人間失格』と現代

 とくに太宰治の場合、数度にわたる自殺未遂や『人間失格』(1948年)といった作品のタイトルから、放蕩無類のイメージが強いけれども、彼自身は単行本『富嶽百景』(1943年)の序文で、「本州の北端で生れた気の弱い男の子が、それでも、人の手本にならなければならぬと気取つて、さうして、躓いて、躓いて、けれども、生きて在る限りは、一すぢの誇りを持つてゐようと馬鹿な苦労をしてゐるその事を、いちいち書きしたためて残して置かうといふのが、私の仕事の全部のテエマであります」と語っている。私にはこの短い数行が、誰のどんな大論文にもまして、太宰自身による最もすぐれた太宰治論になっていると思われる。「富士には月見草がよく似合ふ」という、雄大な富士山と対峙する一輪の花の美しさにも目を注ぐことのできた人の言葉だ。

 その代表作で、完成された最後の作品にもなった『人間失格』の原稿や下書きを詳しく調査した安藤宏さんは、主人公の大庭葉蔵の造型に、「自分一人だけを特別な場所に確保しておきたいのだけれども、一方でその疎隔の度合いを絶えずチェックし、知悉しておかなければいられない。他者と関わることが〈恐怖〉であると同時に他者と完全に隔絶してしまうこともまた〈不安〉であるという感性」を見出している。ケータイで24時間誰ともつながっていながら、しかし自分が誰ともつながっていないのではないかという不安に駆られて、5分ごとにメールをチェックせずにはいられない私たち、――『人間失格』の大庭葉蔵は、そういう現代の私たちの自画像なのだと思わないではいられない。「ただ、一さいは過ぎて行きます」と手記の最後で葉蔵はいう。あのとき、一緒に桜桃をつまんだ友人たちは、今、どこで何をしているだろうか。そして私は、今まで何をしてきたのだろうか。桜桃忌の季節は、忘れていた青春時代の思い出とともに、いつも私の心を波立たせ、あの日のキャンパスに立ち帰らせる。

宗像 和重(むなかた・かずしげ)/早稲田大学政治経済学術院教授

1953年福島県生まれ。1976年早稲田大学第一文学部日本文学専攻卒業。1983年早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻後期課程満期退学。早稲田大学教育学部助手、工学院大学助教授等を経て現職。現在、早稲田大学図書館副館長。専攻は日本近代文学。著書に『投書家時代の森鴎外』(岩波書店)、編著に『志賀直哉全集』(岩波書店)、『徳田秋聲全集』(八木書店)など。