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坂爪 一幸/早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

理想の教員養成をめざして
-専門性の高い真の教師を早稲田から-

坂爪 一幸/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

教育環境の多様化と教師の専門性

 教育は子どもと保護者と教師による協働作業である。この三者の関係が安定していないと、教育は危うくなる。関係の安定には、三者の「役割」が明確でなければならない。「役割」がないところに関係は生まれない。今日、三者の「役割」が大きく変化している。子どもは発達状態や学力が多様化している。保護者の教育への考え方も多様化している。多様な子どもや保護者に対応できなければ、教師の「役割」が低下する。

 教師の「役割」の低下は教育環境の安定を崩し、協働作業である教育を困難にしてしまう。教師が教師の「役割」を明確にするためには、教師の「専門性」の向上が不可欠である。

早稲田大学教員養成GPとその後

 早稲田大学では教育・総合科学学術院を中心に「教育臨床を重視した教員養成強化プログラム」(実行委員長:筆者)を立案し、文部科学省の「大学・大学院における資質の高い教員養成推進プログラム」(教員養成GP:2005-2006年度)に採択された。

 このプログラムでは、“教師の養成は医師養成と同等程度以上であるべき”を理念にした。そして、子どもを教育的に“診断”(理解)して、根拠のある“処方箋”(指導案)を策定でき、具体的に“治療”(指導)できる専門性の高い教師の養成を目標にした。早稲田大学の開放制教員養成の履修環境を活かしつつ、さらに深い人間理解による教育能力、教科の高い専門知識による指導能力、そして保護者と協働できる連携能力のある教師の養成を志向したのである。このために、基盤知識を習得する「インテンシブコース」、学外で実習する「教育インターンシップ」、臨床教育の場である「教育総合クリニック」を開設した。

 現在、これらは本学の教職課程科目に単位化されている。「人間理解基盤講座」では、教育の基盤となる科学的知識(教育基礎領域:脳・発達科学)、教育を妨げる生物・心理・社会的要因(教育障害領域:発達障害・高次脳機能障害・非行・犯罪・教師の失敗学)、そして教育の妨げからの回復・治療・予防(教育健康領域:健康医学・心理療法)について学ぶ。「教育インターンシップ」では通年で学校実習をする。「教育総合クリニック」では専門家の問題解決の仕方を陪席して学ぶ臨床教育の体制を構築しつつある。

教員養成に必要なもの

 高い専門性、特に教育的な臨床能力を習得する方法は、現場で多くの子どもに出会うか、または真の専門家から臨床教育を徹底的に受けるかのどちらかである。教員養成は後者に相当する。しかし、現在の教員免許法に定められた教職課程科目の履修だけではこれは困難である。例えば、教育の主体者である人間を理解する視点を養う前述のような基盤科目が不足している。医師養成でいえば、基礎医学に相当する科目が十分ではない。また、実習は質・量共に不足している。実習では、ともすれば学生の力を借りるという発想が前面に出て、教師が手に負えない子どもを学生に預ける場合がある。これは本末転倒である。最高の教育を実践している学校や教師の下で学ぶのが本来の実習の姿であると思う。教育困難な子どもへの対応はその次の段階になる。医師養成では医療水準の高い病院や医師の下での実習が不可欠である。学生をすぐに救急病院には派遣できない。患者の命を奪う危険性だけでなく、学生を指導する余裕もなく、学生の志を喪失させることもある。よいものを知り、それを基準にしなければ、“良貨は悪貨に駆逐される”だろう。教員養成には、教育現場との相互理解に基づく実習が重要である。

「師」たる責務を支える

 一方、教師と医師には決定的に異なる部分がある。医師は病気を治療すれば終わるが、教師は子どもの「師」である責務を負い続ける職業である。子どもは日々教師をみて学んでいる。また教育には基本的に完成はない。医師以上に広い知識と深い人間性が要求される。真の教養が必要である。真の教養を基盤にしてよりよい教育を実践するには、絶えざる自己研磨(研修)が大切になる。幸いにも、教員養成を担っている本学の教育学部(教育・総合科学学術院)には、総合大学に匹敵する文系から理系までの広い専門領域があり、教師に必要な教養と研鑽に貢献できる基盤がある。これらを今後の教員養成に活用することが重要だと考えている。

教員養成と大学

 大学の研究者は研究に専心するあまり、ともすれば教育を二の次に考えがちである。教員養成を研究よりも“低く”みる節もある。しかし、学問や科学は人類の知識を拡大するために存在する。そこには必然的に同世代や次世代への知識伝達の義務が含まれる。研究による知識の拡大と伝達は表裏一体の関係である。この意味で、教育を軽んじる研究者は本来の研究者とはいえない。そして、次世代への知識伝達の最前線に立つ教師は最高の専門家や研究者でなければならず、そのような教師の養成は大学の基本的な義務であり責務である。大学関係者がこれらを確固と認識して、今後の理想的な教員養成を考えていくことが望まれる。

坂爪 一幸(さかつめ・かずゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業後、同大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了、同博士後期課程単位取得退学。リハビリテーションセンター鹿教湯病院、浜松市発達医療総合福祉センター、浦和短期大学福祉科助教授、専修大学法学部助教授を経て、現職。

【専攻】
神経心理学、発達神経心理学、教育神経心理学、障害心理学、リハビリテーション心理学など。

【学位・資格】
博士(医学)。臨床心理士、言語聴覚士、臨床発達心理士。

【学会】
日本高次脳機能障害学会(評議員・編集委員)、日本神経心裡学会(評議員)、日本健康医学会(理事・編集委員)、関東子ども精神保健学会(理事)、日本小児精神神経学会、日本小児保健学会、日本心理学会、日本発達心理学会、日本心理臨床学会、認知リハビリテーション研究会(世話人・編集委員)、日本リハビリテーション心理研究会(評議員)など。

【著書】
『高次脳機能の障害心理学』、『特別支援教育に活かせる発達障害のアセスメントとケーススタディ』、『衝動性と非行・犯罪を考える』、『発達障害にどう取り組むか』、『「食」と発達、そして健康を考える』、など多数。