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堀内 正規(ほりうち・まさき)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

Dylan shall be released from the 60’s.
―ボブ・ディラン来日に寄せて

堀内 正規/早稲田大学文学学術院教授

 ボブ・ディランが来日する。私にとっては1994年、97年、2001年に続いて四度目の来日公演になる。いずれもすばらしかったが、特に97年2月、東京国際フォーラムのこけら落し公演として行われた三夜連続のパフォーマンスがひときわ印象深い。やや小ぶりなホールで、一夜目はアンコールでおずおずステージの下に集まっていた観客が、二夜目では大胆に押し寄せ、ステージ上に上がる若者も出て、珍しくエキサイトしたディランが“Yeah!”と叫んだ。最終日には柵が置かれて観客はステージに近づけなくなり、最高に盛り上がったのはこの二夜目だった。ディランのライヴはツアーごとにアレンジをすっかり変え、また日によって演目曲を大幅に入れ替えるので、ほんとうはすべての公演を聴きたい。そうもいかないので、今度の東京公演の七回のうち、私が聴けるのは四夜だけだ。

 ともあれオリジナル録音とは大きく異なるヴァージョンで歌われるディランのライヴでは、原曲のメロディーはいったん忘れなければならない。毎日、そのときその場が大切だからだ。イントロを聴いただけでは判らず、最初の歌詞を聴きとって初めて何の曲かが判るその演奏は、なによりも〈自由〉そのものの経験である。ライヴのディランは、彼が60年代初頭にヴィレッジで聴いていたセロニアス・モンクやコルトレーンのように、ジャズ・プレイヤーの即興演奏のように聴く心構えが必要だ。ときに囁くような、ときにケモノが吠えるようなヴォーカル、その声、その息はもちろんのこと、ライヴではギターを弾きまくっているから、ディラン以外ではあり得ないプレイが聴ける。それはビート詩人たちの理想の実現でもあり、ジャズが示した一回性としての〈いま・ここ〉の、人を驚きで不意打ちする表現でもある。パフォーマティヴなセルフがそのつど出現する。それは、〈オン・ザ・ロード〉にあって常に何者かに成り変わっていく、becomingする自己なのだ。

70年代以降のお薦めアルバム

 デビューのときから、ユダヤ人の本名や出自を隠して、奇妙な名前でアイデンティティをひとりで作り上げてきたディランは、時期によって異なるペルソナ=仮面を付け替え付け替えしながら生きてきた。それはいわゆる〈ほんとうの自分〉などに構うことなく、〈ボブ・ディラン〉という不定のX、つまりは自己の中の他者(”beautiful stranger”)に成り続ける旅なのだ。ロック界のスナフキンでもあるディランは、他人の期待・決めつけをズラし、裏切りながら、隠れ潜む者として、weirdな異邦人として、誰にもピン・ダウンされない自由を体現してきた。だからラリー・チャールズが2003年に作ったディランの映画の題はMasked and Anonymousだった。「真実のディラン」を探さず潜在性として在る複数のディランこそディランだと見なす見方は、2007年のトッド・ヘインズ監督の『I’m Not There』にいたって、ようやく世界の常識になったと思う。70年代末のキリスト教への没入でさえ、カテゴライズする周囲の眼差しへの、強烈な拒絶の行為と見なすことができる。だからたとえば、昨年末にリリースされた全曲カヴァーのアルバム『クリスマス・イン・ザ・ハート』の、あのポップス的アレンジに響くウィアードな朗唱こそ、ディヴィッド・リンチの映画に出てきそうなほどストレンジな、ディランの〈極み〉なのだ。

 そしてその不可思議さが、実は同時にボブ・ディランの〈本気〉でもある。彼は心からキリストの誕生を寿ぎつつのびのび歌ってもいるのだ。外側から見られたディランと内側から生きられるディランの二重性がそこにある。近年自伝『クロニクルズ』を著したのも、一人のdignityを持った人格として尊敬されたい彼の内なる意志の表れだ。すべて自選の曲からなる94年の『グレーテスト・ヒット・第3集』を聴けば、彼がどのように思われたいかが窺える。ディラン自身がジミー・ロジャーズやハンク・ウィリアムズを敬うように、自らも見てほしいのだ。〈オン・ザ・ロード〉であることには、荷物の重さ、混乱、そしてかなしさがつきまとうのだから、それも当然のことだ。とりわけ74年の傑作『血の轍』が、旅の重さを余すところなく伝えている。その混乱と動揺が彼にキリスト教的な、歴史を超越した不動の観点を求めさせたとも言え、『オー・マーシー』(89)はそれまでの10年間のディランのペルソナが凝縮したアルバムだった。近年のディランは、アルバム『ラヴ・アンド・セフト』(2001)がよく示すように、アメリカン・ポピュラー・ミュージックの継承者・語り部というペルソナをまとっている。来日公演を前にして言いたいのは、「ボブ・ディランを60年代から解き放とう」ということだ。最後に70年代以後のディランのアルバム・ベスト5をお薦めしよう。Blood on the Tracks, The Bootleg Series vol. 5: The Rolling Thunder Revue, Oh, Mercy, MTV Unplugged, Time Out Of Mind――

堀内 正規(ほりうち・まさき)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
早稲田大学文学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科修了。専門はアメリカ文学。主な研究テーマは、ハーマン・メルヴィル、ラルフ・ウォルドー・エマソンなど。