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岡室 美奈子(おかむろ・みなこ)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

テレビドラマとツッコミ文化

岡室 美奈子/早稲田大学文学学術院教授

 なぜ現在、恋愛ドラマが流行らないのだろうか。バブル時のトレンディドラマといい、その後の『ロングバケーション』など北川悦吏子脚本による「キムタク」主演ドラマといい、恋愛ドラマは常に視聴者の心をとらえて放さなかった。しかし昨今のテレビドラマを見ると、一世を風靡した『冬のソナタ』のように極端な純愛ものや『花より男子』のような非現実的な設定のものを除けば、恋愛をメインテーマとするドラマはすっかり影を潜めている。文化構想学部表象・メディア論系でテレビ文化論という授業を担当しながらそんなことを考えていたとき、たまたま第一文学部卒業生である作家の三浦しをんさんと、早稲田大学学園誌『新鐘』誌上で「恋愛」をテーマに対談する機会があった。久々に再会した三浦さんと、ドラマやボーイズラブの話でおおいに盛り上がったのだが、そこで三浦さんが面白いことを言った。現在恋愛ものが流行らないのは、ツッコミ文化のせいだというのである。

 たとえば自分は恋人とロマンチックな場所でデートをしてうっとりしたいくせに、友達がそういういかにもなデートをしたという話を聞くと、必ずツッコミを入れてしまう。同様に、テレビドラマやマンガでも、王道をゆくようなラブストーリーには思わずツッコミを入れたくなってしまう。かつて私たち視聴者は恋愛ドラマに思い切り感情移入し、ヒーローやヒロインになったつもりで泣いたり笑ったりしながら、恋愛を疑似体験したものだ。そのときドラマは自分たちの恋愛のモデルとなりえていたはずだ。しかしツッコミ文化は、そのような無邪気な共感を許さない。三浦さんはそうしたツッコミについて、「会話がはずんで楽しいけれど寛容ではない」と言う。共感より距離感。恥ずかしいという気持が先に立ち、ドラマの世界にどっぷり浸れない人たちが増えているのかもしれない。

 言うまでもなくツッコミはもともと漫才用語である。ツッコミはボケが規範から逸脱していることを示す指標であり、受容者はツッコミに導かれて笑う。したがってツッコミはものごとを相対化し豊かに批評する力をもつものだった。では、いつの間にツッコミは私たちの日常生活にそれほど深く浸透したのだろうか。ボケとツッコミが一般化するのは1980年代の漫才ブーム以来のことだろう。しかし、ツッコミ文化が爆発的に拡大したのは、2000年代、いわゆるゼロ年代ではないかと思う。その契機となったと思われるポイントをとりあえず二つ挙げておこう。

 まず一つ目は、さまぁ~ず効果である。2000年にお笑いコンビのバカルディがさまぁ~ずと改名し若者の間で人気が急上昇する。その掛け合いは三村マサカズによるワンフレーズツッコミと呼ばれる瞬発的なツッコミを特徴としている。相方の大竹一樹のボケに対して「○○かよっ!」と反射神経的に切り返す三村のツッコミは、表現の短さ・手軽さのゆえに瞬く間に若者に浸透し、とりあえずツッコミを入れるという日常会話のスタイルに少なからず影響を与えた。さまぁ~ずのコントに笑わされながら、ツッコミの話法を会話のリズムとして身体的に習得していった若者は少なくなかっただろう。

 二つ目は、インターネットの影響である。とりわけゼロ年代に爆発的に普及したブログやmixiなどのSNS、ニコニコ動画、Twitterなどは、それまでごく一部の批評家や専門家に限られていた、芸術や社会に関する批評を世の中に発信するという行為を、たとえばニコニコ動画のコメント機能に端的にあらわれているように、誰にでも可能にしたのである。昨年末のNHK紅白歌合戦放映中に同時進行でTwitter上で番組に対するコメント(あるいはツッコミ)が大量に流れて紅白の新しい楽しみ方を感じさせたように、ツッコミ文化はネットやテレビと密接に結びつきながら、新しい段階に到達しつつある。

 無論、こうしたツッコミ文化には問題も多い。ネット上の匿名のツッコミは、一方的で無責任な言葉の暴力となりうる危険性を常にはらんでいる。また、携帯メールやTwitterでは、他者からの発信に対して猶予をおかず、まさに反射神経的に反応を返すために、責任ある批評になりにくいと言える。

 しかし、だからこそ、ツッコミを否定するのではなく、それが本来もっているはずの批評性を豊かなものとして活かすことが、現在求められるのではないだろうか。実際、ツッコミ文化を逆手にとって批評性へと転化している興味深いテレビドラマもある。その筆頭として挙げたいのが、クドカンこと宮藤官九郎氏の脚本によるドラマである。たとえば『木更津キャッツアイ』では、(スペースの都合上詳細は割愛するが)会話にわかりやすいツッコミの話法を多用して若い視聴者をひきつけながら、野球になぞらえた裏・表の構造によって物語を絶対的なものとしてではなく、改変可能なものとして提示する。一見荒唐無稽なドラマの世界が実は視聴者自身の日常と地続きのものであることを示し、日常への批評性を喚起する仕掛となっているのだ。さらに、余命半年と宣告された主人公の日常を(普通が大切というメッセージはきちんと伝えながら)あえてばかばかしく描くことで従来のお涙頂戴的な闘病もののドラマにツッコミを入れ、泥棒が簡単に活躍するご都合主義を徹底させることでご都合主義ドラマにもツッコミを入れている。すなわち、ドラマのあり方そのものにツッコミを入れる一種のメタドラマとしても機能しており、さまざまな意味で豊かな批評性を獲得しているのである。

 若者のテレビ離れが言われる昨今、みんなで視聴体験を共有できるようなドラマはたしかに減りつつある。しかしテレビも、その一ジャンルであるドラマも、ツッコミ文化の隆盛とともに新たな可能性を開拓しつつある。Twitterなど新しいツールに安易に飛びつくだけではなく、ツッコミ文化を豊かな批評性に転化しうる良質な番組が増えることを、テレビ研究者として、そして一テレビファンとして心から願わずにはいられない。

 ちなみに本稿執筆にあたって、友達のロマンチックなデートに対して思わず入れてしまうワンフレーズツッコミをTwitter上で募集したところ、「かゆっ!」、「放課後の中学校か!」、「なんの罰ゲーム?」、「トレンディドラマかよ!」、「で、その後どっちが不治の病にかかったの?」、「リア充乙!」など、たくさんのツッコミが瞬く間に集まった。若者たちの、この、ほとんど身体感覚的な反応のよさを活かし、どうすればそれが無責任な言葉の暴力に陥ることなく新たな文化の構築に結びつくのか、私たちは考える必要があるだろう。

岡室 美奈子(おかむろ・みなこ)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得終了。国立アイルランド大学ダブリン校(UCD)で博士号取得。現在、早稲田大学文学学術院(文化構想学部表象・メディア論系)教授。ベケットを中心に現代演劇とテレビドラマの研究を専門とし、授業ではメディア論やオカルト芸術論も担当している。編著書に、Ireland on Stage: Beckett and After(Dublin: Carysfort Press)、『知の劇場、演劇の知』(ぺりかん社)、『ベケット大全』(白水社)などがあり、オランダのロドピ社より発行されているベケットの専門学術誌Samuel Beckett Today/ Aujourd’hui(Amsterdam: Rodopi) 第19号では、編集委員長を務めた。イギリスのレディング大学に本拠を置くBeckett International FoundationやJournal of Beckett Studiesの顧問も務め国際的に活躍している。現代の言語感覚・身体感覚になじむベケットの上演台本の翻訳にも取り組んでいる。