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岡内 三眞/早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

略奪文化財は誰のものか

岡内 三眞/早稲田大学文学学術院教授

エジプトでの国際会議

 2010年4月7、8の2日間にわたって、エジプト・カイロで「文化財の保護・返還」についての国際会議が開催されました。韓国、中国、インド、ギリシア、イタリア、シリア、エジプト、ペルーなど21カ国が参加して討論がおこなわれ、王妃ネフェルティティの胸像やロゼッタストーンなど文化財の返還を求めています。

 皆さんもヨーロッパの世界遺産や博物館で、必ずといってよいほどギリシアやローマ、エジプトの文化財をご覧になったことでしょう。地域のこんな小さな博物館にまでと驚く場合もしばしばです。地理上の発見、大航海時代という16世紀以降の収集の結果です。

 現在は、発掘、交換、贈与、購入など以外の方法で外国に流出入した文化財は、原所有国への返還がユネスコ条約で義務づけられています。第二次大戦での文化財被害に対する反省から、1954年5月にハーグで武力紛争の際の文化財保護条約が提案され、そのご盗難、盗掘、略奪など不正・不当な手段による文化財の不法取引禁止条約(1970年)、文化遺産や自然遺産についての世界遺産条約(1972年)が採択されました。

 これまでにロゼッタストーンや死海文書、パルテノン神殿のエルギン・マーブル彫刻群をはじめ多くの文化財について、長年にわたって返還運動が進められてきました。しかし現所蔵国が、原所有国へ文化財を返還あるいは譲渡した例は、ごくわずかです。その背景には、正当な方法で入手し不法不正に入手した略奪文化財ではないという主張や、現所蔵国で保存し展示活用している現状に意義があるという大英博物館のような意見があります。いっぽう返還要求をかかげる国の展示設備や保存技術に不備があり、返還後の文化財の継承、活用に不安を覚える状況も指摘されています。たとえばギリシアのアクロポリスでは、大気汚染のためパルテノン神殿にエルギン・マーブル彫刻群を再展示するのは不可能で、保存活用の博物館建設は未着手です。多くの文化財返還を求めているエジプトでは、展示活用のためにギザのピラミッド周辺に新博物館を建設しています。原所有国と現所蔵国との間には、文化財をめぐっていまだに埋まらない深い溝が横たわっているのです。

アジアの流出文化財

 アジアの流出文化財では、歴史の長い中国の資料が圧倒的に多く、絵画や彫刻、文書や考古資料などほとんどの分野の文化財が諸外国に運ばれています。中には不正、不当に流出した略奪文化財が含まれている可能性があります。シルクロード調査に出かけるたびに目にするトルファンの盗掘された古墳、ベゼクリク石窟や敦煌莫高窟の仏像や壁画は、台座や壁から無残に剥ぎ取られています。莫高窟の蔵経洞から運び出された1万点をこす経巻や文書、仏画は、流出してイギリス、ドイツ、フランス、ロシア、アメリカ、日本などに所蔵されています。

 東アジアに限っても、日本、韓国(朝鮮)、中国の間で流出文化財の問題があります。大陸に進出した日本は、20世紀初頭から終戦まで、中国や韓国の文化財を本国に送りました。

 韓国では楽浪関連品、三国時代の古墳発見品、高麗古墓の陶磁器、石彫像、寺院の絵画や経典、古文書などです。これらは『日本所蔵韓国文化財』全5冊に載せられています。

 中国では中国東北地方の満州国関係、上海、南京、杭州などの江南諸都市、故宮博物院関係の標本類、古物、書籍、考古資料などです。北京原人標本の行方不明事件なども起こっています。中国については『中華民国よりの掠奪文化財総目録』があります。

 日本と韓国との間では、1952年の日韓会談から文化財の返還交渉が始まり、1965年に書籍163部852冊、逓信資料20件、陶磁器、石造美術品、考古資料、装身具など176件、434点が渡されました。しかし民間にある文化財は個人の私有物ということで、引渡しは見送られ、休戦ライン以北の資料については、引渡しリストには載せられていません。

「掠奪文化財は誰のものか」

 文化財や世界遺産は、人類が豊かに生きて行くために欠かせない資源であり、精神的なより所です。現在では文化財や世界遺産は、個人や民族、国家の占有物ではなく、人類共通の財産だという考えが一般化しつつあります。国家や民族にとらわれず、地球上にひとつしかない文化財や世界遺産を保存、継承、活用していくことこそが大切です。そのために世界遺産の周辺環境を整備し、博物館、美術館、図書館など施設を充実させ、誰でもいつでも利用できる設備やサービスが必要です。精巧なレプリカ展示や資料のデジタル化など情報の共有化をすすめ、国際的な共同利用ネットワークを築いてゆかねばなりません。文化財は人類共有の財産だという共通認識で、長く保存活用して行きたいものです。

岡内 三眞(おかうち・みつざね)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
1943年1月 生まれ
1969年4月 早稲田大学文学部史学科東洋史卒業
1972年3月 京都大学大学院文学研究科修士課程考古学修了(文学修士)
1975年3月 京都大学大学院文学研究科博士課程考古学修了
1975年4月 京都大学文学部助手(1986年3月31日まで)
1986年4月 徳島大学総合科学部助教授(1992年3月31日まで)
1992年4月 早稲田大学文学部教授(現在に至る)
2000年4月 早稲田大学シルクロード調査研究所・所長 就任(現在に至る)

【主著】
岡内三眞 編著 2008年『シルクロードの考古学』早稲田大学文学学術院
岡内三眞 著 2006年「トルファン・ヤールホトの発掘調査」『シルクロード学研究 vol.15』
岡内三眞 著 2003年『考古学でみる歴史の復原』早稲田大学文学部、トランスアート出版
岡内三眞 2002年“A report on Chengnan district cemetery at Jiaohe old city, Turnfann, China”,Tokyo Symposium for Digital Silk Roads, proceeding. National Institute of Informatics, UNESCO.
岡内著 1980年「百済武寧王陵と南朝墓の比較研究」『百済研究』11輯