早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 文化・教育

オピニオン

▼文化・教育

御園生 涼子(みそのう・りょうこ)早稲田大学人間科学学術院助教 略歴はこちらから

一年に一度開く花――映画祭のメカニズム

御園生 涼子/早稲田大学人間科学学術院助教

「映画祭」とは?

 「映画祭」といって、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべられるだろうか。レッド・カーペットの上を歩くスターたち、彼らに群がる報道陣の数々、華やかな新作映画のコンペティション、そして著名な評論家や名優たちによって厳かに行われる授賞式――これがいわば映画祭の「表の」顔であると言えるだろう。しかし、「映画祭」とは単なる単発のイベントではない。「映画祭」には映画を動かしているさまざまな「場」を結びつける役割があり、そのネットワーク作りの方が、もしかするとスターの煌めきやコンペティションの行く末よりも大事なのかもしれないのだ。ここから先は、ある映画祭事務局の下っ端アシスタントとして冷や汗をかきながら働いた私自身の経験も交えてご説明したいと思う。

映画祭は一年間続く仕事

 まず、「映画祭」とは開催期間だけではなく、一年を通じて営まれる仕事である、ということを強調したい。私が映画祭のアシスタントをやってみないか、と声を掛けていただいたのはその年の夏の初めごろであったが、映画祭自体が開催されるのは年末の二週間である。そのあいだ、映画祭の「事務局」と呼ばれる機関は一体何をしているのかというと、もちろんただ遊んでいるわけではない。映画祭の事務局にとって、映画祭の仕事とは、お祭りが開催されている期間に比重が置かれているのではなく、その二週間に向けた一年間がどれだけ充実したものであったかが問われるものなのだ。映画祭は世界におそらく何百とあり、独自の特色、その映画祭ならではの企画・方針が上映に華を添えていることと思うが、その頂点にあるのが、いわゆる世界三大映画祭、カンヌ映画祭、ヴェネチア映画祭、ベルリン映画祭であることは言を俟たないだろう。これらのビッグ・スリーの映画祭にノミネートされたコンペティション作品の顔ぶれ、審査員の選定、併せて行われる有名映画監督のレトロスペクティヴや一定のテーマに基づいた特集上映などの方向性が、後に続く大小さまざまな映画祭の方針を決めてゆくのだ。例えば私が関わった映画祭について言えば、一年間の半分以上を、他の主要映画祭で上映される作品のリサーチと、過去に行われた特集上映の検討に費やしていた。三大映画祭で上映された作品はプレスティージのあるものとして他の映画祭でもノミネートされることが多い。そういった周囲の状況を見極めつつ、慎重に上映作品の選定を行うのである。

映画祭というビジネス

 そして候補作が決まってきたところで、上映権の交渉が始まる。これも多文化・多言語にわたる映画作品を相手にしているだけに、困難を極めることが多い。しかし、映画祭の「表の」顔である上映作品のラインナップをなるべく充実させることは、映画祭自体のクオリティを上げることに直結する。この作業が行われるのが、大体開催期間の二、三か月前である。そして、鑑賞料をとって一定期間興行を打つのに欠かせないのが、協賛企業との折衝だ。映画祭は文化事業ではあってもやはり一つのビジネスだ。お金をいかに集めるか、そのためのプロモーションの戦略をいかに立てるか――これもまた、映画祭の仕事の大きな一部なのである。映画祭がビジネスであるという点に関して言えば、もう一つ重要な側面がある。各映画配給会社への、新作映画のプロモーションである。意外と思われるかもしれないが、映画祭の上映は一般観客のためだけに行われるのではない。上映期間には、次に配給する映画作品を探しにやってくる映画会社が世界中から集まってくる。彼らのための新作映画の試写が、会期中には頻繁に行われ、上映権をめぐってビジネスの交渉が繰り広げられるのである。そして、映画祭を華やかに彩るゲストの方々を、いかに集め、必要であればティーチ・インを行い、日本での滞在期間を気持ちよく過ごしていただけるようお迎えする。これも映画祭には付き物の苦労である。

映画祭をいかに盛り上げ、成功させるか

 そして映画祭のプログラムが決まってきたら、今度は広報の仕事に入る。せっかく良い作品を集めても、上映されることを知っていただかなければ何も始まらない。ポスターやチラシはもちろんのこと、登壇してくださるゲストのテレビやインターネットを通じての告知、その企画の捻出など、この頃――大体、開催前一か月くらいだろうか――になると事務局は大車輪で働き出さなければならない。さらに、映画祭に必要な大勢のボランティア・スタッフをいかに集めるか、また彼らにどのような仕事を割り振るのか、といった中間管理職のような仕事も増えてくる。映画祭の事務局がチラシや葉書で埋め尽くされ、スタッフみんなが疲労困憊したその時になってようやく、映画祭の本番がやってくる。映画祭は、したがって、一時だけ咲き誇る花なのではない。一年間を通じての準備期間を経てようやく地上へとたどりついたもぐら、と言って失礼ならば、冬のあいだ地中で耐え忍び、春にようやく花を咲かせる球根花のようなものなのだ。このようなことを書くと、「映画祭」という華やかなイベントの光彩がいくぶんか失われて、がっかりされる方もいるかもしれない。しかし、こうした視点から「映画祭」の現場に足を運び、仕事に追われるスタッフや裏で動いているビジネスの交渉に思いをはせつつ映画を観賞するのも、悪くはないのではないだろうか。

御園生 涼子(みそのう・りょうこ)/早稲田大学人間科学学術院助教

【略歴】
 
1997年
東京大学文学部卒業。
2002年
パリ第8大学造型文化学科DEA課程修了。
2006年
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、ニューヨーク大学客員研究員、
法政大学、明治大学講師を経て、
現  在
早稲田大学人間科学学術院助教。

【主要著書】
『映画と戦争――撮る欲望/見る欲望』(日本映画史叢書10,共著,森話社,2009年)
『淡島千景――女優というプリズム』(共編著,青弓社,2009年)
『映画とネイション』(映画学叢書,共著,ミネルヴァ書房,2010年)
『映画の中の社会/社会の中の映画』(映画学叢書,共著,ミネルヴァ書房,2011年)
『映画と国民国家―一九三〇年代松竹メロドラマ映画』(東京大学出版会より本年5月刊行予定)