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増山 均(ましやま・ひとし)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

「いじめ」克服への視点―「けじめ」のある人間関係を育てる

増山 均/早稲田大学文学学術院教授

子どもの「いじめ」、何が問題か

 子どもの「いじめ事件」が、再び大きな社会問題になっている。いじめられた子が死に追い込まれるような悲劇を一日も早くなくしたい。最近問題化した大津市での事件では、生徒の間での「いじめ」に対する学校の認識の甘さ、対応の遅れが露わになるとともに、学校と教育委員会の隠蔽体質が指摘されている。中学生の自殺といじめの因果関係を立件するために、学校教育現場に警察が踏み込むという異例の事態にまで発展している。1995年、愛知県西尾市で起きた中学生の「いじめ-自殺事件」は、今回以上にマスコミで大きく取り上げられた。当時の文部省はその直後に「いじめ対策緊急会議」を設置し、96年には「いじめの問題に関する総合的な取組について」と題する大部の報告書を出している。文部科学省の調査によれば、その後「いじめ」の発生件数は(1985年の15万件から2011年7万8千件に)減少してきたといわれているが、子どもの「いじめ」問題は、一向に解決していない。解決していないどころか、以前にもまして大人の目に見えにくくなり、子どもの世界の奥底への沈潜が進行しているのではないか。

 「いじめ」の問題は、いじめている子どもに問題があり、その子の家庭の教育や、学校の教育体制、地域社会の教育力の低下に要因があることは確かである。しかし、問題の指摘はそれだけでは不十分である。「いじめ」の問題は、子どもたちの人間関係において「けじめ」(①節度を持って交わっていく規律、②自分たちで問題を解決する自治・自律の力)が育たなくなっていることに問題がある。子ども文化としての「けじめ」がないために、人権を傷つける残忍な行為へとエスカレートしていく。人権を否定するいじめ行為は絶対に容認されるものではない。しかし、当事者だけでなく、いじめに気づきそれを見ているまわりの子どもたちも含めて、子どもたちの間に人権侵害を防ぐ力が育っていないということこそが問題なのである。

異年齢・異世代交流を通して「けじめ」を学ぶ

 家庭・学校、そして地域社会の中で、「いじめ」を防ぐ「けじめ」を育てていく教育力が失われていることに問題発生の根っこがある。したがって、いじめている子どもだけを問題にして取り締まっても何も解決しないし、いじめをその芽から摘み取ってしまおうという姿勢で臨んでも、根絶することは不可能だろう。

 子ども社会の中では、不可避的にいじめあいは起きやすいものである。なぜなら、子どもたちは生まれたときから、社会性や人間関係づくりの力が備わっているわけではないし、日々の生活と遊びの中では、力が強い子が弱い子を従属させたり、圧迫したり、乱暴したりすることはいつの時代も起こりうる。いなむしろ、遊びの中で、競い合ったり、挑みあったりすればするほど、そうした関係は起こりやすい。①共通の行動をする、②共通の敵をつくる、③共通の秘密をもつことは、子ども同士が「なかま」関係を強めていくときの要因だが、それは、一人の子をターゲットにして「いじめ」を加速する際の要因とも重なる。

 子ども仲間の日常生活と遊びのなかでの、いがみあいと確執を通して、そうした関係を克服する「けじめ」を学びあい身につけていく体験が不可欠なのである。子どもたちは異世代と異年齢集団の中での育ちあいを通して、人間関係の築き方、練り上げ方(自治と自律)を身に着けていく。子ども同士の人間関係の中に、いじめを克服する「けじめ」を生み出すことは、兄弟関係が薄くなった現在、家庭での親によるしつけだけでは難しい。また同年齢集団を基礎とする学校での教師による生活指導だけでは限界があり、家庭や学校の教育力と相対的に区別される地域社会の教育力への注目が特に必要である。地域社会の教育力は、異年齢・異世代の人々との交流の中で継承されてきた力であり、いわば素人集団による「ごった煮の教育力」「慣習の子育て力」といえるものだが、子どもの育ちには必要不可欠なものである。

地域子育て文化の継承と再興

 かつては、地域共同体の伝統的な子育てのなかに、地域子育て文化として、子どもの度を超えたいじめや残虐な行為、陰湿な行為を抑えつつまともな人間関係へと導いていく力があった。第一は、地域社会の大人全体で地域の子どもたちを見守り育てていく慣習の力である。産みの親だけでは子育てが難しいので名付け親や拾い親などの「育ての親」を作って、悪さをする子どもへの目を光らせていた。第二は、子どもたちの生活の近くにいる地域の若者たちが、子どもたちの声をいち早くキャッチし、人間関係づくりに影響を与えていた。そして第三に、今日あまり注目されていないが、地域社会には子どもの悪さを見通し、諌める「守り神」がいたということである。親たちにも学校の教師にも見えない子どもの人間関係や、子どもの内面世界を律していく力がそこにはあった。

 「無縁社会」の危機が叫ばれ、コミュニティーの崩壊による住民のつながりがますます薄れていく現在、地域の子育て文化を再興するのはきわめて困難な課題である。しかし、いま困難の中でもさまざまな工夫がなされている。高齢者の力を借りて地域の子どもと1対1で縁付けるメンター制度を導入した広島市教育委員会の取り組みや、「けやき(契約)兄弟」の慣習継承をすすめる山形県鶴岡市浜中地区の取組み、若者をプレイリーダー・プレイワーカーとする遊び場づくり・子どもの組織づくりNPOの取り組み、「地蔵盆」や「なまはげ」などの伝統行事が持つスピリチュアルな子育て力を見直す動きもある。人間関係づくりの体験と子どもの人権(子どもの権利条約)学習をつなげることによって、子どもたちの中に「いじめ」を克服できる「けじめ」の力を育てることに注目しておきたい。

増山 均(ましやま・ひとし)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
1948年栃木県生まれ。東京教育大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1982年日本福祉大学講師、助教授、教授を経て、2001年より早稲田大学文学部教授、現在に至る。日本学童保育学会理事。『子ども白書』(日本子どもを守る会編)編集長。専門は、社会教育学、社会福祉学

【主な著書】
『子ども研究と社会教育』青木書店、1989年
『子育て新時代の地域ネットワーク』大月書店、1992年
『教育と福祉のための子ども観』ミネルヴァ書房、1997年
『アニマシオンが子どもを育てる』旬報社、2000年
『子育て支援のフィロソフィア』自治体研究社、2009年