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石川 正興(いしかわ・まさおき)早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法) 略歴はこちらから

悪質ないじめ 毅然たる態度で
―子どもを犯罪から守る多機関連携

石川 正興/早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法)

 私の専門は刑事政策・少年法である。したがって、ここでの指摘は専ら私の専門領域からのものであることを、最初にお断りしておきたい。第二に、私はこの数年間早稲田大学社会安全政策研究所の研究員と共同して、「子どもを犯罪から守るための多機関連携モデルの提唱」というテーマの下に、主として中学生の加害者化・被害者化(当然「いじめ」も含む)を適正かつ有効に防止するための機関連携モデルを模索してきた。なかには、いじめ防止へと繋がる可能性がある機関連携の仕組みもあり、ここではその点にも触れたい。

 2006年に文科省は「いじめ」の定義を見直し、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とした。この定義の変更自体は、被害者サイドに立つものであり、望ましい。しかし、「いじめ」の定義の中にも、実に様々な行為類型が存在する。刑事法の視点からみると、「大津市いじめ自殺事件」にみられるように、中には重大な「犯罪」(加害行為者が14歳以上の少年の場合)ないしは「触法行為」(加害行為者が14歳未満の少年の場合)に該当し、警察の捜査や調査の対象となり得るものもある。

 教育機関である学校は「犯罪」・「触法行為」という定義の発動を極力回避すべきである、と私も思う。しかし、学校は学科教育だけの場ではなく、社会の最低限のルールを教える場でもある。悪質かつ重大な暴力的加害行為に対して学校は毅然たる態度でもって臨み、学校内での問題解決が極めて困難であると思料されるケースでは、専門の犯罪対応機関である警察の助言・助力を求めることが必要である。

 ところで、文科省によるいじめの定義見直し以降も、いじめが背景事情にあると考えられる生徒の自殺は、後を絶たない(表1参照)。これらのいじめの中には、今回の「大津いじめ自殺事件」と同様、警察が犯罪ないしは触法行為として捜査ないしは調査に着手したケースも見られる。こうした事後的な真相究明が重要なことは、言うまでもないが、しかし、いじめを受けた者が自殺に至る前に、加害行為を適正かつ有効に防止する手立てはなかったのであろうか?

(表1) いじめの状況下にあった児童生徒の自殺件数
  小学生 中学生 高校生 合 計
2006 年度
2007 年度
2008 年度
2009 年度
2010 年度
(注) 調査対象:国公私立小・中・高等学校
(文部科学省HP:児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査による)

 そのための「万能薬」や「特効薬」など、およそ存在しない。しかし、その一助となり得る機関連携の仕組みとして、導入の検討に値するものは存在する。

 第一は、神奈川県警と横浜市教育委員会との間で締結された「学校警察連携制度」と呼ばれる仕組みである。これは両機関間の協定に基づいて、少年の健全育成のために非行少年等問題を有する児童生徒に関する情報を警察と学校とが通知する制度である。横浜市の場合、二つの機関相互間の発信が盛んに行われるようになり(表2-1参照)、それとともに中学校内での暴力等の発生件数が減少してきている(表2-2参照)。

(表2-1)神奈川県警察本部と横浜市教委との協定に関わる情報提供件数
  中学校から警察へ発信 警察から中学校へ発信
2004 年度
2005 年度 37
2006 年度 33 26
2007 年度 47 50
2008 年度 44 61
2009 年度 115 103
小 計 244 285
合 計 529
(注)神奈川県警の資料を基に作成
(表2-2)横浜市の中学校における暴力行為等発生件数
  2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 増減件数 増減率
対教師暴力
の発生件数
313 361 393 258 -135 -34.40%
生徒間暴力
の発生件数
1,232 1,334 1,439 1,300 -139 -9.70%
器物損壊
の発生件数
883 1,070 907 579 -328 -36.20%
全暴力行為
の発生件数
2,464 2,826 2,755 2,174 -581 -21.10%
(注) 横浜市教育委員会人権教育・児童生徒課資料を基に作成。なお、「全暴力行為の発生件数」の中には、 「当該中学校の教師や生徒以外の者に対する暴力行為」も含まれる。

 本制度は、全都道府県警察で運用されているようであるが、横浜市のような好結果につながっている処はさほど多くないようである。紙数不足のため横浜市での成功要因を詳細に分析することができないが、敢えて一つだけ挙げるとすれば、神奈川県警察本部少年育成課に置かれた「少年相談・保護センター」(少年警察活動規則上は「少年サポートセンター(※i)」と呼ばれる)の充実があろう。

 第二は、北九州市が2004年に採用した「3機関同居型連携の仕組み」である。その特徴は、第一に「児童相談所」・「少年サポートセンター」・「教育委員会指導第二課が所管する少年サポートチーム」が、「ウェルとばた」と呼ばれる建物の同一フロア(5階)にそれぞれ事務所を構える「物理的構造」と、第二に、上記3機関の間で教員の現職・OB、警察官のOBを多数採用するという「人的交流」(表3-1参照)の点にある。これら二つにより、3機関相互における平時からの情報の共有化と、迅速・的確な行動連携が可能となっている。

(表3-1) 北九州市における人事交流(2012年3月15日現在)
  派遣 出向 退職者の雇用
教育委員会から児童相談所へ 10人 7人
教育委員会から警察へ 1人
警察から教育委員会へ 3人
警察から児童相談所へ 4人
(注1)北九州市では子ども総合センター内に「児童相談所部門」が設置されているが、 ここではセンター全体での数値を計上している。
(注2)行政機関の間の人事交流の形態には、派遣と出向とがある。派遣は、元の機関の職員としての身分をもったまま他の機関の職員となることを意味する。併任とも呼ばれる。双方の機関に所属することになるので、勤務時間、職務上の指揮命令関係、公務員法上の処分、給与や旅費の支給等に関して、協定が結ばれるのが通例である。派遣した機関の職員であることは変わらないので、特別の定めがなければ派遣した機関の定員に含まれる。これに対し、出向は、元の機関の職員ではなくなって、出向先の機関の職員となることを意味する。出向先の機関の職員として、給与等の支払いを受け、指揮監督等を受ける。出向元の機関の職員ではなくなるので、その定員に含まれることはなく、出向先の機関の定員に含まれる。
(表3-2)北九州市におけるシンナー等乱用少年の検挙・補導人員の推移 (1996年~2010年)
(注)福岡県警察本部提供資料を基に作成。

 

 教員・警察職員・児童相談所職員という指揮命令系統を異にする職員が同居する職場は、運用次第では弊害をもたらす危険性があると言えなくはないが、他方ではまた少年の加害者化・被害者化を防ぐ有効な手立てとなる可能性も大きい(※ii)

 最後に、今一度指摘しておきたい。

 学校は学科教育だけの場ではなく、社会の最低限のルールを教える場でもある。悪質かつ重大な暴力的加害行為に対して学校は毅然たる態度でもって臨み、学校内での問題解決が極めて困難であると思料されるケースでは、専門の犯罪対応機関である警察の助言・助力を求めることが必要である。

 警察と言うと、事件化の方向で対応する警察の捜査部門が想起されるであろうが、警察には福祉ケースワーク的介入(ソフトな対応)を主眼とする「少年サポートセンター」があることはすでに紹介したとおりである。警察に対しては「そのさらなる充実」を期待するとともに、学校側に対しては「少年サポートセンターとの平時からの連携」の道を探っていただきたいと思う。

 

※i 当機関は、少年補導職員を中心に構成され、少年相談、継続補導・立ち直り支援、街頭補導活動、広報啓発活動などを行う。簡単に言えば、捜査部門による事件化の方向での対応(ハードな対応) ではなく、福祉ケースワーク的介入(ソフトな対応)を主眼とし、犯罪や触法行為が起きた際に直ちに権力的介入を望まない学校や児童相談所と連携を組みやすい警察部門であると言えよう。2011年4月1日現在で、全国に197か所のセンターがあり、うち68か所は警察施設外に置かれている。

※ii いじめ事例ではないが、「3機関同居型連携の仕組み」の採用以降、北九州市における少年のシンナー等吸引の検挙・補導件数が減少した点は注目に値する(表3-2参照)

石川 正興(いしかわ・まさおき)/早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法)

【略歴】
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科単位取得満期退学。早稲田大学法学学術院教授。早稲田大学社会安全政策研究所所長。専門は刑事政策、少年法。主な研究テーマは、犯罪者の改善・社会復帰処遇理念、非行少年に対する法的対応システム。

【主な経歴・在外研究等】
日中犯罪学学術交流会会長、神奈川県地域連携研究会委員長、(財)矯正協会「刑事政策意見交換会」メンバー
千葉市青少年問題協議会委員
【主な著著】
「少年非行と法」(成文堂)、「犯罪学へのアプローチ」(成文堂)、「現代法講義・刑法総論」(青林書院)、「刑法基本講座<第1巻>基礎理論/"刑の執行猶予制度"」(法学書院)。