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松本 直樹(まつもと・なおき)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

『古事記』の〈神話〉 ―我々はいつから日本人なのか―

松本 直樹/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

はじめに

 『古事記』が成立したのは、その序文によれば、和銅5年(712)のことであり、数えて今年が1300年目に当たる。『古事記』の誕生は日本列島にとってどのような意味を持っていたのか。その上巻に記された〈神話〉を通して問い直してみたい。

 『古事記』(3巻)は、『日本書紀』(30巻、養老4年(720)成立)とともに、天武天皇(672年即位)の発意によるとされる大和王権国家の史書である。7世紀から8世紀にかけて国史の編纂が行われた背景には、東アジア世界における大和王権国家の立場と、国内政治という二つの要因があったと思われるが、ことを単純化して言ってしまえば、国家アイデンティティを自覚し、それを内外に表明する営みの一環だったということである。中国の冊封(さくほう)からの離脱宣言、「大化(たいか)」に始まる独自の年号や「日本」国号・「天皇」号の制定、唐令にならいながらの自前の律令の整備など、新たな国家作りが行われつつあった時代のことであった。新たな国家の建設を目指す者は、まず自らの由来と正当性を説く国史を決定しなければならず、それは世界の常識であると言える。

なぜ『古事記』『日本書紀』に〈神話〉があるのか

 『古事記』の上巻、『日本書紀』の第1・2巻には「神代(かむよ)」とよばれる時代のことが記されている。一般に「記紀神話」「神代史(しんだいし)」と呼ばれるものである。天地創成に始まり、イザナキ・イザナミの国生み、アマテラスの石屋籠り、スサノヲのヲロチ退治、大国主神の国作りと天孫への国譲り、天孫降臨、そして初代神武の誕生まで、時間軸に沿って展開する歴史の体裁をとっており、その中で、大和王権国家の由来と正当性が説かれている。極端に簡潔に言ってしまえば、「世界には偉大なアマテラス大御神(おおみかみ)の力が不可欠で、だからその子孫が降臨して王となるのだ」という極めて政治的な、作られた〈神話〉である(民衆が伝承した神話と、意図をもって創作された神話とを区別して、後者を「神話」と記す)。

 ところで、なぜ『古事記』も『日本書紀』も歴史の初めを初代天皇とせず、その前に長い「神代」を置いたのだろうか。かつてこの列島の上には、多くの小さな村落共同体が存在していた。それぞれが独自の神話を持ち、その神話が村落の起源を語り、社会の掟となって共同体を維持していた。神話を頂く共同体にとって、神話は確実に存在した過去の事実であり、人の生き死から社会のあり方までを決定づける力を有していた。だから同じような作り話であっても、「昔男ありけり」(いたそうだ)と伝聞過去の時制で語る物語や、「むかしむかしある所に」と場所を特定しない昔話とは根本的に性質の異なるものである。大和王権は、その神話の力を利用して、自らの由来と正当性を主張しようとしたに違いない。

寛永板本(かんえいはんぽん)『古事記』上巻第26丁裏(著者蔵)
3行目から6行目にかけて大国主神に合せて五つの名があることが記されている。この後、同神は数々の試練を乗り越えて文字通りの「大国主」になっていく。

寛永板本(かんえいはんぽん)『古事記』上巻の表紙(著者蔵)
寛永21年(1644)刊。近世における『古事記』の基本テキスト。荷田春満(かだのあずままろ)や賀茂真淵(かものまぶち)もこのテキストで『古事記』を学んだ。

新しい〈神話〉の作り方 ―大国主神など―

 『古事記』『日本書紀』の〈神話〉には、スサノヲやオホナムチといった出雲神話圏の神々を初め、各地の民衆や氏族が信仰していた多くの神々が登場する。『古事記』『日本書紀』の伝えるところでは、オホナムチとはかの有名な「大国主神」の別名である。実はこの「大国主神」が、『古事記』『日本書紀』やその影響を受けたと思しき文献にしか登場しないのである。恐らく大和王権が作り上げた神であり、もともと出雲には存在しなかったと考えている。「大国主神」は『古事記』では4つ、『日本書紀』では6つの別名を持つとされるが、神の名前はその神の性格や機能を表すから、別名はもともと別の神であったことを示している。つまり、大和王権の〈神話〉は、複数の個別の神々を一神にまとめて、「大いなる国の主」なる名前の神を作り出したのである。そしてこの神が、確かな国の主として天孫に国譲りをしたとして、大和王権による国土支配権の正当性を主張したのだ。それにしても、なぜこのような面倒な説き方をしたのだろう。上に述べたような「アマテラスの力が…、だからその子孫が…」という〈神話〉の主題にとっては明らかに回り道である。なぜアマテラスを唯一絶対神として国家成立に到る全ての過程を担わせなかったのだろうか。

 実はこうした回り道が、「神代史」を辛うじて〈神話〉たらしめるための手段だったのである。かりに真っ白な紙の上に新しい〈神話〉を書いたとして、それがどれほどの説得力を持ちえたであろうか。ある日、突然のように、聞いたこともない物語ばかりが連なり、自分たちが代々信仰してきた神など何処にも登場しない〈神話〉が示され、「これが大和王権国家の神話である」「今日からこの神話に従って生きろ」と言われて、誰が納得するだろうか。力のない〈神話〉ならば、『古事記』『日本書紀』が〈神話〉を持つ意味がなくなってしまう。だから、地方の神々を登場させる必要があった。自分たちが信仰してきた神が登場し、村の古老たちから聞いたような話が収められた〈神話〉であればこそ、信じることが出来るというものだ。大和王権は地方の信仰や神話を利用し、共同体のあり方を規定する神話の力を維持しながら、擬共同体としての国家の〈神話〉を作ったのだろう。逆の見方をすれば、創られた国家の〈神話〉には、列島各地で伝承されていた神話の跡が残されているということにもなる。

おわりに

伊奈佐(いなさ)の小浜(おばま)(著者撮影)
大国主神が国譲りを誓ったとされる地。島根県出雲市の出雲大社にほど近いところにある。

 神話はそれを信仰している人々のイデオロギーを示している。この列島の上にあった様々な神話を寄せ集めながら、国家イデオロギーとしての〈神話〉が作られ、そして、その〈神話〉はやがて列島各地に及んでいった。例えば天平5年(733)に成立した『出雲国風土記』には、天孫に国譲りをするオホナモチの姿が描かれており、出雲大社にはいつの頃からか「大国主神」が祀られるようになる。これは出雲が大和王権の〈神話〉を受け入れたことを意味し、その時から出雲は日本に、出雲人は日本人になったのである。

 「日本」とは何か、「日本文化」はいつから存在したのかという問いに答えるのは容易ではないが、古代の〈神話〉や神話に、それを解く一つの手掛かりがあるように思われる。

松本 直樹(まつもと・なおき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
1963年生 東京都品川区出身
早稲田大学第一文学部卒業
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)
早稲田大学助手、非常勤講師、専任講師、准教授などを経て、現職。

【主な著書】
『古事記神話論』(2003年、新典社)
『出雲国風土記注釈』(2007年、新典社)