早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 文化・教育

オピニオン

▼文化・教育

谷川 章雄(たにがわ・あきお)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

東京の地下に埋もれている遺跡

谷川 章雄/早稲田大学人間科学学術院教授

新宿の縄文人骨

市谷加賀町二丁目遺跡の縄文人骨(提供:新宿区)

 先日、東京の都心、新宿区の市谷加賀町二丁目遺跡から縄文時代の人骨が発掘されたことが新聞やテレビで報じられた。遺跡は住宅地の一画にあり、マンション建設工事の着工前に発掘調査を実施していたのである。

 この発見は二つの点で注目されるものであった。山の手台地は酸性土壌である関東ローム層に覆われており、通常人骨は残りにくい。これは縄文時代の人骨が貝塚以外から出土した稀有な事例である。また、いうまでもなく東京は世界的な大都市であり、その前身の江戸も百万都市であった。市谷加賀町二丁目遺跡の場所は、江戸の武家屋敷から東京の住宅地という変遷をたどる。こうした開発の波にさらされながらも、約4,000年前の古い時代の遺跡が壊されずに残ったのは、極めて幸運だった。

江戸遺跡と近世考古学

 東京の地下に遺跡が埋もれているという事実は、一般にはあまりなじみのないことかもしれない。昭和60年(1985)に東京都教育委員会から刊行された『都心部の遺跡』は、都心部遺跡分布調査団(団長滝口宏早稲田大学教授)が貝塚、古墳、江戸を対象として、当時の東京都心部の遺跡に関する基礎的なデータをとりまとめたものである。とりわけ、ここでは東京の地下に埋もれた江戸遺跡の重要性が指摘されている。

 江戸遺跡の調査・研究は1980年代中頃以降に本格化するが、その背景にはバブル経済のなかで東京の再開発が急速に進行し、江戸遺跡が壊滅の危機に瀕している状況があった。そして、江戸をはじめとする近世都市の考古学が中心になって、近世考古学という考古学の新しい研究領域が生み出されていったのである。

 考古学というと「古代のロマン」という言葉にあらわれているように、はるか遠い過去を対象とするイメージがある。しかしながら、考古学は時代を限定せずに人間とモノとの関係を読み解く学問であるとすれば、江戸時代を対象とすることは何ら不思議ではない。また、書き残された文献資料が豊富にある江戸時代の遺跡を発掘して何がわかるのかという質問をよく耳にするが、記録されなかった歴史の実態が明らかにできるのである。

 近年注目をあびている近現代考古学、すなわち明治・大正・昭和時代の遺跡を対象とした考古学も同様の論理が成り立つだろう。近世考古学、近現代考古学は現代とつながる学問である。

江戸遺跡の保存と活用

 昭和63年(1988)に出された東京都教育委員会の「江戸遺跡取り扱い検討会報告」では、江戸遺跡の約50%が残存していると指摘されている。その後25年が経過して、江戸遺跡はどのくらい残っているのだろうか。現在の残存率は把握されていない。今後の江戸遺跡の保存と活用の問題を考える上で、現状把握は不可欠であろう。

 一方、江戸のような都市遺跡は範囲が広く、重層的で深い。そして、江戸遺跡の上には東京という大都市が営まれているため、様々な制約がある。江戸遺跡を発掘調査した場合には、通常遺物は取り上げるが、遺構のほとんどは記録した後にその場に残されて壊されることになる。発掘された遺構を一部であっても保存するのは非常に難しい。

 特別史跡江戸城跡や史跡江戸城外堀跡など国が指定しているものは、遺構がそのまま現地に保存されている。移築保存されたものには、文京区立本郷給水所公苑の神田上水の石垣樋や新宿区落合下水処理場の松平摂津守上屋敷の下水の暗渠などがある。千代田区飯田町遺跡から発掘された平川の護岸の石は、再開発後の歩道の石積みに転用された。遺跡に関連する展示施設が設けられた事例としては、東京メトロ南北線市ヶ谷駅構内の「江戸歴史散歩コーナー」がある。いずれも関係者の努力によって残されたものである。

 保存された遺跡をどのように活用するかも大きな問題である。文化財は活用され、広く一般に公開されるのは当然であろう。しかし、活用する可能性の低いものは保存する必要がないという論理が逆転するのは良くない。また、保存された遺跡を商業施設や観光資源に利用するというケースも考えられるが、利益が上がらなくなったので遺跡を壊すことになると本末転倒であろう。遺跡の保存・活用に関する基本的な考え方をつくっていく必要がある。

 遺跡は大地に残された過去の人間の生活や行動の痕跡であり、いわば「土地の記憶」に他ならない。私たちは、かつてその場所に生きていて遺跡を残した人々から「土地の記憶」を未来につなぐことを託されているのではないだろうか。日々変貌している世界的な大都市東京の地下には、長い歴史の時間が埋もれているのである。

谷川 章雄(たにがわ・あきお)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
1953年東京都出身
早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業
早稲田大学大学院文学研究科史学(考古学)専攻博士後期課程満期退学
早稲田大学教育学部助手、所沢校地文化財調査室助手、人間科学部専任講師、助教授、教授を経て、現職
博士(人間科学)

【主要業績】
共編著書『六道銭の考古学』(高志書院 2009)
論文「近世墓標の変遷と家意識」(『史観』121 早稲田大学史学会 1989)
「江戸の墓の埋葬施設と副葬品」(『墓と埋葬と江戸時代』吉川弘文館 2004)。