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ジュリアン・ウォラル 早稲田大学高等研究所准教授 略歴はこちらから

「場所」と「場所の喪失」の建築学に向けて

ジュリアン・ウォラル/早稲田大学高等研究所准教授

 私は2009年に早稲田大学高等研究所に着任しました。それまでは、建築家兼都市デザイナーとして、オランダのロッテルダムにあるOMA(Office for Metropolitan Architecture)でレム・コールハース氏と一緒に仕事をしていました。現在は独立した、恵まれた立場で、早稲田大学の建築関連プログラムと上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科のカリキュラム(※非常勤講師として)にさまざまな面から貢献する傍ら、ウォラル・ラボ(通称「LLLABO」)において、相互にリンクした多様な研究テーマやクリエイティブなプロジェクト、教育的取り組みを推進してきました。今回はLLLABOの目的と活動、そして将来的なテーマについて、その概要を簡単に紹介したいと思います。

 LLLABOでは、アーバニズム、すなわち都市が持つあらゆる複雑性に関する理論と実践をテーマの中心に据えています。東京はその最も身近な舞台であり、インスピレーション源でもあります。ラボでは設立当初から、「このアジアの大都市のロジック(論理)とマジック(魅力)を抽出する」ことをその目的に掲げてきました。都市は、自然であると同時に文化でもある計り知れないほど複雑な存在であり、私たちが形作るものでもあり、形作られるものでもあります。この再帰的な性質を認識するということは、都市研究を本質的に、建築学、歴史学、地理学、社会学、経済学、さらには生物科学にまで及ぶ多様な学問分野の知見や技法を組み合わせた、「不純な」ものにせざるを得ない、ということを意味します。私がラボで訴えている都市観とは、対象の持つ広がりを踏まえた上で、都市計画・都市設計といった特定の専門に局限されない、都市のあり方に関する多層的・多声的な想像力を構築しようとすることであり、同時に現実の場所に関わろうとする際に、そうした理解を具体的な建築戦略に結び付けようと努めることです。

 LLLABOのアプローチを東京の近年の建築物に関する研究に取り入れた成果が、私の初の著作である『英文版 東京現代建築ガイド(21st Century Tokyo: A Guide to Contemporary Architecture)』(講談社インターナショナル、2010年)です。表向きには1990年以降における東京の建築についてのガイドブックですが、より正確には近年の建築物を通して見た都市のポートレート集であり、そこでは同時に、都市のより大きなパターンの中に埋め込まれたものとして建築物を解釈しています。建築物と場所に関する「厚みのある記述」は、建築を、場所と環境、そして知性の特殊な結合によって生まれた文化的な生産物としてとらえる視点を育むものであり、都市という場所を形作る人々だけでなく、都市に居住し利用する人々についてより深い理解をもたらしてくれる視座なのです。

 LLLABOでは引き続き東京に焦点を当てた研究を行っており、現在取り組んでいる著作には東京の「空間史」の叙述が含まれています。一方、分析の射程を厳密な意味での都市より広げた研究も積極的に行うようになりました。新たなテーマのひとつに、瀬戸内海で開かれる瀬戸内国際芸術祭や新潟県の越後妻有アートトリエンナーレのように、衰退しつつある地方の活性化に建築やコンテンポラリーアートを活用しようとする取り組みが、日本国内で広がりを見せています。この現象は、場の創造、景観、ツーリズム、オーディエンスに関する重要な問いを提起しています。他の注目点としては、若手建築家の間に見られる「コスモポリタン(世界市民的)な」都市感覚の出現と、それに付随した独特な「東アジア的アーバニズム」の形成の可能性が挙げられます。そこでは都市のパターンがグローバリゼーションの下で収れんしていくのか、あるいは拡散に向かうのかという問題と、それに伴うヒト・モノ・カネ、そして思想の国際的な移動についての問いが焦点となっています。

 LLLABOの様々な研究テーマは、ある中心的な問いをめぐるものとしてとらえることができます。それは、グローバルな移動やネットワークによる即時コミュニケーションの時代、いわば「場所の喪失(displacement)」の時代において、「場所(place)」という概念をどのように再構築するのかという問いです。今日、モビリティによって支えられる世界経済の中で、場所とは、「生きる」場所というよりむしろ媒介され、収集され、消費されるものとなっています。「誰の場所か」という問いへの答えは明確ではなくなりました。媒介と移動に規定された条件の下、ある場所について正当な権利を持つ人々の範囲はそこにいる土地所有者や管理者、居住者をはるかに越えて拡がっており、その一方で、場所の喪失によって規定される人々にとっては、原初的な場所(子どものころに住んでいた家など)への第一義的なつながりは、大人としてのアイデンティティを形作る地図の上にある無数の「その他の場所」の中であいまいなものとなっています。場所の生産、差異化、そして消費は現代の経済的・文化的活動の主要な構成要素となっており、建築家やプランナーはそうした過程に深く関与しているのです。

 これを詩的に表現するなら、今や私たちはみなホームレスとして生まれるが、にもかかわらず生涯家を求め続ける、ということになるでしょう。

 研究者は一般に出版物を利用して研究を発信しますが、建築の分野にいる人々は、創造的な実践の中で研究から得た知見を統合し、試みることを好みます。LLLABOでは2011年から実践を基礎としたプロジェクトを実施しています。例として、新潟県にあるアーティスト向け施設の建築デザインコンテストである「オーストラリア・ハウス」(写真)や、現在も進行中の千葉県にある別荘プロジェクトが挙げられます。研究と実践から得られる視座を組み合わせることによって、私たちは、「場所の喪失」―「ここ」ではないどこかにいるという感覚―を現代における経験の枢要な条件としてとらえる建築理論の構築を模索すると共に、こうした条件を反映し、さらにそれに応える場所を構想し、形作っていこうとしています。

 私たちの目標を一言で表すとすれば、「場所」と「場所の喪失」の建築学―とそのアーバニズム―の明確化(アーティキュレーション)、と表現することができるでしょう。

ジュリアン・ウォラル/早稲田大学高等研究所准教授

【略歴】
オーストラリア出身の建築家、研究者、批評家。カリフォルニア大学バークレー校(1994年)とアデレード大学(1997年)で建築を学ぶ。2005年、東京大学で博士号(建築史・都市史)を取得。東京のクライン・ダイサム・アーキテクツとロッテルダムのOMAに勤務した後、2009年に早稲田大学高等研究所助教、2012年4月からは同研究所准教授。『アイコン(icon)』誌(英国)で寄稿編集者を務めるほか、国内外で幅広い執筆・翻訳活動を行う。近著にToyo Ito: Forces of Nature (Princeton Architectural Press, 2012)がある。