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渡辺 芳敬(わたなべ・よしたか)早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

『レ・ミゼラブル』とフランス・ミュージカル

渡辺 芳敬/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 昨年公開されたミュージカル映画『レ・ミゼラブル』が話題になっているが、その魅力は何だろう?

 この映画、日本でもすでに25年以上上演されているミュージカル舞台版の映画化なのだが、舞台ファンからすればなにかがちょっと違う。舞台では、第一部が「薄幸の母」ファンティーヌの物語なら、第二部は「薄幸の娘」エポニーヌの物語であるのに対して、映画では(アン・ハサウェイ演ずる)ファンティーヌが前景化し、後半は成長した娘のコゼットと革命に生きる青年マリウスとの恋愛にスポットがあてられ、エポニーヌの影は薄い。事実、舞台版のフィナーレを飾るファンティーヌとエポニーヌの重唱はみられず、死んでいくジャン・バルジャンを待ち受けるのは、司祭とファンティーヌのみといったぐあいだ。

映画『レ・ミゼラブル』 (c)Universal Pictures

 もちろん、これは映画であって舞台ではない。俯瞰撮影とクローズアップという映画の特徴を最大限に生かし、かつ余計な説明を省いたスピーディーな演出。なによりも、スタジオ録音ではなく、ライブ録音の迫力。唄の巧拙ではなく、唄の力・演者の演技を重視した映画術によって、観客の心をわしづかみにする。ここまで泣かせていいのか?と思うぐらい、観客の涙を誘ってやまない「感動ミュージカル」にしあがっているが、じつは思いのほかフランス・オリジナル版に近い。そう、舞台版はフランスに端を発する。この舞台版の映画化は、はからずも舞台オリジナル版に光をあてることになった。いやそれ以上に、終わることのない生成・変化、要するに「生きもの・生もの」でありつづけるこのミュージカルの「運命」——ある演出家曰く「再演はあっても再現はない」——を逆に証しだてているといえるかもしれない。

 「オペラ・バレエの国」フランスにも、1960年代後半以降、『ヘアー』に代表される「ロック・ミュージカル」、ロイド・ウェバーの「ロック・オペラ」の波は確実に押し寄せる。オペラとロックの融合こそ、ミュージカル発展途上国であるフランスにあって、ミュージカルが市民権を得る最良の手段であった。とはいえ、フランス・ミュージカルの草分け的作品ともいえる『スターマニア』(1979)と『レ・ミゼラブル』(1980)のスタンスは微妙に異なる。ケベックの作詞家プラモンドンがフレンチ・ポップスのシンガー・ソングライター、ミシェル・ベルジュとタッグを組んでつくった『ロック・オペラ スターマニア』が英語圏を異化するミュージカルであるなら、他方、作詞家ブーブリルと作曲家シェーンべルクによって制作された『レ・ミゼラブル』はむしろ英語圏を目指し、いまや英語圏を越えて世界を席巻するミュージカルといっていい。たとえば、ジャン・バルジャンが唄う「彼を帰して」やエポニーヌの「オン・マイ・オウン」などはフランス語版にはない(元来はファンティーヌのナンバー)。フランス語版から英語版に移行するうえで、3分の1が翻訳、3分の1が改変・翻案、残りの3分の1以上が創作されたという。さらに、2010年秋からは演出も大きくかわり、生成・変化しつづける『レ・ミゼラブル』の人気はとどまるところを知らない。

ミュージカル『ノートル=ダム・ド・パリ』

 ともあれ、現代のオペラともいうべき「ロック・オペラ」の登場は、19世紀フランス・オペラの一大特徴である「グランド・オペラ」の延長上に位置づけられるが、『スターマニア』の仕掛人プラモンドンは、ベルジェ亡き後、イタリア系作曲家コッシアンテと組んで、あらたな「スペクタクル・ミュージカル」『ノートル=ダム・ド・パリ』(1998)に着手する。先日日本公演を終えたばかりの、唄とダンスの徹底的な分離=競合をはかった新しいスタイルのミュージカルだ。英米系ミュージカルでは、それぞれのパフォーマーが「唄って踊って演技する」のが普通だが、ここでは、歌手には歌手として徹底的に唄わせ、ダンサー(ショーダンサーのみならず、コンテンポラリーダンサーやアクロバットダンサーまで)にはダンサーとして徹底的に踊らせる戦略がとられた。最高の唄、最高のダンスを、といった欲張りな発想のなせる業といえようが、そうすることによって、主役と脇役、歌手とダンサー、ひいてはアートとエンターテインメントの垣根がおどろくほど取り払われることになったことは興味深い。主要な登場人物である「サン・パピエ」(身分証明書・滞在許可証を持たない不法滞在者たち)の叫びと相俟って、同じユゴー原作、同じ社会派ミュージカルでありながら、『レ・ミゼラブル』とはひとあじ違う、きわめてアクチュアルなミュージカルが誕生した。

渡辺 諒著『フランス・ミュージカルへの招待』

 その後も、「スペクタクル・ミュージカル」の快進撃は続く。日本公演を果たした『十戒』(2000)や『ロミオとジュリエット』(2001)、さらには『太陽王』(2005)、最近では翻訳公演が実現した『ロック・オペラ モーツァルト』(2009)等々。アートとエンターテインメントの真の融合を目指す、新しいスタイルのフランス・ミュージカルは、日本の観客、いや世界の観客をはたしてどこまで魅了することができるだろうか。

渡辺 芳敬(わたなべ・よしたか)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
早稲田大学第一文学部卒。パリ第一大学哲学博士。三重大学、横浜市立大学を経て、2005年から現職に。著書に(渡辺諒の筆名で)、フランス現代思想を扱った『フランス現代思想を読む』『バルト』など、ミュージカルを扱った『「エリザベート」読本』『フランス・ミュージカルへの招待』、翻訳に『ロラン・バルト著作集1 文学のユートピア』などがある。