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藤井 仁子(ふじい・じんし)早稲田大学文学学術院准教授(文学部) 略歴はこちらから

日本映画のグローバル化をめぐる
深い憂鬱とささやかな展望

藤井 仁子/早稲田大学文学学術院准教授(文学部)

 撮影所を基盤とする映画作りの体制が完全に崩壊した日本映画の1980年代は、角川映画の隆盛や異業種監督ブームに象徴されるような混乱と模索の時代だった。ハリウッドの華やかな超大作がますます人気を集め、その対極に位置するヨーロッパやアジアの芸術的野心に溢れた映画もミニシアターで成功をおさめていたが、迷走する日本映画は昔からのファンにも若いファンにも敬遠され、はなからおもしろくないという烙印を押されてしまっていた。そうした混沌のただなかから、北野武や阪本順治のような「撮影所以後」を代表する監督たちが登場したものの、状況を変えるには至らなかった。

 撮影所の残光さえ景気とともに泡と消え、混迷ばかりを引き継いだ90年代だったが、今思えばおもしろい時代だった。なにしろ、どうせはじめから世間に見放されているようなものなのだし、それでいてバブル期の勢いだけは物質的な支えを失っても人々の精神から簡単には消えなかったので、牧歌的な小さな映画たちの群れにまぎれて、資本主義の論理に反するような大胆不敵な賭けが行なわれることもめずらしくなかったのである。青山真治や諏訪敦彦のような作家がWOWOWの資本で長篇第一作を撮ることができたのはまさにそうした背景によるものであり、80年代にデビューしていた黒沢清がさらに先鋭化して真に傑出した作家となりえたのも同じ時代状況のなせる業だった。

 ところが、やがて事情が一変する。97年にまずカンヌ国際映画祭で今村昌平の『うなぎ』が、つづいてヴェネツィア国際映画祭で北野武の『HANA-BI』が最高賞を獲得すると、途端に日本映画はいやでも世界を相手に戦わなければならなくなってしまったのである。外国人という他者の眼を意識することが一国の映画のあり方をときに大きく変えることは、ちょうど敗戦から立ちなおったばかりの時期の大映が、『羅生門』と『地獄門』の国際映画祭での受賞をきっかけとして、戦前は現代劇の作家だった溝口健二に西洋人の評価を当てこんだ時代ものばかり撮らせるようになった事実を思い出せば容易に理解できるだろう。その結果、作家性の強い野心的な映画ほど、まずは海外の映画祭で評価を受け、しかるのちに凱旋して劇場公開という手順を踏むことが、既定路線として求められるようになったのである。つまり、ジャーナリストや批評家から評価されるよりも早く、作り手が自ら海外にまで出て自作を売りこみ、自身の映画について語らなければならないということだ。自らの作家性を守るために、作り手たちは自分自身を孤独に代表しなければならなくなったのである。

 すでに名を挙げたような、国際的な期待に応えることのできた作家はいいのだが、たとえば相米慎二のように、国内でいかに評価が高くとも、海外に打って出ることにまったく頓着しないタイプの作家は、しだいに自由な映画作りの機会を制限されていった。同時に、国内ではさほどでなくとも、海外で高い評価を受けることで精力的に撮りつづけることのできる作家も現れた。フランスで一般にもっとも広く名を知られている現代日本の映画作家が河瀬直美だといえば、多くの日本人は驚くかもしれない。また三池崇史は、国内では安定してヒットを飛ばす職人肌の多作家と思われているだろうが、欧米人にとっての三池は、現代の日本のサブカルチャーを代表する、妥協を知らない個性的な作家である。

 さて、この記事が読まれる頃には、今年のカンヌも結果が出ていることだろう。審査委員長スティーヴン・スピルバーグの傍らでは、同じコンペ部門の審査員をつとめる河瀬直美が微笑んでいる。その彼らに審査される日本映画の監督はといえば、フランス人よりはるかに早くからスピルバーグを評価し、刺戟を受けとってきた黒沢清でも青山真治でもなく、すでにヨーロッパで高い評価を得ている是枝裕和と、日本テレビとワーナー・ブラザースの資本に拠った三池崇史である。それが商業主義に染まったカンヌの正体だ、といって済まされる話ではない。このカンヌの選択が意味しているのは、海外で先に評価を受けるというルートまでもが今やほぼメジャーに独占されたということだからだ。

 もちろん、純然たるインディペンデントながら昨年のロカルノ国際映画祭に出品された『Playback』の三宅唱のように、世界で勝負できる優れた作家は確実に育っている。だが、外国人に評価されるのをただ待っているだけでは、もはや志の高い作家から先に撮れなくなっていくということにもなりかねない。今、あきらかに必要なのは、国際的な映画の評価基準にこちらから積極的に介入していくという姿勢である。昨年、早すぎる死から10年以上の時を経て英仏3都市で全監督作品が上映され、話題を集めた相米慎二のケースは、日本側関係者による戦略的な働きかけが功を奏したものであり、今後の指針とされるべきだろう。

 こうした積極戦略を展開するには、作り手と配給・宣伝が努力するだけでは足りず、批評やジャーナリズムとも効果的に手を結ばなければならない。これ以上ないほど個人化と分断化が進んだ現在の日本映画の状況において、そうした連携をどこまで取り戻すことができるだろうか。一つだけはっきりしていることは、そうしない限り、メジャーの大作映画と個人の自主映画とのあいだの「中間」は、近い将来、一本も新作が撮られることのない完全な不毛地帯と化しているだろうということだ。

藤井 仁子(ふじい・じんし)/早稲田大学文学学術院准教授(文学部)

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学、立教大学文学部助手などを経て現職。専門は映画学、特に日本映画と現代アメリカ映画。映画評論家としても活動。
編著書に『入門・現代ハリウッド映画講義』(人文書院)、『甦る相米慎二』(共編、インスクリプト)、共訳書に『わたしは邪魔された――ニコラス・レイ映画講義録』(みすず書房)など。