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浅田 匡(あさだ・ただし)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

英語で話せばグローバル?
幼児教育を考える

浅田 匡/早稲田大学人間科学学術院教授

 グローバル人材を育成することが学校教育につよく求められるようになった。大学教育においては、9月(秋)入学やクウォーター制の導入、あるいは英語教育の充実、さらには留学の推奨などで騒がしい。また、小学校においても英語活動が導入され、グローバル人材育成イコール英語教育と言わんばかりである。この流れは、幼稚園教育においても少なからずみられるようになってきた。

 グローバル化の名のもとでの、このような欧米志向は、Catch Up型の思考、すなわち明治時代からわが国の成長発展のエネルギーであり続けたと考えられる、「追いつき、追い越せ」思考から抜け出せない1つの典型のように思われてならない。そこには、「英語でコミュニケーションできれば・・・グローバル化が進んでいる」といった考えがあるのではないだろうか。本来、言語力は他者とコミュニケーションする道具(手段)にとどまらず、自らの考えを創造する道具である。それ故、日本語で読む、書く、そして考えるということがグローバル人材の基礎とすべきであろう。そして、その基盤となるのが幼児教育における多様な経験にある。すなわち、グローバル化における幼児教育は、いかに子ども一人ひとりの多様な経験を保障するかと言えるかもしれない。そう考えるならば、幼稚園教育要領にある「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の5領域は、まさにグローバル社会に生きる子どもたちに求められる能力の基礎となる内容を示しているのではないだろうか。むしろ、現状の幼稚園教育をいかに充実させていくかがグローバル人材育成につながる道筋のように思われる。本来の言語力を育成するために、わが国で行われている幼稚園教育は重要な意味を持っていることは再度、認識する必要がある。

 また、グローバル・シティとなりつつある東京における、ニューカマーと呼ばれる外国人子女への不充分な日本語教育プログラムをみると、イギリスにおけるESOLなどと比べて、わが国では日本語を教育するということが十分に考えられてはこなかったように思われる。それは、言語の学習という問題ではなく、東京がグローバル化することによってそこに生活する人々がグローバル化の中に生きるという環境をつくることができるかどうかという問題であると認識されていないからであろう。

 一方、幼保一元化、待機児童問題など、幼児教育に関しては女性の労働など福祉的側面からも検討する必要がある。それは、母親を取り巻く労働環境が必ずしも十全ではないことが主な要因であるが、母親に代わり幼稚園や保育所が子育てを担うことを意味しない。母親や父親がきちんと子育てを行える社会システムや教育システムを構築することが必要なのである。それは、幼稚園教育要領で示された5領域において幼児が十全は発達を行っていくためには家庭環境、家庭教育が重要な意味を持つからである。例えば、子どもの自尊感情の発達において家庭環境、すなわち父親や母親との関わりが大きな影響を与えていることが研究で示されている。幼児の発達を考えるならば、その発達を支える家庭環境、さらに母親として、父親として、働くことができる社会システムのあり方から問い直さなければ、グローバル人材の育成はとても望めないのではないだろうか。

 さらに、もし、子育てを支援する社会システムが構築されたとしても、幼児教育と小学校教育以降の教育との関連を考えなければならない。これに関しても、幼小連携をはじめとして様々な取り組みが行われてきた。しかしながら、ここで考えるべきことは、これまでの学校教育を前提とした連携なのか、これまでの学校教育の脱構築をめざすのか、という学校教育のグランドデザインをどう描くかである。欧米型のpre-school型の幼稚園教育へと転換するとすれば、小学校教育をベースとした接続、つまり教科をベースとしたカリキュラムに基づく幼稚園教育という方向になるだろう。英語教育に限れば、日本語と英語とによるイマージョン・プログラムといったことを検討することになる。

 他方、現在の5領域に基づく幼稚園教育から小学校への接続を考えるならば、子どもの発達と学びということから検討しなければならない。子どもは、現在の学校制度、学校という場(物理的環境)などの制約の中で学び、発達している。また、父親なき社会といわれた時代もあったが、家庭環境や社会環境(博物館や美術館、あるいは公園などの社会資本と自然環境)とのかかわりも考えなければならない。このような子どもを取り巻く環境との関係において、幼児教育と小学校教育の接続を考えるということである。それは、学制の変革までも含むことである。具体的に、中高一貫校(中等学校)や小中一貫校の設立にみられるように、子どもの発達に基づく幼稚園から高校、さらには大学までも1つの学校とするような一貫教育のあり方が検討されるべきであろう。

 グローバル化と幼児教育をめぐる問題は、単純な問題ではない。グローバル社会における日本、あるいは日本人としてあり方(独自性)が問われるとともに、日本社会のあり方、その社会において幼稚園をはじめとする学校のあり方、そして、そのような環境の中で子どもはどのように学び成長していくのか、をいつも考え、日本としてのあるべき幼児教育という1つの解(よりよいと考えられるソリューション)を求めていかなければならない。

浅田 匡(あさだ・ただし)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
1958年生まれ 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科修了。大阪大学助手、国立教育研究所研究員、神戸大学発達科学部助教授を経て、現在早稲田大学人間科学学術院教授。専門は、教育工学、教育心理学をベースとした教育研究。主な編著書は、『成長する教師-教師学への誘い』(金子書房)、『倫敦の鍵穴から教育を見てみれば』(日本教育新聞社)、『中等教育ルネッサンス』(学事書房)ほか。