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檜皮 瑞樹(ひわ・みずき)/早稲田大学大学史資料センター助教 略歴はこちらから

学徒出陣の記憶を記録する:
大学史資料センターによる聞き取り調査事業

檜皮 瑞樹/早稲田大学大学史資料センター助教

 “傷痍軍人”や“戦災孤児”(例えば“あしたのジョー”も)、あるいは“岸壁の母”や“中国残留孤児”──アジア太平洋戦争と敗戦にまつわるキーワードの多くが、いま、人々の記憶から忘れ去られようとしている。そして“学徒出陣”も、風化にさらされているひとつの記憶かもしれない。

学徒出陣と早稲田

出陣学徒壮行会(1943年10月、戸塚道場)

 はじめに、学徒出陣に至る歴史的経緯と本学のかかわりを、簡単に整理する。

 日中戦争の長期化と戦力不足によって、法令によって認められていた学生(高等学院を含む)の徴兵猶予が徐々に廃止され、学生にとって戦争は身近な問題となっていった。

 1941年には卒業時期の繰上げが実施され、1942年3月卒業予定の学生は、1941年12月の繰上げ卒業とともに徴兵検査・入隊となった。1942年以後は修業年限が6ヶ月短縮されて、毎年9月に繰り上げ卒業式を挙行した。そして、1943年10月には文科系学生の在学徴兵延期が停止、約4,500人の本学学生が学徒出陣の対象となった。10月15日には戸塚道場(旧安部球場、現在の総合学術情報センター・中央図書館)で出陣学徒壮行会が挙行され、学苑は一挙に戦時色に包まれた。

 さらに、1943年12月には徴兵年齢の19歳引き下げが実施され、多くの学生は学業の半ばで、あるいは進学の途を阻まれたまま戦場へと送られ、無益な戦争の犠牲者となった。

学生としての思い出、兵士としての体験

 学徒出陣の経験者であり、戦地から奇跡的に帰還した大学関係者の多くは、残念ながら既に他界されている。現在ご存命の方々も、すでに90歳近い高齢であり、その貴重な“声”を聞く機会は限られているといってよい。

太田垣季利氏

柴崎信緒氏

 大学史資料センターでは、学徒出陣経験者、および繰り上げ卒業による徴兵経験者などに対する本格的な聞き取り調査を2005年より開始し、現在までに延べ33人の校友・関係者へ調査を実施した。また、2013年5月には江名武彦氏(1943年10月学徒出陣、神風特別攻撃隊経験者)による「ペンから剣へ」と題した講演会を大隈小講堂で開催、立ち見がでるほどの盛況であった。さらに「一九四三年晩秋 最後の早慶戦」(2005年3月)や「ペンから剣へ──学徒出陣70年」(2013年3月)など、「最後の早慶戦」や学徒出陣をテーマにした企画展をこれまでに4回開催した。

 今回は直近に実施した聞き取り調査について、その内容と意義について紹介したい。太田垣季利氏(11月4日聞き取り)は、1943年4月に専門部政治経済科に入学、1944年11月に在学のまま徴兵の対象となった。わずか1年半余の学生生活のなかで、授業がほとんど行われないまま勤労奉仕に明け暮れた思い出や、また出征にあたって日の丸への寄せ書きを中野登美雄総長にお願いした話など、戦時下の学生と大学をめぐる貴重な体験をお聞かせ頂いた。1944年11月以降に華北地域へと出征し、中国大陸で敗戦を迎えた。戦争経験だけでなく、敗戦後の北京までの撤退、大陸からの復員のプロセス(復員は1945年12月)や帰国後の内地の状況なども興味深い内容であった。帰国後は経済的事情から早稲田への復学を断念している。

 もうひと方、柴崎信緒氏(11月20日聞き取り)は1941年4月に専門部法科へ入学、1943年9月に繰り上げ卒業し12月に入営した。授業内容や田中穂積総長の学生への演説の内容など、戦争一色ではなかった戦時下の学苑の様子は興味深いお話であった。翌1944年からは護衛艦暗号通信士として小笠原諸島への物資補給作戦に従事、また1945年にかけてフィリピンから朝鮮半島への航海した際には、護衛艦に勤務した同僚の多くが目の前で命を落としたことや、同期が乗船していた護衛艦が沈没していく様子をただ眺めることしができなかった無念さ、1945年8月の佐世保で原爆被災者を目撃したことなど、敗戦が濃厚になっていくなかでの悲惨な体験には、胸が詰まるものがあった。

 また、紙幅の関係で紹介することはできないが、井本重信氏(1943年休学、学徒出陣)など多くの方々にご協力を頂いた聞き取り調査の成果は、現在編纂中の『早稲田大学百五十年史』に反映させるとともに、逐次『早稲田大学史記要』等で紹介することを予定している。

過去を記録することは、出陣学徒に対する私たちの責務

 学徒出陣関係者への聞き取り調査は、一刻の猶予もならない喫緊の事業である。ひとりでも多くの“声”を後世に残すことは、学生を戦地に“送り出した”大学の使命であり責務でもある。戦争の悲惨さや学徒出陣の労苦を残すということのみならず、彼らの“声”を通じて、あるべき国際社会の姿を考えることも、戦場から還ることのなかった出陣学徒に対して私たちが背負うべき課題ではないだろうか。

※学徒出陣に関する資料や情報のご提供、聞き取り調査へのご協力を募っております。連絡先は早稲田大学大学史資料センター(042-451-1343、担当:望月雅士・檜皮瑞樹)

檜皮 瑞樹(ひわ・みずき)/早稲田大学大学史資料センター助教

【略歴】
神奈川県立公文書館非常勤嘱託、早稲田大学大学史資料センター助手を経て現職。2009年、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2012年同修了、博士(文学)。専門は日本近世・近代史、北方史。近刊に『仁政イデオロギーとアイヌ統治』(2014年1月刊行予定)。