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佐藤 洋一(さとう・よういち)早稲田大学社会科学総合学術院教授  略歴はこちらから

町で学ぶ授業
歩きまわって「文化的なずれ」を感じよう

佐藤 洋一/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 金曜日夕方16時30分。私は大隈講堂の前に集まってくる留学生たちを待ち構えていた。担当する授業「Urban History of Tokyo」のツアーのためである。今日の目的地は三社祭を明日に控えた浅草界隈だ。

 今年で3年目になるこの授業は、主に留学生によって構成される早稲田大学社会科学部の英語プログラム「Contemporary Japan Study Program」(以下、CJSP)の学生が履修する科目である。今年の履修人数は10名。中国や台湾、韓国など東アジア系の学生が大半であるが、海外で育った日本人の学生も含まれる。

 CJSPのプログラムで、彼らは現代日本について学ぶのだが、私の科目では、現代の日本、それも首都東京に今も息づいている歴史性を、フィールドワークを通して学ぶことが目的だ。ほぼ隔週で都内各地に出かける。今年は、大学界隈に始まり、丸の内、浅草、新宿、神田、銀座を目的地としている。

ツアー風景──定番コースを外すこと

  浅草に行ったことがあるという留学生の数が、新宿や銀座よりも多いことは驚きだった。限られた範囲の中での傾向なので断言はできないが、やはりスカイツリー効果なのだろう。彼らはたいてい雷門から仲見世を通り、浅草寺にお参りして隅田川に抜けて、隅田公園でスカイツリーとの記念写真を撮り、浅草を後にするという。元気があれば、そこからスカイツリーまで歩くかもしれない。

 観光客ではない我々は、もちろん全く違ったコースで浅草に入ることはいうまでもない。銀座線田原町駅で下車し、仏壇屋街、西浅草の寺町、合羽橋道具街を抜けて、西側の浅草六区から浅草寺へと近づいていく。途中で見かけた祭りのための神酒所、さまざまな建築形態の寺、寺の裏にある特設墓地、合羽橋の食器屋さんの荷運び用の自転車、食品サンプル、包丁専門店やそば打ち道具専門店、稲荷神社など、路上で見かけるものがすべて教材になっていく。

 途中、肉屋の店頭で焼く焼き鳥の匂いに思わず反応する一同。

 “Let us try Yakitori”といって、一人一本買うことにする。そう、フィールドワークは五感を使うのが基本である。買い食いだって取材の一環だ。夕方の時間帯、みな、お腹もすいているのだ。

 合羽橋本通り商店街には、方々に河童のオブジェが置かれているが、ある学生が「河童の伝説を何か教えてください」と質問してきた。とっさに思いつかず、首をひねる。答えを用意している質問もあるが、その場で答えられない質問も多い。しかしその場で疑問と関心が起こってくることこそがこの授業の醍醐味である。そんなときは、次の授業までに調べて来ようね、となり、次の授業で答えることになる。

教室での授業

 五感を使うというものの、記録として手軽なのは写真である。スマホやデジカメ、いくらでも身の回りにカメラはあるからだ。ツアー中にはとにかくたくさんの写真を撮ってもらう。それを帰宅後にweb上のアルバムにアップロードしてもらい、翌週の教室の授業に教員がプリントアウトして持参する。この写真を各自に配り、それをもとに、ツアーを振り返り、記憶に残ったスポットを書き出してもらう。一人ずつ話してもらいながら、適宜解説を加えていって授業が進行する。そして、各回の授業の終わりまでに、こんなカードも作ってもらう(図1)。

 というのも、この授業“Karuta”を作り、それで遊ぶというのが最終的な目的だからだ。Karutaを作ることにしたのは昨年からだ(図2)。かるたという形式を与えることで、活動の記録が形に残る。見てきたもの、経験そのものから、何を形にするのがよいか。知らず知らずのうちに日本語の勉強にもなる。最終的にはみんながつくったカードから、あいうえお……各音一枚ずつをみんなで選んで、かるた大会をした(図3)。

図1

図2

図3

授業の意味するところ

 この授業は何を意味しているのだろうか。

 第一は、「町で学ぶこと」である。こんな授業が設定できるのは、早稲田大学が都心にある大学だからだ。浅草の回は16:30に大学を出発し、浅草で解散したのは18:30であったが、他の回はもう少し手軽に設定できる。この留学生向け授業に限らず、町に出て行って、学生と教員との間はもちろんのこと、町の人々ともコミュニケーションをとりながら進めていくという構えに意味を感じる。コミュニケーションが苦手だと言われる現代の学生にとっても、無理なく自分の関心を広げられる機会になるはずである。

 第二は同じ体験をすることを通じて「文化的なずれ」を感じることである。身の回りや、よく見知った場所で同じ体験をするが、見ているものが違っていたり、同じものから読み取る意味が違っていたり、という異文化間のずれを実践的に理解できる。多くの場合、ツアーの現場で「生きた疑問」が生じることが多い。ある程度想定できるずれもあるが、思ったほどでもなかったり、あるいは想定以上のずれがあったりもする。教室に戻った次の授業で、ずれを確認し、その意味するところを共有する。

 こうした歩行と作業は、東京のアイデンティティとは何かを、グローバルな視点から考えることにつながっている。筆者のように東京に生まれ育った人間にとって「当たり前」と思う事象が、どのようにずれているのか。あるいは、どのような事象に、留学生は疑問をもち、関心を持つのか。東京がどう受容されているか、どう受容されうるのか、という疑問を肌身に感じられる学びの場となっている。

佐藤 洋一(さとう・よういち)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

【略歴】

1966年東京生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科博士課程単位取得修了。都市形成史および都市空間の映像表現を専門とし、授業では環境表現論、映像論、都市論や、フィールドワークをもとに映像コンテンツを制作する演習などを担当。博士(工学)。著書に『あの日の神田・神保町』『図説 占領下の東京』『帝政期のウラジオストク──市街地形成の歴史的研究』など。最近は、都市の路上における様々なモノの歴史、戦後の東京の都市空間に関する写真と映像表現の系譜を中心に研究を行っている。