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梅山 いつき(うめやま・いつき)早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・助教  略歴はこちらから

復活・早稲田小劇場どらま館

梅山 いつき/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・助教

 早稲田にあたらしい劇場ができる。数年前に耐震強度の問題から取り壊されたどらま館が「早稲田小劇場どらま館」という名で再び南門商店街に甦るのだ。劇場を持つ大学は多々あれど、早稲田のような総合大学が、しかも大学敷地内ではなく街中に劇場を構えるのはあまり例をみないことだろう。ゆえにその可能性は未知数であり、大学がいかに運営していくのか固唾をのんで見守っている者も多いはずだ。

トークショーで学生たちの質疑に応じる鈴木忠志さん

 起工式に先駆けて、5月8日に演出家で早稲田小劇場の生みの親である鈴木忠志氏をお招きしてのトークショーが開催された。当初、トーク半分、質疑応答半分という時間配分を予定していたが、本番直前になって鈴木氏より質疑応答になるべく時間を割きたいとの要望が出た。今の学生が何を考えているのか知りたいのだという。結果、一時間半の会の大半が質疑応答の時間に割かれた。学内の演劇状況を嘆く学生がいたり、将来の夢を語る学生がいたりと様々な意見が出たが、一つ一つに答えながら鈴木氏が繰り返して訴えていたのはもっと広い視野で演劇を思考せよということだった。「早稲田演劇」なんていう枠組みは捨てて世界を見据えて舞台をつくってほしい。それはあたらしく生まれ変わるどらま館が目指すところでもある。

 今や国際的に活躍する鈴木氏であるが、舞台で追及してきたのは「日本人」の精神構造のあり様であって、現在世界各国で実践されている身体訓練法スズキ・メソッドも国際規格になるべくつくられたというよりは、むしろ「日本人」の土着の身体感覚を突き詰めていった結果生まれたものだった。その意味では自分の足元とでも言うべき個的な記憶や体験から出発した表現といえる。そしてその表現を育んだ場所もまた早稲田小劇場という客席客席数が百に満たない小さな空間だった。

 現在、東京都内に無数に存在する小劇場も鈴木氏が演劇活動を始めた60年代初頭、現在のような収容人数が百から二百名規模の小劇場はほぼなかった。ゆえに鈴木氏は喫茶店の二階を劇場に改築し、唐十郎は公園や神社の境内に紅テントを建てて興行し、佐藤信はガラス屋の地下を劇場に変え、上演場所として使ったのだった。こうして本来劇場として用意されたのではない空間が演劇空間に姿を変えていくことで劇場の概念は大きく更新されていったのである。鈴木氏をはじめとする当時の小劇場演劇の担い手とその舞台はアングラ演劇と称された。この呼び名はマスコミが一方的に付けた蔑称で当人たちにとっては不本意だったようだが、上演する作品も場所も自前で用意していた彼らの規格外のエネルギーを言い当てているようにも思える。

早稲田小劇場どらま館完成予想図

 かつての早稲田小劇場が早稲田を飛び出し世界と接続するまでの力を得たのは、個々人に内在するエネルギーに忠実にこたえ、着実にかたちに変えていったからではないだろうか。そう考えると、どらま館の再生を前にして今確認しなければならないのは、劇場と最も近いところにいる学生たちがこの劇場をどういう場にしたいのかということである。5月8日に鈴木氏が聞き出したかったことのひとつもこれだったのではなかろうか。そう考えてみるとあの日の質疑応答はアジテーションだったようにも思えてくる。実際、感化された学生は大勢いたはずだ。問題は早稲田演劇や日本の演劇界が衰退していることではない。自分はなにをしたいのか、である。この問いには学生だけでなく当然大学もこたえていかなければならない。いささか精神論めいたことを述べてしまったが、実際に劇場を動かしていくにあたっては思いだけではだめなのであって、綿密な戦略が必要とされる。学内外の団体が利用できるようだが、貸館業務だけでなく、主催事業はどれぐらい行うのか。利用団体の選定基準はどうするのか。公演だけでなく教育普及的な事業も必要なのではないか。様々なアイデアをゆるやかに束ねる役割を設けた方がいいのではないか。芸術監督制度を導入してみてはどうだろう……。来年誕生しようとしているあたらしい劇場の可能性は無限にある。課題も多いだろうが、そういう時こそ「早稲田演劇」の底力の見せ所だ。これまで輩出してきた演劇人を有効活用し(というと諸先輩方におこられそうだが)、現役学生とともに未来の劇場の姿を描いていく。これほど魅力的な企画もないのではないだろうか。

梅山 いつき(うめやま・いつき)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・助教

【略歴】

1981年生まれ。東京学芸大学卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。60年代演劇、野外演劇を研究対象とする。演劇博物館では昨年の寺山修司展の企画に携わった。時に自らテント芝居に身を投じることも。水族館劇場の制作として都内最大規模のテント芝居に携わる。著書に 『アングラ演劇論』(作品社、AICT演劇評論賞受賞)、『60年代演劇再考』(共編著、水声社)。