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市川 真人(いちかわ・まこと)  略歴はこちらから

漱石に読むメッセージ ~今探すべき「こころ」とは

市川 真人/早稲田大学文学学術院准教授

 夏目漱石『こころ』が発表から100年でブームだと、一部で言われる今日このごろ。なにしろ国語教科書で初めて採用されて以降の半世紀強、ひとつあるいは複数の高校教科書で使われ続けてきたのだから、(この四半世紀、採用されたほぼすべての中学校教科書で使われてきた太宰治『走れメロス』ほどではないにせよ)日本における「あ、それ知ってる」率はハンパではありません。

 “人間の欲望とは、他人の欲望の模倣である”とはヘーゲルはじめ哲学者たちの主張ですが、それは言い換えれば、「他人がそれを欲望している」程度の情報を与えることが、ひとの欲望を惹起するのに有効だという話でもあって(まったく知らないものは欲望できないし、知りすぎているものは自分と同化して欲望の対象ではなくなる――と書けば恋愛などにも通じる話かもしれません)、『こころ』のように「きちんと読んだことはないけれど、ひとが読んでいるらしいし、自分も名前だけは知っている」程度の距離感が、いちばん興味を引くのでしょう。

 そんな『こころ』がどんな小説だったかといえば、自分のほかに友人を持たない、今風に言うなら「コミュ障」の親友「K」を恋愛絡みで裏切った主人公が、反省のあまり、三十代半ばで妻もいるのに親の遺産で暮らす言わば「ニート」になる物語。しかもウブな「私」はそんな男を「先生」と呼んで慕うのだから、なんだか自己啓発的なおもむきさえある――などと読み替えてしまえば、歴史上の名作もいくらか現代に親しみやすくなるかもしれません。

 とはいえ学校教科書に主に採用されるのは、「先生」が「K」との関係を回想して遺書として「私」に送る第三部のごく一部。下宿先のお嬢さんへの恋心を募らせていた若き「先生」に、「K」が先んじて彼女への恋情を漏らし、そのことで焦った「先生」が抜け駆けして彼女の母親に結婚の申し込みをする、そんな場面です。「先生」は首尾よく婚約をとりつけるものの、それを聞いた「K」は微笑して祝いを述べ、数日後に自殺してしまう。自分を唯一無二の親友と信じて恋心を打ち明けた相手を裏切り死に追いやったことで、「先生」は以降ずっと後悔して暮らすことになります。

 先生の遺書はその後、西南戦争での失態を忘れられなかった乃木希典が明治天皇の崩御を機に自決した報せを聞いて、大きな悔いを抱えて生きることの困難に共感し、自分もいまから死ぬのだと宣言して終わるのですが、『こころ』の作品的な魅力はそうした「忘れられなさ」を引き立てるように、無数の(仮の)忘却が、教科書に載らない第一部第二部もふくめて書き込まれていることです。

 そもそも『こころ』の第一部は、海水浴場で「先生」を見た「私」が“どこかで見た顔のようだけれどもどうしても思い出せない”と感じる出会いの場面から始まります。結局それは「私」の勘違い、言わば“架空の忘却”とでも呼ぶべきものだったのですが、以降「私」と「先生」は、恋愛や金銭や罪悪や生死といった人生の諸問題を議論しながら、次の話題に移ることで前の話題を棚上げにしてゆくことを繰り返して行きます。ひとつひとつの話題が大きく重いぶん結論が出ぬまま別の話題が出ざるをえないとも、決して忘れることができない「Kの自殺」という出来事が先生にあるぶん他の事柄が通りすぎてゆくのだとも言えますが、先生と話すのに熱中して父親の病をしばし棚上げし、父親の看病に帰省することで「おれが死んだら」という先生の不穏な予告をしばし棚上げし、なにより、お嬢さんへの恋情を理由に親友への配慮を決定的に棚上げする――その繰り返しには、漱石が後に「断片」のなかで書く「二個の者がsame spaceヲoccupyスル訳には行かぬ」という一節と同じ意識を読み取ることができます。

 『こころ』が優れているのは、そんな棚上げ/忘却を、読者もまたバーチャルに体験できることです。先に書いたとおり『こころ』は三部構成ですが、第三部は「先生」の手紙(遺書)だけで構成されていて、そこでは第一部第二部の主人公だった「私」がその後どうしたか、あれほど彼の心を悩ませていた父親の病気がどうなったか等については、一切触れられていません。普通なら「あれ?」と思いそうなものですが、読者の方も「先生」の独白に引き込まれて、読み終えるころには彼と「K」のことばかり考えて満足してしまう。教科書に至っては「私」のくだりはせいぜい粗筋で書かれるだけで事実上「なかったこと」にされてしまうほどですが、そうした棚上げ/忘却こそが私たちの「こころ」の宿命であり本質だ、と『こころ』は(またにその題名に象徴して)伝えてくれます。

 だからそのような『こころ』をいま読むことは、たとえば、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の問題意識とも無縁ではありません。先の戦争への悔恨と反省によって半世紀以上守られてきた非戦の意志を、政権がなかば強引に棚上げ/忘却しようとする背景には、言語化して説明はなされませんがもちろん、中国をはじめとする新たな大国の発展と、それに伴う軍事バランスの変化もあるのでしょう(端的に言えば、アメリカが単独で世界の警察を目指す体制に終わりが見えた、ということかもしれません)。その軍事的な脅威に備えてなければならないと焦るひとたちの気持ちもあるでしょう。けれども、そうした目の前の出来事に意識を奪われてしまうことで、より本質的なこと、より長期的なことがsame spaceから押し出されてしまうのもまた事実です。

 憲法の問題について言えば、文言を無理に曲げてそのときどきに都合よく解釈することは(それが無理やりであることは、解釈を主張する側だってわからないはずはなく、ただ、彼らが感じる必要性がその無理に目を閉じさせるわけですが)、かつての悔恨と反省を忘れるのみならず、それが世界でも稀な“国際紛争の解決手段に武力を用いない”という自身に課した制約、“武器を突きつけあっての平和ではなく、互いが武器を捨てての平和を目指す”という理念なのだという根本を忘れることでもあります。言わばそれは、「損して得とれ」ではないけれど、目先の簡単な利益(紛争解決)を求める以上に、より普遍的で広範な人類全体の幸福(としての平和)を求めることで自分たちも幸福になろう、という(だからこそ、自分たちが引き起こした戦争への反省でもありうるような)態度だったのではなかったか。

 そうした理念を当面の都合で棚上げ/忘却することは、『こころ』の「先生」がお嬢さんへの恋慕を急ぐあまりに「K」への友情を忘れてしまうことと、よく似ています。当面はそれでよいかもしれない(たとえば、どこかの国と対立が生じたときに、「武力を行使できてよかった」と感じる一瞬があるかもしれません)。しかし、「K」が死んでその友情を失った「先生」が生涯そのことを悔い続け、ついには自死せざるをえなかったように、いっときの対立を武力で解消した先により大きな悔恨が訪れたとき、私たちはきっと、手放した理念を後悔することになります。憲法解釈を変更することは、短期的に、自分たちの国の利益を守るかもしれない。けれども長期的には、(他のどの国もなしえなかった、この国だけが持っていたかもしれない)永遠平和の可能性をみずから手放したことだと、いつか私たちは(あるいはその子孫は)気づくはずです。それが、取り返しのつかない規模の戦争のあとでは、もう遅いのです。

 夏目漱石は「私の個人主義」の中で、安直な国家主義や危機意識に対して、「日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります 」と言います。文字通り、「今が今」になるまでのぎりぎりまでは、火事装束などつけずに、どうしたら火事が起きないかを考え、そのことに向けて努力することが私たちには必要で(その意味では、戦後の私たちは平和憲法の非戦条項にどこか自己満足して、それを他国にも広めて行く努力を怠ってもいたのでしょう。自分たちだけが非戦なだけでは非戦は成立しないのですから、非戦の輪をなんとかして広げて行かなければならなかったのだし、その意味では、改憲ではなく解釈変更で「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という文言が追い詰められながらも生き残った今から、既成事実を口実に改憲が行われてしまうまでが、ほんとうの瀬戸際であると同時に、危機感に基づいた押し戻しの好機でもあるはずです)、いま漱石を読むということは、単にブームを消費するだけではなくて、そうしたことについて考える大事な契機でもあるのではないでしょうか。

市川 真人(いちかわ・まこと)/早稲田大学文学学術院准教授

【略歴】

文芸批評家。早稲田大学第一文学部卒、近畿大学文芸学研究科修了。2013年より早稲田大学教員。専門は現代日本文学とメディア論。2000年より「早稲田文学」に携わり、同誌の批評誌化や文芸誌初のCD-ROM添付、フリーペーパー化などを手がける。著書に『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』(幻冬舎新書)ほか。TBS系情報番組「王様のブランチ」のブック・コメンテーターなども務める。