早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 文化・教育

オピニオン

▼文化・教育

堀内 俊洋(ほりうち・としひろ)  略歴はこちらから

市場縮小も実はビジネスチャンス!?
日本文化を売る“きもの”産業の今を考える

堀内 俊洋/早稲田大学政治経済学部教授

 多くの様々な着物が我々の周りに残され、今も真新しい物が登場している。着物は衣服の一つのジャンルで、産業経済学の分析対象としてみると、着物産業であり、衣服産業である。最近はカタカナ流に、キモノ産業とかアパレル産業と称されるが、戦後の着物産業は、一時的な活況もあったが、長期的には低落してきた。それは主には、我々の生活スタイルのより一層の洋風化によるもので、その傾向は今後も変わらないだろう。今日、着物産業を考えるということは、衰退産業の推移や今後の行方を考えることであり、そこから普遍的な経験智を考察していくことになるであろう。

 着物とそれ以外の衣服(洋服と総称)との違いは確かに大きい。縫製に目を向けても興味深いものがある。着物の縫製は平板的であり、およそ立体的な工夫は考えられていない。それは日本人の平均的な体型に合わしてきたともいえる。対して、洋服は立体的で、したがって、個別的が理想で、縫製の出来不出来が洋服の着心地や活動性を大きく左右する。着物は折りたたむと、和タンスに敷き並べることが出来るが、洋服をそのように折りたたんで収納するのは理にかなわない。

 しかしそのような違いはあるが、両者はともに我々人間がまとうもので、人々の顔形や体型が一人一人違うがごとく、出来るだけ個性的であろうとする。その究極が、オートクチュールのような注文生産であるが、個別の需要に合わせると、確かに気にいったものになるかもしれないが、おそらくかなり高価となるだろう。しかし衣服はその性質上、可能な限り個性的であろうとするものである。この状況を経営者目線で見ていくと、コストを抑えた差別化イノベーションが肝心だということになるはずである。

 洋服は主として縫製そのものやその型のデザインや工夫で対応してきた。それに対して着物は、生地の素材や加工法と絵柄のデザインで対応してきた。いかにして低コストで、様々な模様の生地で多くの人に「一品物」と錯覚させるほどの満足感を与えるか、それが着物産業の歴史そのものであるといえる。その中で、生地の素材やその変形方法でも目を見張るものがあるが、生地をどのように染色し、個別的と思えるものを低コストで「量産」していくかが、着物関係者の課題であり続けたといえる。現在流にいえば、低コストの多品種少量生産を、生産者と流通業者が連携しながら追求し続けてきたのである。その意味で、現在のハイテク産業は、着物産業に比べ、遅れてやって来たのであり、先発者の着物産業の歴史を学ぶ意義があるといえる。

 現在流にこれを表現すると、不断のイノベーションを追求してきたマーケティング活動の歴史を考察することである。そしてその中心に無数の個性的な模様を生地の上に置いていく染色技術の変遷がある。伝統的な工夫、それは今日的なハイテクと比べるとローテクかもしれないが、手作り感覚を残しながらコスト削減の工夫がされてきた。その特筆すべきものとして、伊勢型紙による染色のことをあげておこう。

 伊勢型紙は、特殊な加工を施した強靭な和紙である美濃和紙を型紙に使う。この和紙に多様な模様を描き、その部分をくり抜いたものが伊勢型紙である。その型紙の下に生地を敷き、上から染料を塗り込め、多様な模様を生地に表現していくのである。たとえばだが基本的な小さな模様の型紙をほんの1000種類用意しても、染色の色や濃淡を変え、染色部分と配置の組み合わせも変えることによって、無数とも言えるバリエーションのテキスタイルを適度なコストで生産できるだろう。従来の模様に時々の流行などを取り入れた新規模様を追加していけば、マーケットに常に新鮮なデザインと伝統をミックスした着物を供給し、あわせてTPOに訴えることで世の着物購入者の満足感を満たしてきたと思われる。

 この他の工夫も含め数百年以上にもわたる着物関係者の不断の経営努力によって、無尽蔵ともいえる着物、つまり、着物テキスタイルが残ったのである。もちろん、愛好者たちの想いも多分にあり、適当な保管方法の下、着物は大切に扱われてきたからでもあるだろう。

 着物産業は文化や技術と向き合いながら、時代に合った最適なミックスを追求してきたといえる。文化は産業の大きな担い手にもなって来たのである。着物産業は過去には先端的な主導的産業だった。我々はその歴史から、今後のハイテク産業の行方を探る糸口さえ見出すことが出来る。着物産業を歴史の片隅に追いやってしまうことは、そのような先見的な智慧や経験を無駄にしてしまうことになってしまう。

 近年、一部の観光地などで、地域周辺で使用されないまま放置されてきた着物を活用したレンタル着物ビジネスの動きがある。中には三流品もあるが、ビジネスレベルのレンタルストックを品揃えすることは可能で、芸術的なレベルの着物も含めることが出来る。そのようなニュービジネスの仕組がいま少し洗練され、全国的で全世代的に拡大すれば、着物テキスタイルを我々日本人が再認識する可能性が高まるかもしれない。そのものの本来的な価値を自分の目でいち早く見抜き、わが道を行くとも言える西洋人の中には、着物テキスタイル愛好者がすでに出ているようである。伝統的とはいえ、着物は改めて現代的になりつつあるのかもしれない。

<写真1:実際に染色に用いられた伊勢型紙の一例>
信州小諸の小さな馴染みの骨董店で筆者が見つけた小さな型紙のサンプルで、2013年度のきもの学の講義で教材に用いたもの。全体の大きさは縦横それぞれ1メートル程度。写真中の小さな一つ一つの線の模様は和紙に打ち抜かれた跡で、それらの周囲にはこの上に塗られた白い染料跡が残っている。

<写真2:伊勢型紙の素材である美濃和紙を転用した絵画表現>
同じく信州小諸で購入した教材で、伊勢型紙アイデアの絵画的応用の一例。美濃和紙に穿たれた微細な穴のサイズや密度を巧みに配置すると、その下に敷いた一枚の薄い色紙の色が濃淡を伴って浮き上がり、あたかも直接的にキャンバスに描かれた水墨画のようになる。もしこの和紙の上から染料を塗り込めると、リトグラフのように多くのプリントが可能となる。

堀内 俊洋(ほりうち・としひろ)/早稲田大学政治経済学部教授

【略歴】

1971年、京都大学工学部卒業後、同大学院を経、経営コンサルタントに従事、その後、大阪大学大学院で経済学を修学。修了後は日本経済研究センター研究員として経済分析に携わり、その後は京都大学、京都産業大学を経て、1996年より早稲田大学政治経済学部で産業組織論の担当教授。主要著書は『メインバンク競争と貸出市場』、『世界経済をどう変えるか』、『ベンチャー本田 成功の法則』、『産業組織論』、『ベンチャー企業経済論』など。繊維産業に関連する論文は主要雑誌に発表。