早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 文化・教育

オピニオン

▼文化・教育

和田 敦彦(わだ・あつひこ) 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

読書の歴史を問うために

和田 敦彦/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 読書の歴史は、これまで十分に研究されてきていない、というと驚く人が多いかもしれない。研究するとしたらどういう領域だろうか。教育学だろうか。社会学だろうか。文学、あるいは歴史学だろうか。

 実を言えばこれらいずれの領域でも、読書の研究はそれぞれになされてはいる。ただ、それらを結び合わせるような、読書の歴史を問う研究の領域は、いまだ確立されてはいない。けれども、読書やその歴史の研究は、これらそれぞれの領域の研究が結びついて、魅力的な成果を生み出していく可能性に満ちている。

 読書は私達にとっては日常的なことでもあり、特に考えるまでもない当たり前のことのように思われるかもしれない。書物を買うことも、また読むこともたやすくできるように思える今日の社会ではなおさらである。けれど少し時代をさかのぼれば、読書はけっして当たり前の行為でも、また誰しもができる行為でもなかった。書物の出版や販売が、そしてまたその読み方や読む場所が、様々な統制や制限を受けてもきた。それは検閲といった明確な制度の形をとることもあれば、書物や読書を教えたり薦めたりするようなソフトな形をとることもあった。

 けれど読書が制限を受けているのは過去ばかりではない。読書が自由に、そして制限無くなされた時代などはありはしないし、それは現在でも同様なのだ。要は、どれだけ今の私達が、読書の不自由さを意識できるのか、あるいは逆に無自覚に当たり前のこととみなすのかにかかっているといってよいだろう。では私達が書物を手に入れたり、あるいは読んだりする営みが、どれだけ不自由なのかを、どうすれば意識できるだろうか。

 まず必要なのは、「読書」や「読者」を、もう少し細かく分けて考えてみることだ。地域や場所によって、年代や時代によって、受けた教育や経験に応じて、様々な読者が生まれ、多様な読書がなされている。そして一言で読書といっても、実際にはいくつものプロセスや要素から成り立っている。書物が生まれ、運ばれ、読者のもとに届かなければ読書は成り立たないし、読者に書物がたどりつくそのどこかで流れがとぎれてしまえば、読書は成り立ちはしない。

図1

 そのために、読書をまず大きく二つのプロセスに分けて考えてみよう。書物が作られて運ばれ、読者にまで届けられるプロセスと、届いた書物を私達が読み、理解するプロセスの二つに分けてみたい。簡略に示すなら読書を、書物が読者に「たどりつくプロセス」と、読者がそれを「理解するプロセス」とに分けてみるのである(図1)。

 読書というと、どちらかといえばこの後者の書物を手にして読むこと、つまり「理解するプロセス」のみを指すものと考えがちである。けれども、書物が読者にたどりつかなければ読書は成り立たないし、読者へと書物を提供する様々なシステムや人、組織によって、読書は大きく制約を受け、変化もする。

 だから、読書の現在やその歴史を考えるには、この「たどりつくプロセス」をもとらえて、その変化を細かく考えていくことが必要なのだ。こうしたプロセスを無視したまま、ただおおざっぱに読書をとらえて、読書の価値や必要性を盲目的に信じたり、主張したり、はたまた人々の読書離れを批判したり、嘆いたりしてみても、あまり意味はないのだ。

 こうした読書の違いや変化を細かくとらえるにはまた、過去への視点が不可欠である。書物が読者に「たどりつくプロセス」も「理解するプロセス」も、これまで大きくかわってきたし、今も大きく変わりつつある。この四半世紀は、書物の形態やその流通の仕組みが、史上まれにみるような大きな変化をとげてきており、今後もまた大きく変わっていくことが予想される。とはいえ、読書の未来を考えるには、読書がこれまでどうであったのかが分からなければ、私達が何を失い、何を得たのかも理解できないのだ。

 書物と読者の間には、多様な問いがまだまだひそんでいる。書物を読者に売り、貸し、届け、あるいは読者から奪うその仕組みや歴史は、まだまだ十分研究されているとは言いがたい。そうした問いにはまた、最初に述べたように多様な学問領域がかかわってもいる。それら多くの領域の問いを結びつけ、考えていくような、総合的な観点から読書の歴史を問うていく必要がある。

和田 敦彦(わだ・あつひこ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
1965年、高知県生まれ。早稲田大学第一文学部で日本文学を学び、同大学院で日本の近代文学を研究、特に読書や読者についての調査、研究を行ってきた。1996年に信州大学助教授、2005年にコロンビア大学客員研究員となり、北米をはじめとする海外の日本語図書館や読書環境にも研究を広げていった。2007年より早稲田大学教育・総合科学学術院准教授、翌年、同教授。著書に『読むということ』(ひつじ書房、1997年10月)、『メディアの中の読者』(ひつじ書房、2002年5月)、『越境する書物』(新曜社、2011年8月)、『読書の歴史を問う 書物と読者の近代』(笠間書院、2014年7月)などがあり、『書物の日米関係』(新曜社、2007年2月)により日本図書館情報学会賞、日本出版学会賞、ゲスナー賞を受賞。