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石川 正興(いしかわ・まさおき)早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法) 略歴はこちらから

無責任な書き込みが晒す、少年法とネット規制の落とし穴

石川 正興/早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法)

 川崎市に住む中学1年生の少年が、極めて残酷な手口で殺害された。この事件をめぐっては、法律が定めた手続により警察が「容疑者」を特定して取り調べを開始する以前から、「事件の容疑者と思しき人物」を特定した憶測情報が多数の匿名の人物たちによってネット上に掲載されたと聞く。その後、この事件の容疑者に対して捜査機関による強制捜査が行われ、この小論が公表される頃には、少年法第42条により検察官から家庭裁判所へ送致され、事件は司法機関の手に委ねられているだろう。

 今回の事件にはいくつかの論点があるが、以下では、「事件の容疑者と思しき人物を特定した憶測情報のネット掲載行為」に焦点を絞り、少年法を含む刑事法の観点から見た場合にこうした行為にはどのような問題があるのかを論じることにする。

 刑事法の観点からの問題は、大きく二つある。一つは、少年の健全育成の観点から設けられた少年法第61条の「記事等の掲載の禁止」規定との関連であり、他の一つは刑法230条の名誉棄損罪との関連である。

 少年法第61条は、「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」と規定する。そこで問題は、①「事件の加害者と思しき人物」を特定した憶測情報は、「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者」に該当するのか、②インターネット上に掲載する行為が、「新聞紙その他の出版物に掲載」することに該当するのかである。規定を文字通り解釈すれば、上記二つの問いに対する回答は否定的なものにならざるを得ない。しかし、この問題を考える際に押さえておくべき前提は、本条は禁止規定であるが、処罰規定ではないという点である。仮に本条が処罰規定として構成されていたならば、刑法の大原則である「罪刑法定主義」との関係で、処罰の対象行為を本条の文言から逸脱して広く解釈することは難しい。だが実際には、本条は禁止規定に過ぎない。したがって、少年法の目的を定めた少年法第1条の「少年の健全育成」理念との関係で、上記二つの問いについては、本条の文言を広く解釈して「事件の容疑者と思しき人物を特定した憶測情報のネット掲載行為」は、本条の禁止行為に該当すると解釈することが妥当であると考えたい。

 とは言え、第61条が処罰規定でないことを承知の上で、禁止規定を確信的に遵守しない者には実効性がなく、延いては「やりたい放題」の無法がまかり通る危険がある。だが、「事件の容疑者と思しき人物を特定した憶測情報のネット掲載行為」は、少年法第61条とは別に、刑法230条の名誉棄損罪に該当する可能性がある。今回の憶測情報掲載の対象とされた人物の範囲について私は詳細な情報を持たないので、これ以上断定的なことは言えないが、当該掲載行為により名誉を侵害された被害者が刑事告訴をすれば、警察は捜査に着手する可能性もあるだろう(もっとも、その捜査が容易でないことは想像に難くない)。

 最後に、「事件の容疑者と思しき人物を特定した憶測情報のネット掲載行為」との関連で、法治主義について触れておきたい。法治主義の下では、刑罰権を国家が独占する一方で、国家と言えども恣意的な刑罰権行使を認めず、その行使に当たっては罪刑法定主義・法定手続の保障原則からの強い制約を受ける。他方、法治主義は、国民に「私刑(リンチ)」を認めない。「事件の容疑者と思しき人物を特定した憶測情報のネット掲載行為」は、主権者たる国民が自ら法治主義を破ることにもなりかねない。国民自らが禁止したはずの「私刑」が横行する時代へ後戻りすることに対しては、こうした事態を食い止める手立てを講じる必要があると考える。

 この事態を防ぐには、少年法を含む刑事法的対応では不十分である。刑事法的対応は、犯罪とされる事態が起こった場合の事後的処理を中核とするシステムである。このシステムでの事前予防には、おのずから限界がある。結局、今回のような事態を防ぐためには、情報モラル教育のシステム構築が不可欠となる。

 インターネットの便利さは、それを日々利用する者が身に沁みて理解していることだが、それは「もろ刃の剣」であり、使い方次第では、法治主義が否定する「私刑」になり得る行為を助長する可能性も孕む。あたかも本年2月4日に、文部科学省は30年度以降に教科化される小中学校の道徳の学習指導要領に関し、「情報モラル」の指導を「留意する」から「充実する」に変更した改定案を公表した。インターネット利用が法治主義原理の否定になり得る事例も、この「情報モラル指導」の中で取り上げるよう、国に要望する次第である。

石川 正興(いしかわ・まさおき)/早稲田大学社会安全政策研究所所長、法学学術院教授(刑事政策・少年法)

【略歴】
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科単位取得満期退学。早稲田大学法学学術院教授。
早稲田大学社会安全政策研究所所長。専門は刑事政策、少年法。主な研究テーマは、犯罪者の改善・社会復帰処遇理念、非行少年に対する法的対応システム。

【主な経歴・在外研究等】
日本更生保護学会理事、神奈川県地域連携研究会委員長、(財)矯正協会「刑事政策意見交換会」メンバー

【主な著著】
「司法システムから福祉システムへのダイバージョン・プログラムの現状と課題」(成文堂)、「子どもを犯罪から 守るための多機関連携の現状と課題―北九州市・札幌市・横浜市の三政令市における機関連携をもとに」(成文堂)、 「少年非行と法」(成文堂)、「犯罪学へのアプローチ」(成文堂)