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鳥羽 耕史(とば・こうじ)早稲田大学文学学術院教授  略歴はこちらから

没後50年の江戸川乱歩――偉大なる中継点

鳥羽 耕史/早稲田大学文学学術院教授

蔵の外の乱歩

 江戸川乱歩という名前からは、立教大学の敷地に今も残されている蔵の中で、孤独に執筆していたようなイメージが喚起される。しかし戦時下に半生を振り返って制作したスクラップ帖である『貼雑年譜』を見ればわかる通り、乱歩は早稲田大学政治経済学部をはじめ、所属した学校や職業や人間関係、関わった雑誌との関係において自らを規定した人であり、関係のなかに生きる存在として人間を捉えた作家だった。その関係は、乱歩がスクラップ帖に貼り付けた同時代のものだけでなく、古今東西への広がりを持つものだった。

欧米文学から乱歩へ

「幽霊塔へようこそ展」は2016年5月までの開催予定です
入場は日時指定の予約制。チケットはローソンでのみ販売
©Nibariki ©Museo d'Arte Ghibli

 2015年の江戸川乱歩に関わる最大の話題の一つは、宮崎駿による「幽霊塔へようこそ展―通俗文化の王道―」であろう。外国人観光客も多い三鷹の森ジブリ美術館におけるこの展示では、英国の作家ウィルキー・コリンズの小説『白衣の女』(1860年)から影響を受けた米国のアリス・ウィリアムスンの小説『灰色の女』(1898年)を、黒岩涙香が『幽霊塔』(1899年)として翻案、さらに江戸川乱歩が1937年に同題で改作を発表するまでの経緯をわかりやすく説明している。中学生の乱歩は温泉地で涙香訳に出会い、昼夜を通して読みふけった経験がのちの改作につながったということだが、宮崎自身、中学生の時に乱歩版を読み、深く受けた影響から劇場版長編アニメ第一作『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)における時計塔などの着想に至ったという。宮崎はこうした「通俗文化」における影響関係を大河になぞらえ、世界中で人気を集めている自身の作品も、その流れの中の一点にすぎないと解説している。

 宮崎駿によるこの解釈は、たしかに乱歩のある一面を的確に捉えている。乱歩には『幽霊塔』と同じく涙香の翻案小説の改作である『白髪鬼』もあり、これも『幽霊塔』と並んで大きな人気を博した小説となった。また、筆名の由来となったエドガー・アラン・ポーやコナン・ドイルの小説は自ら翻訳している。そうした直接的なものでなくても、欧米の推理小説に通暁していた乱歩が、トリックを自らの小説に応用した例は数多く指摘されている。このように、欧米の文学の影響下で重要な仕事をしていったという面が乱歩にはあるのだ。

乱歩からの影響

江戸川乱歩著、ヤン・シュヴァンクマイケル画『人間椅子』、エスクァイア・マガジ ン・ジャパン、2007年。

 以上は欧米文学から乱歩への流れの話だが、宮崎駿のように、乱歩から影響を受けて仕事をしていった漫画家や映画監督も数多い。『童夢』や『AKIRA』で有名になる前の大友克洋は、乱歩の「二廃人」や「鏡地獄」にインスパイアされたマンガを残している。チェコの有名なアニメーション監督であるヤン・シュヴァンクマイエルは、乱歩の「人間椅子」を絵本にした。戦時中に発禁になった乱歩の「芋虫」を、若松孝二が性暴力の連鎖と再解釈して制作した映画『キャタピラー』(2010年)では、主演の寺島しのぶがベルリン映画祭で最優秀女優賞を受賞した。近年のベストセラーになっている三上延のライトノベル『ビブリア古書堂の事件手帖』も4巻の一冊をかけて乱歩を扱ったし、生誕120年の昨年以降はマンガの出版、アニメの制作、また万城目学らによる少年探偵団ものの新作出版など、枚挙にいとまがない。

演劇博物館デジタル画像データベース「伊藤熹朔舞台装置図」より「黒蜥蜴」(新劇 合同公演、1962年)、整理番号C03-014。

 こうした流れは、宮崎のいう「通俗文化」だけのものではない。乱歩からいわゆる「純文学」への影響もあった。たとえば乱歩の「一人二役」における変身して妻を誘惑するというテーマや、「畸形の天女」における変身後の人物を見破る少女のイメージは、勅使河原宏監督によって映画化もされた安部公房の『他人の顔』の発想の源泉になったように思われる。もっと明瞭なケースでは、乱歩の『黒蜥蜴』(1934年)を三島由紀夫が戯曲化し、舞台や映画になった例が挙げられる。三島は乱歩や宮崎駿と同じく、少年時代に読んで強烈な印象を受けた小説を、バレエ台本にしようとして実現せず、戯曲化して上演、さらに二度目には自らも出演して映画化し、非常な愛着を示した。乱歩による明智小五郎ものを三島が愛の物語として再解釈したこの戯曲は、映画・舞台とも美輪明宏の代表作となり、この9月にも再演された。

乱歩の現代性

 このように、幅広い領域でのイマジネーションの源泉であり続けている乱歩の作品世界の現代性はどこにあるのだろうか。要約すれば、乱歩自身による「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」という言葉に尽きるだろう。現実よりも人工的なもの、ヴァーチャルなものへの関心を持ちつづけた乱歩の特徴は、『パノラマ島綺譚』、『地獄風景』、『大暗室』、『電人M』などの作品群で、繰り返し人工的な別世界を描きつづけた点によく表れているだろう。これは古代中国の「胡蝶の夢」からの普遍的テーマだとはいえ、それを光学装置や人形といった仕掛けと組み合わせ、技術的に実現するというSF的な発想をしたところに乱歩の現代性がある。江戸川乱歩の作品世界は「通俗文化」の大河の一点に過ぎないとしても、それはヴァーチャル・リアリティ全盛の現代にこそ参照される、偉大なる中継点なのである。

鳥羽 耕史/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
1968年東京生まれ。北海道大学文学部卒、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。日本近代文学、戦後文化運動研究。徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部准教授を経て現職。著書に『運動体・安部公房』(一葉社)、『1950年代――「記録」の時代』(河出書房新社)、共著に『杉浦明平を読む』(風媒社)、編著に『安部公房 メディアの越境者』(森話社)、共編著に『杉浦明平暗夜日記1941-45 戦時下の東京と渥美半島の日常』(一葉社)ほか。