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浅井 京子(あさい・きょうこ)/會津八一記念博物館特任教授  略歴はこちらから

「禅画」を観るそして読む

浅井 京子/會津八一記念博物館特任教授

 この秋、富岡重憲コレクション展示室では「白隠・遂翁・東嶺」と題して展覧会を行いました。この展覧会で展示された3禅師の禅画から禅画を観ること、そして禅画を読むとはということを考えてみたいと思います。

 ヨーロッパに白隠をはじめとする禅僧の書画を紹介したクルト・ブラッシュによって『禅画』(二元社)が刊行されたのは1962年でした。1968年には神奈川県立近代美術館で「画家としての白隠展」が開催されました。しかし、禅僧の描いた遺墨を「禅画」ということには反発もありました。「近世禅僧の描いたものにかぎって」と条件をつけて「禅画」という言葉を使うことに抵抗感がなくなったのは1980年代後半からです。

 2000年10月渋谷区立松濤美術館を皮切りに3館で開催されたアメリカ ギッター・イエレン夫妻コレクションを中心とした展覧会で「ZENGA」とアルファベットのタイトルが使われ、2012年12月から渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された「白隠展 禅画に込めたメッセージ」展ではそれまで不明であった白隠の40代の作品が紹介されるとともに、観るだけでなく読み取ることの大切さが主張されました。

白隠慧鶴(1685~1768)

 日本の臨済禅中興の祖と称えられ、沼津市原の松蔭寺を根拠地に布教のため各地を巡錫しました。また多くの著作とともにおびただしい数の墨蹟・禅画を残し、画題の多様さでは江戸時代後半に活躍した仙厓義梵と双璧をなします。

「蛤蜊観音図」

「蛤蜊観音図」

 画面中央に鉄鉢と楊柳をささげ持ち、片膝を立てて踏み割り蓮華に乗る観音がいます。そしてこの観音を取巻くように説法を聴聞する衆生たちが描かれます。画面左側の海蛇を従えた龍王をはじめ、衆生の頭には蟹、蛸、海老、巻貝など海の生物がのっています。これは観音が画面右下の大きな蛤蜊から湧出したことに想を得たものでしょう。白隠には珍しく絹本に描かれ、彩色が施されています。

 蛤蜊から現れた蛤蜊観音は三十三観音の一つで、「唐文宗帝大和五現」の話(蛤蜊を人一倍好んだ文宗帝が、ある時蛤蜊より現れた観音によって一大因縁を悟ったという)によるといわれています。賛文の「慈眼視衆生 福壽海無量」は『法華経』普門品に由来し、白隠の観音図によく使われます。70代には、経文では「福聚海無量」とあるところを「福壽海」と「壽」字を大きく強調して書くようになります。白隠は他の禅画で「壽」に「ながひき」とルビをふり、長寿を意味する「壽」字を晩年までさまざまに書いています。

 なお、白隠は蛤蜊観音を数点描いていますが、本作品は松蔭寺本と永青文庫本の間に位置づけられ、70代半ば頃の作と推測しています。

「摺鉢図」

「摺鉢図」

 摺鉢と摺子木の図です。賛文は「楽ミはうしろに はしら前に酒 氣にあふた客 すりばちのおと」とあります。

 柱を背にして、気のあった客人と酒を酌む。摺鉢であたる肴は、味噌。白隠の描く摺鉢図はこの他、摺子木の先に小鳥をとまらせ「鶯になりが似たとて、みそさざひ」と賛を附すものがあります。摺鉢であたる味噌にみそさざいを掛けています。

遂翁元盧(1717~1789)

 30歳で白隠に参じ、師の没後、松蔭寺を継ぎます。初めの名を慧牧。48歳で妙心寺に登班、遂翁と号し、名を元盧と改めます。浮島の別号をもち、壮年期まで酔翁とも称しました。磊落な性格で、坐禅看経より詩酒碁画を愛し、池大雅との交友もあったと伝えられます。

「寒山拾得図」

「寒山拾得図」

 寒山の持物である経巻に寒山詩を書き、拾得の持物である箒に掛けて画面いっぱいに延べています。寒山は脇からのぞき、拾得は後ろ手にこれを見上げています。賛文は「家有寒山詩 勝你讀経巻 書放屏風上 時々看一遍」とあり、寒山詩の功徳を称えています。真上を仰ぎ見る頭部の表現は大雅などの人物図にも見ることができます。

東嶺圓慈(1721~1792)

 古月禅材に投じた後、23歳で白隠に参じます。29歳で白隠の衣法を受け、無量寺を託されます。のち、三島に龍澤寺を開き、白隠を開祖として迎えています。東嶺の宗風は「大器遂翁、微細東嶺」と称されました。しかしその書画は多く大胆で、賛文と図が一体となり、一種特有の飄逸さをともなう独創的な世界を形成しています。

「茶柄杓図」

「茶柄杓図」

 根付きの竹筒に茶柄杓を立てる図です。茶柄杓図は師白隠にその先蹤をみることができますが、一般に茶柄杓を横に置いた図が多いなかで、これは棚に仕込まれる柄杓飾りのように柄杓を立てた珍しいものです。賛文に「寒熱の地獄ニかゆふ茶ひ杓も 心なけれハ苦もなし」とあり、とらわれぬ心の重要さを説いています。

 このように、画面に何が描かれているかを観る。観ることで形の面白さ、画としての発想の妙を堪能し、考える。形の由来を調べる。そしてまた観る。その繰返しのなかで、今まで気づかなかったことが見えてくれば、新たな視点を獲得できるかもしれません。それが、気持ちを切替るきっかけになることもあり、近年禅画への関心が高まっているのかもしれません。なお2017年は白隠の250年遠諱にあたります。

浅井 京子(あさい・きょうこ)/會津八一記念博物館特任教授

【経歴】
1980年財団法人富岡美術館学芸員になり、1994年から学芸課長。2004年富岡美術館の当館への寄贈にともない、會津八一記念博物館客員助教授。2007年より現職。