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杉山 博昭(すぎやま・ひろあき)/早稲田大学高等研究所助教  略歴はこちらから

絵画と聖史劇 —— ボッティチェリをめぐって

杉山 博昭/早稲田大学高等研究所助教

にぎやかに黙する天使たち

 2016年は日伊国交樹立から150年目にあたります。その記念企画のひとつとして、現在、東京都美術館で「ボッティチェリ展」が開催されています。ボッティチェリといえばイタリアはおろか西洋美術史においても指折りの巨匠ですし、これほど多くの作品が並ぶ同展は、希有な機会にちがいありません。

 それに敬意を表し、ここでボッティチェリの作品を二点あげましょう。《受胎告知》(1481年)と《神秘の降誕》(1500-01年頃)です。この《受胎告知》は昨年、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された「ボッティチェリとルネサンス展」で来日したフレスコ画です。部屋に入ってきたガブリエルとうやうやしく頭を下げるマリアが、線遠近法にもとづく端正な空間に配置されています。一方、画家晩年の傑作といわれる《神秘の降誕》では、画面中央にマリア・ヨゼフ・幼子キリストの聖家族が描かれ、その周囲や頭上に救世主の誕生を祝う天使が多数配されています。

 もちろんこの二枚の絵画は、聖書に記された主題を扱っていますが、ここであえて疑問を呈してみましょう。つまり「ボッティチェリは、聖書の記述をそのまま表現したのでしょうか?」 もしくは「作品が制作された当時、鑑賞者はここに聖書の記述のみを読み取ったのでしょうか?」

サンドロ・ボッティチェリ≪受胎告知≫、1481年、ウフィツィ美術館、フィレンツェ

サンドロ・ボッティチェリ≪神秘の降誕≫、1500-01年頃、ナショナル・ギャラリー、ロンドン

一世を風靡する宗教劇

 ボッティチェリが活躍したのは、15世紀のフィレンツェです。あまり知られていないことですが、当時この街にはヨーロッパ最大のマスメディアが存在しました。それが聖史劇です。活版印刷の普及にともなう出版ブームの到来以前、聖史劇はもっとも多くの受容者を有するメディアでした。フィレンツェ市民が資金と技術をつぎ込んで制作した『キリストの復活』や『洗礼者の斬首』などは、一度の上演に2万人以上の見物客を集めたことが伝わっています。

 ここでは数ある聖史劇のなかからひとつの演目に注目します。それはサン・フェリーチェ聖堂で上演された『受胎告知』です。聖史劇『受胎告知』については、現在、ふたつの舞台装置再現モデルが製作されています。ひとつは1439年のある「証言」にもとづくもの。もうひとつはジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝』(1550 / 1568年)の記述をもとにしたものです。

チェーザレ・リージとルドヴィコ・ゾルジ、アブラハムの手記にもとづく『受胎告知』のための舞台装置再現モデル、1975年

 ロシア正教会の主教アブラハムは、1439年のフィレンツェで『受胎告知』を見ました。彼の「証言」は、聖史劇の興味深い特徴をつまびらかにします。たとえば、聖母マリアが若く美しい男性によって演じられていたこと、聖霊はコードで誘引される花火で表わされたことなどです。

 なかでも興味深いのは、大天使ガブリエルの滑空です。アブラハムによると、聖堂入り口上部の「天上」から聖堂中央付近の「マリアの部屋」まで、あらかじめ複数のロープが張られていました。ガブリエル役の若い男性は背中に翼と滑車付きハーネスを装着し、そのふたつの滑車は2本のロープで支持されています。さらにこの男性の胴体には細いコードが結わえられており、このコードをスタッフがたぐることでガブリエルの滑空は実現したというのです。つまり聖堂内の見物客は、翼をつけて宙づりとなった若い男性が直立姿勢のまま少しずつ引っ張られる姿を目撃したわけです。

チェーザレ・リージとルドヴィコ・ゾルジ、ヴァザーリ『列伝』にもとづく舞台装置再現モデル、1975年

 これとは異なる舞台装置を伝えるのが、ヴァザーリの『芸術家列伝』です。ヴァザーリによると、会場の聖堂の梁には巨大な舞台装置「天球」が固定されていて、この「天球」は二重の鉄製ドームで構成されていました。

 劇中の所定のタイミングで、内側のドームは水平方向に回転しながらゆっくりと垂直に降下し、空中で停止します。じつはこの内側のドームの内部にはさらに小型フレームが格納されていて、最終的にこのフレームとそれに搭乗するガブリエル役の男性が「マリアの部屋」まで降下します。この演出がこちらの『受胎告知』のハイライトです。ちなみに二重のドームの各所には「星々」を表わすランプが無数に固定されたほか、各ドーム底面の張り出し部には、天使役の子どもが計16人立っていました。若い男性がひとり舞台に降り立つそのとき、見物客は暗闇に浮かび上がる大量の点光源と、それに照らされる子どもたちが輪になって回転するのを目撃したわけです。

交差するふたつの眼差し

『受胎告知』のふたつの演出を確認すると、聖史劇には見物客を魅了する見世物としての側面があったことがわかります。これをふまえたうえであらためて先の二枚の絵画を見ると、聖史劇と相通じる描写の存在に気づかされます。

 たとえば《受胎告知》において、画面左端のガブリエルは胸のまえで腕を組み、ほぼ直立姿勢を取って水平に滑空しています。この身ぶりは、続く16世紀に描かれたガブリエルがしばしば強い前傾姿勢を取って頭からマリアのもとに飛び込むことと比較すると、いっそう際だちます。一方《神秘の降誕》の画面上部には、空に円形の開口部が穿たれています。さらに内部が光り輝くその場では、天使たちがロンドを踊っているのです。この空間と運動の特徴は、聖堂の梁に備え付けられた、あの巨大な「天球」の動作を彷彿とさせるでしょう。

 かつて絵画の前に立った鑑賞者は、かならずしも原典の判別のみに執着したのではないと、わたしは考えます。そこでは「いにしえの奇蹟の教え」とともに「身近な見世物の高揚」が想起されることもあったはずです。そう考えると、たとえばボッティチェリが描いたこのガブリエルは、手足をかたく引き寄せ、緊張しているようにも見えてきます。この身ぶりや表情は、華奢な一対の滑車のみで群衆の頭上に吊るされた、あの青年の不安と重なるところがあったかもしれないのです。

 絵画が現代まで残ることはあっても、絵画を前にした鑑賞者の記憶が残ることはありません。絵画の制作規範や原典の判別を手がかりに、その記憶を推し量ることも困難を極めます。ですが、同時代人の経験を再構成することは、そこであらたな眼を参照することを可能とします。それは知的・経済的エリートの高貴な解釈から逸れることになるかもしれません。それでもそれは、名も無き市民や巡礼者たちの現実の生に裏打ちされた、豊かな解釈の道しるべでありうるのです。

杉山 博昭(すぎやま・ひろあき)/早稲田大学高等研究所助教

【経歴】
1975年、八尾市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。イタリア政府奨学金給費生、日本学術振興会特別研究員、京都教育大学非常勤講師を経て、2014年より現職。著書に『ルネサンスの聖史劇』(中央公論新社/表象文化論学会賞奨励賞)など。