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原田 哲男(はらだ・てつお)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

“早ければ早いほど良い”の落とし穴
賢く学ぶ早期外国語教育

原田 哲男/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

 グローバル化が英語教育に拍車をかけ、既に公立小学校でも小学校5年生から英語活動が始まり、さらに中教審特別部会では開始年齢を3年に学年を下げ、高学年で正式な教科にし、週2コマにする議論が進んでいます。一方、文科省は、国際バカロレア(IB:英語のみで、または一部日本語で授業を行い、国内外の大学入学資格を与えるプログラム)の認定校を200校に目指すとしています。このような流れは、必然的に英語学習の開始年齢を下げることに繋がり、早期外国語教育が本格的に始まることになると思われます。ここでは、従来の早期外国語教育の成果に触れ、真のコミュニケーション能力を目指した早期外国語教育が目指すべき方向を考えたいと思います。

従来の早期外国語教育の成果

「外国語学習(とくに発音)は、早ければ早い方がよい」と考えられていますが、実は大きな落とし穴があります。この考え方は、50年以上前にペンフィールドやレネバーグという学者に提唱された臨界期仮説に依っています。この説は、言語習得に適切な期間があると想定され、その期間内に外国語に触れると母語話者のような言語能力を習得しやすいという見方です。例えば、アメリカやイギリスのように日常英語が使われている環境で、移民の子供が英語を習得する場合には当てはまりますが、日本のように英語が使われてない環境で、週に数時間のみ教室で英語を学ぶような場合は全く異なります。

 一般に日本のような環境で外国語として英語を学ぶ場合は、学習開始年齢は、ほとんど英語学習の成果に関係しないようです。ヨーロッパを中心とした最近の一連の研究でも、このことが立証されています(Muñoz, , 2011, 2014)。それでも、音声の学習は早いほうがよいのではと思うかもしれませんが、日本と同じような環境で、早期英語教育を受けた台湾の学習者の聞取り能力は、中学以降に英語学習を開始した者と差がなかったという結果が出ています(Lin, Chang, & Cheung, 2004)。筆者(Harada, 2015)は、幼稚園または小学校から早期英語教育を受けた大学生と中学から英語学習を開始した大学生の英語の[l] と [r]の識別能力をノイズの下で比較しました。驚くべき結果は、早期学習者が、中学から始めた学習者よりも劣っていたということです。これは、明らかに「音声習得は早いほうがよい」という一般的な考えを覆す結果です。すなわち、英語が使われていない環境での週数時間の英語学習では、早期学習者でも音声習得にプラスになるとは限らないということを物語っています。

 それでは、早期外国語教育は意味がないと言ってしまってよいのでしょうか。実は、ここで大切なので、言語能力そのものと、コミュニケーション能力を区別することです。過去の研究で、二言語を使用するバイリンガルは、二つの言語が影響し合っているために、一言語しか使えないモノリンガルの言語体系とは異なることが立証されています。たとえば、日本語と英語をバランスよく話すバイリンガルでも、両言語の音声体系が、モノリンガルの体系と異なっていることが分かっています。すなわち、外国語学習では、モノリンガルの母語話者のような音声や文法体系を習得しようという目標は、現実的でないのです。外国語を駆使して、抽象的な言語活動ができるコミュニケーション能力を養うべきだと思います。

抽象的な言語活動を目指した早期外国語教育

 抽象的な内容を理解したり、発言できたりする外国語能力は、どのように養成したらよいのでしょうか。大切なのは、外国語のインプット、アウトプット、インタラクション(交流)の質と量、また持続した学習期間を担保する外国語教育が不可欠だと思われます。持続した学習期間とは、英語と日本語の言語距離の場合、上級者に達するには、約2500から3000時間以上が必要だと言われていますが、一般的な日本人が大学を卒業した時点では、英語の学習時間は1300時間前後です。すなわち、上級に達するための半分の時間も学習していないことになります。

 では、どうしたらよいのでしょうか。外国語学習は、「学んでから使う」という発想では、2500時間をクリアーするのは難しいと思います。そこで、「使いながら学ぶ」という発想に方向転換する必要があります。しかし、ただ使うと言っても、何のために使うのかという目的がはっきりしていないと、使えません。そのための、一つの提言として、教科として外国語を学ぶのではなく、外国語で他教科を学ぶことにより、抽象的な思考が要求される活動が外国語でできるように訓練することです。そうすることによって、必然的に外国語を使う環境も与えられるはずです。

イマージョン教育のすすめ

 小学校の子供にとって、一番身近なことは、学校で教科の勉強を行うことです。この教科(算数、理科など)の内容が抽象的にならないうちに、小学校に入学後すぐに、一部の教科を外国語で行うことにより、「使いながら学ぶ」ことが可能になり、外国語に接触する時間がふんだんに増加し、抽象的な言語活動も可能になると言われています。このような教育形態を、バイリンガル教育、とくにイマージョン教育と呼んでいます。

 イマージョン教育は、60年代にカナダで始まったフランス語イマージョン教育に遡ることができ、その後スペイン語イマージョン教育として米国内で発達し、90年代からは、日本語などのアジア言語のイマージョン教育が出現しました。日本国内では、私立小学校に、いくつかの英語イマージョン教育が存在します。イマージョン教育の形態は、小学校の低学年で50%から100%までの教科を外国語で行い、学年が上がるにつれて、母語と外国語の割合を50%ずつにし、両言語を通して、認知的な発達を促し、多文化に対する理解を高めることを目標としています。また、教師は目標外国語の母語話者かバイリンガル話者であることが多く、児童は就学以前にその外国語を学んだ経験がなく、ほぼゼロからスタートします。このような従来のイマージョン教育(One-way Immersion)に加えて、最近は児童の約半分をどちらかの言語の母語話者またはそれに近い児童を入学させて、両言語のモデルが半数ずつクラスに存在するプログラム(Two-way Immersion)が注目を浴びています。たとえば、米国カリフォルニア州のロサンゼルス地区では、日英双方向イマージョン教育を行っている小学校 (Dunsmore Elementary School, El Marino Language School, Verdugo Woodlands Elementary School)が、既にいくつか存在しています。クラスは、半数が日本語話者、残り半数が英語話者で、両言語を使って教科指導を行っているために、児童同士の交流が促進され、教科学習と言語学習が同時に効果的に行われていると報告されています。

 このように、外国語を教科として学ぶのではなく、早い段階から他教科の内容を学びながら外国語を使い、母語と外国語と両方で抽象的な思考ができるようにすることを目的としたイマージョン教育が、両言語で真のコミュニケーション能力を養成できる一つのカリキュラムとして期待されています。さらに、このようなイマージョン教育を早期から行うことによって、文科省が推進しているIB教育が現実的になると思われます。真に外国語能力を養成するには、かなり思い切った方法を採用する必要があるのではないでしょうか。

原田 哲男(はらだ・てつお)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

早稲田大学教育学部英語英文学科卒業後、高等学校の英語教員を経て、筑波大学大学院教育研究科教科教育専攻英語教育コースで修士号を取得。短期大学に勤務後、ロンドン大学大学院ユニバーシティ・カレッジで音声学修士、ロンドン大学教育研究科(IOE)を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて応用言語学博士を取得。その後、オレゴン大学で教鞭を執り、2005年から現職。2013年から2014年まで、UCLAの客員教授兼研究員。専門は、第二言語習得、外国語の音声習得、英語教育、バイリンガル教育など。イマージョン教育における音声習得に関しての論文を、Studies in Second Language Acquisitionなどの国際学術誌に掲載。