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▼東日本大震災特集

岡 芳明(おか・よしあき)早稲田大学理工学術院特任教授(共同原子力専攻) 略歴はこちらから

大津波による福島第一原発の事故
―安全確保の「仕組み」改良を

岡 芳明/早稲田大学理工学術院特任教授(共同原子力専攻)

事故の発生:想定を超える大津波

 2011年3月11日に東日本の太平洋沿岸を大地震と大津波が襲った。地震により6基の原子炉はすべて自動停止した。発電所外からの受電も失われた。非常用ディーゼル発電機(DG)が作動。非常用原子炉冷却系も作動した。しかしその約1時間後に襲った大津波により冷却用海水系統のポンプなどが損傷し、最終的な放熱先である海水へ放熱方法が失われた。DGも電気絶縁不良により停止しすべての交流電源が失われた。設計基準を超える過酷事故と呼ぶ事故が生じた。交流電源を用いず原子炉に給水できる系統が起動したが最終的に制御用の直流電源が事故から数時間~2日後に失われて停止した。

 最終的な放熱方法がないので燃料の放射能から出る停止後の発熱(崩壊熱)により原子炉の水の温度と圧力が上がり、原子炉容器の水位が下がり始めた。交流電源喪失と最終放熱先の喪失はどの原子炉にも共通(共通要因故障)なので、1-4号機が次々危機に陥った。なお5、6号機は非常用DGが動きつづけ相互に電気を供給し冷却することが可能だったので危機にはならなかった。

 消火系統を用いて原子炉に水を供給し、核燃料から発生する蒸気で冷却を図った。なお、これらの過酷事故の対応手順は1990年代に用意されていた。(図1)

図1:過酷事故対応設備

事故の進展:電源喪失と放熱先喪失の共通要因故障

 消火系ポンプの能力に比べて原子炉の圧力が高いなどの理由で、外部からの給水がうまく入らず、停電もかさなって減圧に手間取っているうちに原子炉(1号機)の燃料棒が露出し温度が上がって、燃料被覆管のジルコニウムの酸化による水の還元で水素が発生した。放射線線量も高くなり作業性が悪くなった。

 水素は非凝縮性なので格納容器の圧力が上昇した。圧力低減のため(格納容器の破損を防ぎ格納機能を保つため)格納容器内の気体を放出した。原子炉と格納容器の減圧に伴って水素は原子炉建屋の上部にたまった。12日と14日に1号機と3号機で水素が爆発的に燃焼し、それぞれの原子炉建屋上部が破壊された。原子炉圧力容器とその格納容器は厚さ2mのコンクリートの内部にありこれで損傷はしなかった。(原子炉が爆発したのではない。原子炉は停止している。)2号機は格納容器底部で爆発があり、原子炉圧力容器と格納容器が損傷した。(図2)

図2:沸騰水型原子炉

事故の収束方法:水を注入して冷却

 原子炉容器に水を注入し冷却している。燃料を水で覆い続けることが冷却と放射能放出防止にとって一番重要である。水を注入し発生した蒸気の凝縮にたよる冷却方法は不安定だが、外部電源も復旧しているので、燃料が長期間露出するほどこれに失敗する可能性は低いと思われる。

 2号機に注入した放射能を含んだ水が原子炉建屋からタービン建屋に流出して放射線量が高く、ポンプやその電源が放射線量の高いこれらの建屋に設置されているため、復旧に時間がかかっている。注入した水は地震による亀裂を通してピットから海に流出していた。2号機のピットからの流出は防止された。漏水を原子炉にもどし、その途中に熱交換器を接続して安定な冷却を実現すると漏水と冷却を収束できる。

 (4月17日に事故収束の道筋が東京電力によって示された。それによると原子炉と使用済み燃料プールの安定的冷却、汚染水の閉じ込め・処理・保管・冷却のための再利用、放射性物質の抑制などの対策を同時並行で進めるとしている。)

環境放出放射能:チェルノブイリ事故よりはるかに少ない

 主に3月12日と14日の水素爆発時に大気は水蒸気とともに放出された。原子炉そのものの爆発であったチェルノブイリ事故に比べて放出された放射能は格段に少ない。(IAEAの事故評価基準である放射性ヨウ素放出量では10-100分の1と推定されている。核燃料そのものは福島ではほとんど放出されていない)。大部分の放射能は原子炉と建屋の内部とその周辺にある。放出されたものは希ガスと揮発性の核分裂生成物である。希ガスは風で拡散して消失した。反応性が無いので呼吸しても排出される。揮発性核分裂生成物で重要なヨウ素とセシウムは主にヨウ化セシウムとして放出されている。ヨウ化セシウムは水溶性であるため大気に放出されたものはチリや水滴に含まれて存在し、3月20日頃の降雨で地上に降った。水や野菜を汚染した。

 ヨウ素は小児の甲状腺に蓄積する。セシウムは特定臓器に集まらない。半減期はヨウ素8日、セシウム30年で、体内に取り込んだ時の排出の半減期は5日と80日である。汚染野菜や原乳は出荷停止された。その許容線量は自然放射線による被曝量程度に低く設定されている。健康被害は心配ない

 タービン建屋やトレンチにたまった汚染水を貯蔵するために廃棄物処理建屋タンク水を海に放出した。放射能濃度がピットやタービン建屋にたまった汚染水より1万倍低いので緊急にやむを得ない措置と言わざるをえない。魚介類の許容濃度は野菜等農産物と同じ値で規制され、それを越えたものは出荷停止されている。しかし風評被害を含めて漁業者に大きい影響を与えている。流出した汚染水は親潮に乗って流れ黒潮とぶつかって東の太平洋に拡散すると思われる。特に沿岸の海産物の測定と管理が重要と思われる。海洋生物への放射能の蓄積の研究も長年行われている。なお原子力発電所の周囲の海域は漁業権が消滅しているので漁業はできない。

環境中の放射能:天然と人工の放射能

 環境中には放射性物質が事故以前から存在する。これには自然の放射性物質と大気中核実験などによって放出された人工放射性物質がある。自然放射性物質は宇宙の創成時に生成された元素で超長半減期(何億年以上)の原子核。ウランやトリウムがα崩壊、β崩壊して生成される核種も含まれる。その中ではラドンは気体状の核種で自然放射線による被曝の半分を占める。K-40は人体の筋肉中に存在する。

 人工放射能は日本では50年以上にわたって観測され、そのレポートが公表されている(http://www.mri-jma.go.jp/Dep/ge/2007Artifi_Radio_report/Chapter5.htm)。大気中核実験が行われた60年代(中国は80年代まで)に大量に放出された。放射能は当時より約1000分の一に減っている。セシウムやストロンチウムに加えてプルトニウムも微量だが観測されている。最近では日本にはおもに黄砂に伴って大陸方面から飛来する。なお、福島第1発電所の土から微量のプルトニウムが観測されたが、量は少なく過去の核実験由来のものていどである。なお、核実験はいろいろな同位体組成のプルトニウムを用いて行われたと思われ、プルトニウムの同位体比だけからは核実験によるものか、今回の事故によるものかを決めるのは困難と考えられる。

 ストロンチウムについても過去の人工放射能のバックグラウンドや季節変動(黄砂)との関係がわかるように発表すべきである。

 放射線の検出には統計誤差が伴う。微量の放射線計測結果については誤差も含めて検討し発表することが望まれる。

放射線の人体影響:低線量被曝をむやみに恐れる必要はない

 放射線の人体影響には急性障害[白血球減少等]、晩発性障害(白血病、癌など)がある。いずれも100mSv以下では心配ないとされている。なお遺伝的障害は人では観測されていない 。放射線の健康影響は広島、長崎のデータや100年にわたるX線などの医学・科学利用のデータ、チェルノブイリ事故の調査などにより、高線量域ではよくわかっている。

 晩発性障害は主には被爆した集団とそうでない集団の障害発生数を比較して求められる(疫学調査という)。線量が低いと有意な差がえられない。しかし規制や放射線管理では低線量の影響を決める必要がある。影響を原点に外挿して、規制では被ばく量に応じてその割合で健康影響があると考える敷居線量なし直線モデルを採用している(図3)。国際放射線防護委員会(ICRP)はALARA(放射線被ばくは合理的に達成される限り低くせよ)の勧告をしている。 敷居なし直線モデルに従うとどんな微量の放射線でも害があると考えることになる。これが公衆の放射線・放射能に対する恐怖になり。専門家が「放射線被ばくは大丈夫だがなるべく避けたほうが良い」と一般の市民には意味不明の発言をしたりする原因にもなっている。

図3:低線量放射線の健康影響と敷居なし直線モデル(仮説)

 我々は自然の放射線を被ばくして暮らしている。日本では年間2.4mSv程度である。避難区域から離れたところで観測されている環境放射線のレベルは年間の自然放射線量程度であり、健康影響を心配する必要はない。低線量の被ばくはラジウム温泉、ラドン温泉の効用としては民間では伝承されて利用されている。低線量の放射線被ばくをむやみに恐れる必要はない。

 野菜や牛乳、水などの許容濃度も年間の自然放射線量程度の許容線量から決められている。敷居なし直線モデル(仮説)については以下の英文サイトに説明がある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Linear_no-threshold_model

 なお、これまでに用いられている値は大幅に保守的すぎるとして1回の被曝で100mSv、1ヶ月間の被曝でも100mSv、一生の被曝で5000mSvを許容線量限度としても2倍は保守性があるとオックスフォード大学の放射線治療を専門とする教授が2009年に出版した英文書“Radiation and Reason”で述べている。

 ICRPは2007年に原発事故を想定した基準として緊急的には一般人の限度を20~100mSv、事故後放射性物質の影響が残る場合1~20mSvを許容線量とするとの考え方を示している。現在実施されている避難区域(20km)は50mSv、屋内退避(20-30km)は10mSvを超えないよう設定されている。

避難地域とその近傍:きめ細かい対応が必要

 避難や屋内退避地域とその近傍に線量が高いホットスポット地区がある。これらの地区は、風向きが放出時(水素爆発時)の放射物質の拡散の経路にあたったため、降雨などで、地表に放射性セシウムが積もり、線量が高いと考えられる。土を掘り起こして表土を入れ替える方策がある。

 ホットスポットができることは過去の事故でも知られている。これらの地区では長期的な線量が国の今の基準の20mSvをこえる恐れがある。長期間にわたる被ばくは(損傷の修復があるので)短期間(1時的)の被ばくより健康影響が少ないことはよく知られており、放射線治療等でも用いられている。これらの地区で積算線量を考える期間について検討の余地があろう。たとえば上記のオックスフォード大学の教授の基準によると長期被ばくは1か月間を期間として考えて100mSvを超えないことになる。これによると避難住民数も期間も大幅に減る。

 さらに評価期間を1年とするかどうかよりも、ALARAに従うと、表土の入れ替えなどによる線量低減が緊急に必要な対策ではないか。これにより住民の今後の被ばく線量を下げることができる。住民に費用を払いこの作業を行ってもらうと良いのではないか。ホットスポット地域についても表土の入れ替えなどを行えば国の基準の20mSv/yを満たすことができるはずである。このほかにも地元住民の生活を尊重し、住民の目線で考えるとよい方策がいろいろ見つかるのではなかろうか。

 いずれにしても事業者と政府は事故を早急に収束し、放射能の漏洩を防ぎ、被爆放射線量を低減し、避難や屋内退避の解除や風評被害の防止に最善の努力を払う必要がある。

検討課題:安全確保の保守性と大災害との関係など

 避難は家族の崩壊や離散の可能性があるなど住民に多大な負担を強いる。風評被害についても漁民や農民の生活を脅かす。安全では常に保守的に考えることになっているが、避難の基準となる値によって避難させられる住民数は大きく変動する。風評被害も同様である。きめ細かい政府の対応が求められている。今回のような大災害の場合には、保守的なのが必ずしも地域の住民のためならずということもあろう。避難は戦時中の学童疎開のようなものも考えられるのではないか。安全における保守性と影響が相反する問題は今後検討されるべきではないか。

 さらに低線量放射線影響のように確実に決められないものは、政府は保守的にゼロか1かで対応を考えるだけでなく、このような領域については、たとえば住民がリスクの潜在的存在を承知し書面を提出した場合(それで訴訟を政府に起こさないことに同意した場合)は、帰宅を認めるなどの方策も今後、政府と国民の関係の新しいあり方として検討されてもよいのではなかろうか。

 事故はまだ収束していないが、時間はかかるにしても収束に向かうと考えている。電源や水源も復旧しており、それが長時間失われる可能性は少ない。さらに燃料の半数がすでに溶融しており、放射性ヨウ素は半減期が8日なのですでに大部分が崩壊して消滅している。このため最初の水素爆発時より多くの放射能が今後放出される可能性はないと考えられる。セシウム137は半減期が約30年であり、今後の環境放射能の主体と考えられる。チェルノブイリ事故ではセシウムの影響と特定できる放射線障害は観測されていないとのことである。大気中核実験で放出された放射能による汚染土壌の実験結果ではセシウムは2、3年たつと土に固着し、稲にはほとんど吸収されなくなったとのことである。また地球の大気循環におけるセシウムの半減期は1.1年だったとのことで、海外で福島からの放射能が観測されることはあっても、大気中核実験が行われていた時代より観測値は約100倍低く、短期間であると思われる。

 今後長期的な追跡調査と研究はセシウムや地表の影響に限らず海産物の影響も含めてもちろん必要である。

まとめ:事故は大津波が原因、「仕組み」の抜本的改良が必要

  事故の原因は想定を超える大津波であった。地震は史上最大であったがこれには耐えて非常用設備も作動している。津波の来ない高所に非常用電源や空冷式の熱交換器を設置するなどの対策は可能であり、すでに他の原子力発電所ではそのような改良も始まっている。今回の事故の高価な教訓は多数ある。今後担当機関が細かい規制強化に走る恐れもある。しかし1000年に1回の大津波を安全評価で考慮できなかった安全確保の「仕組み」の抜本的改良がまず必要である。日本では原子力利用開始以来、継続して細かい規制強化がなされてきた。手数ばかりかかる結果となり、本質的な点が欠落していた。JCO事故の後では規制関係組織の大幅強化がなされている。今回の事故はこれらではだめで「仕組み」が問題であったことを示している。なお安全関係組織の抜本的改革は必要だが、「仕組み」とは組織を作ることではない。

 国際競争力向上を至上目標に、優れた国の「仕組み」を作ることは安全確保に限らず日本が21世紀を生き残るための至上命題と考える。優れた競争の「仕組み」を作った国や組織が生き残ってきた。

岡 芳明(おか・よしあき)/早稲田大学理工学術院特任教授(共同原子力専攻)

1946年生まれ、東京大学名誉教授、日本原子力学会元会長 専門は原子炉工学、主な編著書は「原子炉設計」等の原子力教科書シリーズ(オーム社)、“Super Light Water Reactors and Super Fast Reactors”、“Advances in Light Water Reactors Technologies”(Springer)など。考案したスーパー軽水炉は第四世代原子炉として世界で研究されている。

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