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▼東日本大震災特集

谷内 満(たにうち・みつる)早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

震災後の政策には市場機能を使おう
―社会主義的発想からの脱却―

谷内 満/早稲田大学商学学術院教授

 東日本大震災は、大地震、巨大津波、原発メルトダウンというトリプル危機を日本にもたらした。この未曽有の危機から日本経済を立ち直すには、被災者の救済、被災地のインフラ再建など、政府が果たすべき役割は非常に大きい。しかし、危機時には市場の力よりも政府主導の政策が重要だ、と考えるのは誤りだ。市場機能を無視するような社会主義的な政策をとれば、さまざまな悪影響が生じて、生き物の経済からしっぺ返しを食うだろう。市場がうまく機能するような政策をとることが、今こそ求められている。

節電は料金引き上げで

 震災による電力不足は、日本経済に大変大きな影響を与えている。政府は東電と東北電力の管内のすべての企業、家計などに対して昨年比15%の節電を要請し、さらに大口需要家に対しては、罰金を伴う法律で節電を命令している。一方、東電の賠償責任や事故処理費を電力料金に転嫁するのは好ましくないとして、電力料金の値上げは認めない方針である。

 産業や企業によって電力使用の事情は異なり、一律の節電義務付けは大きな非効率を生みだす。政府は病院、ホテル、空港施設その他については例外を設け、業種ごとに細かく15%以下の節電を認めており、この点に配慮している。しかし、さまざまな産業・企業の事情はまさに多種多様で、政府がこの業種は何%、この業種のこの時間帯は何%と決める方式は、うまく機能しない。政府が重要物資を「計画的に」配分する政策は、旧ソ連などの社会主義国がとった政策である。市場機能を拒否した社会主義的な政策がうまく機能しないことは、ソ連の崩壊が象徴している。

 電力の供給不足は、現状の電力価格が低すぎることを意味している。料金を引き上げることによって、個々の企業、個人事業者、消費者が自分の事情にあった節電を選択できるようにすることが必要だ。

 まず第1に、電力使用のピーク時と非ピーク時の料金に差をつけることによって、ピーク時の電力需要を抑え、非ピーク時の電力使用を増やすよう誘導すべきだ。週日の日中の料金値上げ、夏冬の料金を春秋の料金よりも高くすることが求められる。今年の真夏の日中の電力不足に対応するには、節電命令を補完的に使う必要がある。

 第2に、電力料金の全体の水準を引き上げる必要がある。従来の電力料金水準は、原発のリスクが織り込まれていない低すぎる水準であったと言える。また、電力料金を引き上げずに節電要請・命令だけで使用量を減らす現行のやり方では、東電の売り上げは激減し、賠償や事故処理費の原資も出てこない。電力料金が高まれば、電力生産への新規参入、自然エネルギーの開発、節電の技術革新が生まれ、将来の電力料金低下と日本経済の活性化につながる。

政府の賠償責任を明確に

 東電問題への政府の対応にも、市場軽視の姿勢が見られる。市場機能が有効に働くためには、市場取引の前提となる諸制度が不可欠である。政府の重要な役割は、市場参加者が守るべきルールを明らかにし、その遵守を確実にすることである。ルールが不明確であったり、途中で恣意的に変えられては、市場は機能しない。

 原子力損害賠償法では、「損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは」、原子力事業者の賠償責任を免ずると規定されている。今回の震災がこれに該当しないならば、一体どのような災害であれば、本規定が適用されるのだろうか。現在政府が提案している賠償支援の仕組みでは、政府が最終的にどの程度の負担を負うのか明らかにされていない。東電がリストラで資金をねん出すべきは当然だが、しかし、膨大な賠償負担金と事故処理費をすべて東電(および一部は他の電力会社)に負わせれば、東電は長期にわたって厳しい緊縮経営を強いられ、かつ利益もあげられず、民間会社として体をなさない状況となるだろう。その結果、優秀な学生は入社せず、また社員のモラル低下や有為な人材の流出で、会社が弱体化し、日本の基幹電力供給会社としての機能を十分果たせなくなる恐れがある。政府の賠償責任を明らかにして、東電の金銭的負担に上限を設けるべきだ。また、枝野官房長官が民間銀行に対し債権放棄を求める趣旨の発言をしたこともあった。東電が法的整理に入れば当然債権の減免が行われるが、法的な根拠もなく「お上からの要請」で民間取引が左右されるようでは、市場経済は機能しない。

民間企業活用で農業と漁業の再生を

 未曽有の高齢化を乗り切るためには、日本経済の長期的な成長を引き上げることが重要である。震災後は、膨大な復興費用を今後の税収で賄う必要が加わり、長期的な成長促進は喫緊の課題となっている。政府は昨年6月に、「新成長戦略」を閣議決定したが、その具体化は先延ばしとなっている。

 規制緩和は最も重要な成長促進政策である。あらゆる分野で不要な規制を撤廃・縮小することが重要であるが、今回の震災で大きな打撃を受けた東北の農業の復活に、規制緩和は大きな役割を果たしうる。日本の農業は高関税その他の手厚い保護のもとで、生産性が低く衰退の一途をたどっている。昨年導入された農家戸別所得補償制度は、小規模農家を温存するだけで農業の再生にはまったくつながらない。

 日本の産業はどの分野でも民間企業が生産活動の中心的な役割を果たしているが、日本の農業は株式会社の参入が原則禁止されている「異常な」産業だと言える。最近、農業生産法人という特殊な会社形態の導入、民間企業の農地賃貸など、非常に限定的な形で民間企業の参入を認めるようになっているが、依然民間企業の農地所有は禁止されている。民間企業の資金力とノウハウを使うことが、農業を再生させるカギを握っている。特に、被災地の農地は集約化して、これまでの零細規模農業から大規模農業に転換することが求められている。まずは、被災地に限った民間企業の農業参入を大胆に認める規制緩和を導入するべきだ。民間企業が農業に参入すれば、働く人の7割以上が60歳以上という「高齢化」産業に、若い人が就職するようになる。その中には、自営農家になる人や農業会社を起業する人も出てきて、農業の活性化につながるだろう。

 東北の漁業の再生にも、民間企業の参入が重要だ。漁業権はこれまで漁協に優先的に付与されてきたが、食品加工業、外食産業その他の民間企業の参入を容易にして、漁業の再生と活性化を図るべきだ。

 昨年の「新成長戦略」では、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の参加検討が盛り込まれていたが、震災で大きな打撃を受けた東北の農業への考慮から、政府の姿勢は消極化している。しかし、このまま手厚い保護を続けていても、衰退が続くだけだ。このような時こそTPPに早期に参加表明して、農業の貿易自由化を進めることが、農業の再生につながる。TPPの貿易自由化には10年の猶予があるので、所得補填制度の導入などによって、自由化への調整は可能だ。

谷内 満(たにうち・みつる)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1949年生まれ。東京大学法学部卒、米国ブラウン大学経済学博士。内閣府政策統括官などを経て、2004年から現職。専門は国際金融論、マクロ経済学。詳しくは谷内満のホームページをご覧ください。