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▼東日本大震災特集

川口 有一郎(かわぐち・ゆういちろう)早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

投資家は大震災から何を学んだか
-株価と住宅価格から見た心理変化-

川口 有一郎/早稲田大学商学学術院教授

1.はじめに

 東日本大震災は日本経済について従来とは非常に異なる印象をもたらした。例えば、3.11以降、日本の住宅や不動産の価値の見方が変わった。住宅・不動産の価値を決定づけるものは立地価値である。大震災以前は、例えば、首都圏であれば埋立地であっても都心に近く美しい街並みもつ住宅地の立地は高く評価された。しかし3.11以降、人々の住宅地に対する嗜好が大きく変わった。安全性が利便性や快適性よりも重視されるようになった。住宅の評価において、これまでは相対的に軽視されてきた活断層の有無や地盤の強固さなどの要因が一挙に重視されるようになった。大震災後におけるこうした人々の心理の変化を株価と住宅価格を通して見てみよう。

2.大震災と株価

 マグニチュード9の地震が東日本を襲ったのは2011年3月11日であった。翌週の月曜日、3月14日、日経平均株価は6.2%下落した。他には特に大きなニュースはなく、この株価の下落は大地震によるものであった。

 16年前の1月17日には阪神淡路地域がマグニチュード7.2の地震に襲われた。このときも、株式市場が地震に対して最も大きな反応を示したのは翌週の月曜日だった。1月23日、日経平均は5.6%下落した。他には特に大きなニュースはなく、この下落も大地震によるものであった。

 日本の株式市場は、二つの大震災に対して、日次ベースで最大約6%の株価下落という反応を示した。これは市場が大震災という突発的な要因に対してどの程度の反応を示すかについての一つの共通尺度と考えてよいだろう。

 ところが、東日本のケースでは3月15日に福島の原子力発電所の爆発という事故が連鎖的に発生した。この第二の突発的な要因に対して、市場は即時に反応し日経平均は同日10.6%下落した。阪神淡路のケースでは、このような第二の悲劇はなかった。そのため、大震災発生後の1週間における株価の下げ幅は両ケースでは大きく異なる。阪神淡路のケースでは日経平均は8.3%の下げに留まったものの、東日本のケースでは16.8%も下げた。

 興味深いことに、市場がこれら二つの大震災に対して示した反応には上記のような違いがあるにもかかわらず、震災発生後の16営業日(約3週間)以降の日経平均の下げ幅は両ケースでほぼ同じ水準(約5%の下げ)に収束している。

3.大震災と住宅価格

図1 大震災と住宅価格の変動
 2011年3月11日の東日本大震災の住宅価格への影響は、トレンド成分を除去したサイクル成分で比較すると、1995年1月17日の阪神淡路大震災の住宅価格への影響よりもかなり小さい(「東京証券取引所の首都圏中古マンション住宅価格指数」を用いて筆者計算)

 大震災に対して住宅や不動産の市場は株式市場とは異なる反応をする。東証住宅価格指数(首都圏の中古マンションの取引価格の月次変化を提供している)を用いてこれを確認しよう。

 大震災の影響を把握するために、住宅価格の変動から長期的な変動(トレンド)を除去し、それから乖離した変動(サイクル)を取りだす(図1)。阪神淡路大震災発生後、首都圏の住宅価格指数のサイクル成分は長期間(18カ月)にわたって大幅に下落した。これに対して、東日本大震災後のその下げは阪神淡路ケースの10分の1程度にすぎない。

 阪神淡路ケースでは住宅価格サイクルが最も下げたのは震災発生後8カ月であったので、東日本震災のケースでは2011年11月頃が最大の下げになる可能性がある。しかし、現時点で判断する限り、その下げ幅はかなり小さいだろう。

 両大震災に対する首都圏の住宅価格の反応は異なる。理由として次の二つが考えられる。一つは地震のタイプの違い。阪神淡路ケースは直下型、東日本ケースは海溝型であり、地震動による住宅の倒壊などの被害は圧倒的に前者のケースが大きかったこと。また、阪神淡路震災当時、住宅価格のトレンドが大幅に下落していたこと。これに対して、東日本震災時は、住宅価格のトレンドは低位の長期安定していた。

  
4.おわりに-投資家は大震災から何を学んだか

図2 日米の株価と住宅価格の関係

 株価と住宅価格の新しい水準は大震災後の日本経済について従来とは非常に異なる印象が生まれた可能性を示唆している。その一方で、1990年の日本の不動産バブル崩壊や2008年秋に発生したリーマンショックに比べると、東日本大震災が株価や住宅価格に与えた影響はそれほど大きくはないと言える。図2は日本の不動産バブル崩壊から現在までの日米の株価と住宅価格の推移を示す。世界では日本の阪神淡路と東日本の大震災間の約16年間に、通貨危機、財政危機、バブル崩壊、および金融危機といった「めったに起きない現象」が6回も発生している。

 東日本大震災は、めったに起きないことがひんぱんに発生することを、投資家にあらためて目を向けさせる機会となった。リスク管理の重要性がさらに増している。

川口 有一郎(かわぐち・ゆういちろう)/早稲田大学商学学術院教授

1955年生まれ。博士(工学)東京大学1991年。1996年英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、2000年に新しい実学「不動産金融工学」を確立。2004年早稲田大学商学学術院(大学院ファイナンス研究科)教授。日本不動産金融工学学会会長、アジア不動産学会(2011年副会長)やアメリカ都市経済・不動産学会等において研究活動を行う。2007年早稲田大学国際不動産研究所所長、2010年早稲田大学ファイナンス総合研究所所長。

2007年国土交通省住宅価格指数検討委員会座長(「住宅市場動向に関する指標のあり方の検討業務」に関する報告書)にて住宅価格指数を開発。財務省財政制度等審議会国有財産分科会臨時委員、財務省独立行政法人評価委員会住宅金融支援機構分科会長。

主な著書に『不動産金融工学』(清文社、2000年)、『リアルオプションの思考と技術』(ダイヤモンド社、2004年)など。