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小松 幸夫(こまつ・ゆきお)早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

建物の耐用年数
― 実態調査で判明した本当の寿命

小松 幸夫/早稲田大学理工学術院教授

欧米には存在しない規定

 建物には耐用年数がある。こう書くと日本人は当たり前と思うであろうが、欧米の人々には奇異に感じられるかもしれない。

 ここでいう耐用年数の代表は財務省令に定められたいわゆる法定耐用年数であり、たとえば鉄筋コンクリート造の事務所は50年、木造の住宅は22年となっている。これは本来、所得税や法人税における減価償却費の算定に恣意性を排除するために定められた年数であるが、資産価値評価が必要となる場面で参照されることが多く、また本来「償却年数」とでもすべきところを「耐用年数」とした用語の故であろうか、一般には建物の使用可能年数と理解されているようである。筆者は建物の寿命について研究を進めてきたが、この法定耐用年数が日本人の建物観に大きく影響を与えてきたことを痛感している。

 ある時彼我の建物寿命の違いを知る手掛かりになるかと思い、外国における建物の耐用年数について周囲の専門家に聞いてみたことがあるが、どうやら欧米の先進国については日本のような規定は存在しないらしいことがわかった。正確な調査ではないが、この結果には意外に思うと同時に納得する部分もあった。欧米では土地と建物は一体として扱われるため土地に耐用年数がないのと同様、建物にも耐用年数は存在しないとする考え方のようであり、建物は早晩使えなくなるものであるとするわが国で一般的な考え方とは根底から異なるものであると理解した。

 ところで先程建物の寿命という言葉を使ったが、耐用年数と寿命の区別を述べておく。同じ意味で使われることも多いが、筆者は耐用年数とは使用予定年数で「定める」ものであり、寿命とはある建物が実際に存続した年数で「定まる」ものであると定義している。法定耐用年数は税額計算のためのルールに過ぎず、耐用年数をどう設定するかは本来はその建物を使用する側の問題である。

家屋台帳による実態調査

 そこで建物の寿命であるが、筆者は1982年頃から統計的な手法による実態調査を行ってきた。その前にまず建物の寿命をどう調べるかに触れておきたい。まず思いつくのは取り壊された建物を見つけて、その年齢を調べる方法である。この方法ではひとつの建物の寿命が何年ということはわかるが、それが一般的な建物の寿命であるとは言い難い。ならば数多く調べればよいとなるが実はこれが容易でない。まず壊された建物の情報を得ることが難しく、またその建物の経歴が確実に得られるという保証もない。すべての建物の情報を網羅した戸籍のようなものがあればこうした調査も可能であるが、現状はそうなってはいない。

 ところでわが国では国民の平均寿命が毎年公表されている。厚生労働省が人口動態統計に基づいて推計しているもので、正確には0歳児の平均余命という。筆者はこの考え方を建物に応用することを考え、固定資産税の家屋台帳が資料として使えることに思い至った。人間の平均寿命とは、新生児の集団が現在の死亡秩序(年齢ごとの死亡率の状況)に従うとした場合、平均的に何年生きるかを推計するものである。この求め方からわかるように平均寿命は仮想的なものであり、状況によって変化する。たとえば疫病が大流行して死亡率が高くなると必然的に平均寿命は短くなる。しかしながら疫病を免れた人の寿命が、平均寿命の変化によって短くなるということは考えられない。あくまでもその時の状況を反映した仮想的な数字であることを理解しておく必要がある。

耐用年数に科学的根拠はあるのか?

 また家屋台帳であるが、これは固定資産税の対象となる建物(家屋)について、各市町村が課税のために情報を整備しているものである。すべての建物を網羅している訳ではないが、課税が目的であるので建物が除却された場合には、その通知が期待できるという点が寿命の調査には好都合である。各方面のご協力により経年別の現存棟数と年間除却棟数のデータを得て建物の平均寿命を推計してきたが、まず平均寿命の実態は法定耐用年数とはかなり異なることが明らかとなった。また鉄筋コンクリート(RC)や木材といった構造材料の違いが及ぼす影響については、木造は寿命が短いとされてきたことは必ずしも正しくないことがわかった。建築工学的には建物の寿命は構造材料の耐久性で決まると考えられてきたが、むしろ使い勝手の良否などが大きく影響しているように思われる。

 近年の建物の質の向上や経済状況を反映してか、平均寿命は徐々に長くなる傾向にある。最新の分析結果では、どのような種類の建物でも50年から60年を超える程度の平均寿命となってきている。なおここでいう平均寿命は人間の場合とは異なり、残存率が50%になる時点としている。

 法定耐用年数の制定事情を調べてみても、果たしてその数値に明確な科学的根拠があるのかどうかはよくわからない。ルールとして決められたにすぎない数値に振り回された挙句に、まだまだ使える建物を壊してしまうようなことがあれば実にもったいないことである。

残存率曲線と平均寿命

小松 幸夫(こまつ・ゆきお)/早稲田大学理工学術院教授

1949年 東京都生まれ
1978年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(建築学専攻)・工学博士
1978年 東京大学工学部助手
1982年 新潟大学工学部助教授
1990年 横浜国立大学工学部助教授
1998年 早稲田大学理工学部教授
現在早稲田大学創造理工学部建築学科教授

2008年度 日本建築学会賞(論文)受賞「建物の寿命推計に関する研究」