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福島 淑彦(ふくしま・よしひこ) 早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

景気対策としての「定額給付金支給」は最も有効な経済政策か?

福島 淑彦/早稲田大学政治経済学術院教授

 米住宅価格の下落に伴うサブプライムローンの焦げ付きに端を発した金融不安は、昨年9月の米リーマン・ブラザーズの破綻を契機に一気に高まった。事態は欧米金融機関の経営不安にとどまらず、世界的な信用収縮と株価急落を引き起こした。金融不安の震源である米国では最大7000億ドルの公的資金で不良債権を買い取る米金融安定化法を昨年10月はじめに成立させ、信用不安の沈静を図った。その後、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行をはじめとする世界各国の中央銀行も大幅な利下げを繰り返し信用不安の解消に努めてきたが、依然として世界的な金融不安は払拭されていない。世界的金融不安は、実体経済にも深刻な影響を及ぼし始めている。国際通貨基金(IMF)によれば2009年の経済成長率は日本がマイナス0.2%、ユーロ圏がマイナス0.5%、米国がマイナス0.7%と推計しており、今後主要先進国が景気後退に陥るリスクが高まっている。このような状況下で、麻生政権は景気対策の目玉として「2兆円規模の定額給付金」を掲げている。本稿では、麻生政権が景気対策として掲げる定額給付金の経済効果について論じてみたい。

定額給付金の経済効果

 現在、政府が景気対策の目玉として、2兆円規模(総額2兆円)の定額給付金を検討している。総額2兆円の定額給付金を盛った2008年度第2次補正予算案が1月13日の衆院本会議で与党などの賛成多数で可決された。同予算案は参院本会議で否決されると予想されるが、衆院の議決が優先されるため、景気浮揚策としての「定額給付金」は採用されることとなる。麻生政権が提案する今回の定額給付金は、一人12000円、但し65歳以上及び18歳以下の人には20000円を支給するというものである。18歳以下の子供が2人いる4人家族には合計64000円が支給されることとなる。政府は定額給付金の支給によって、ケインズ理論でいう乗数効果による経済効果を期待しているのであるが、どの程度の経済効果があるのかははなはだあやしい。乗数効果とは、何らかの要因で所得の増加が起これば、それが波及的に需要を喚起するという経済効果である。つまり、所得の増加は財・サービスの消費(需要)を増加させ、消費の増加に伴い生産が拡大する。生産の拡大は財・サービス生産に携わる人々の所得の増加を意味し、その所得の増加がさらなる消費の拡大をもたらす。この様な流れが波及的に続き、経済の拡大が引き起こされるとするのが、ケインズ理論でいう乗数効果である。しかし所得が増加しても人々がその所得を消費にまわさなければ、波及効果は起こらない。乗数効果の規模は、人々が増えた所得をいかに消費にまわすかに大きく依存している。つまり、国民が一時的に増加した所得をすべて貯蓄にまわしてしまうようであれば、乗数効果は発生しない。今回と同様の国民への一時給付金は、バブル経済崩壊の後遺症が残っていた小渕政権時代の1999年に「地域振興券」というかたちで支給されたことがある。当時の経済企画庁の推計によれば、地域振興券の6割強が貯蓄に、4割弱が消費にまわったということである。今回も4割が消費に回ったと仮定すると、総額2兆円の定額給付金の理論的な乗数(経済)効果は、約3.3兆円である。支給した定額給付金の総額2兆円を差し引くと、実質的には約1.3兆円の追加的な経済拡大効果があるといえる。しかし、この効果は定額給付金を使うことによって波及的に需要が喚起された場合の効果である。もし定額給付金を国民が全く、或いはほんの一部しか使用しなかった場合には、波及的な乗数効果どころか経済効果そのものが非常に小さなものとなってしまう。昨年11月の読売新聞に掲載された全国の男女1000人対象に民間シンクタンクが行ったアンケート調査結果はこのことを示唆している。つまり定額給付金について、預貯金やローン返済に回すという人が大半で、買う予定のなかったものに「全額使う」人は12%、「半分使う」が8%だったとし、定額給付金がもたらす追加的な消費は3200億円にとどまるとしている。定額給付金の支給の是非に関しても、読売新聞社が1月9から11日に実施した全国世論調査(電話方式)によると、「定額給付金の支給を取りやめて雇用や社会保障など、他の目的に使うべきだ」との意見に賛成と答えた人は78%に達し、支給撤回に反対する意見は17%に過ぎなかった。また定額給付金の支給は、自治体に新たな事務費用を発生させ、支給時期も各自治体の事務処理能力によるところが大きく、早期に支給されるかはどうかははなはだ不透明である。つまり、総額2兆円の定額給付金は経済効果がはっきりせず、支給業務を行う地方自治体に多くの負担を強い、多くの国民から支持されていない。それにもかかわらず、麻生政権は定額給付金の支給を推し進めようとしている。

定額給付金よりも有効な景気対策は他にないのか?

 定額給付金の代わりに雇用対策や社会保障の充実に総額2兆円を用いたらよいという意見があるが、消費税を引き下げてみてはどうだろうか。過去10年間の1年あたりの消費税税収は9.5兆円から10兆円である。国民の消費行動が季節変動の影響を受けないと仮定すると、2兆円規模の消費税減税は約2.5ヶ月の間、消費税税率を0%することと同じである。2兆円の消費税が40兆円の消費と対応していることを考え合わせると、消費税税率を0%に引き下げた場合の経済効果は定額給付金による経済効果よりもはるかに大きい。また、消費税が期間限定で引き下げられると、そのことに最も敏感に反応するのは高額な商品の購入を計画・検討している消費者であろう。具体的には、住宅、自動車、高級家電製品といった商品の購入を計画している消費者である。実際に、消費税税率が3%から5%に引き上げられた1997年4月直前に、住宅や自動車購入の駆け込み需要は非常に大きかった。つまり、消費税引き下げによって政府の消費税税収の減少幅は当初想定していたより大きくなる可能性はあるが、一方で、住宅、自動車といった高額商品の需要・購入が増加するであろう。特に住宅・建設産業、自動車産業は今回の金融危機の影響を最も強く受けている産業である。多くの国民が反対している定額給付金ではなく、期間限定の消費税引下げを行ってみてはどうであろうか。

福島 淑彦(ふくしま・よしひこ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】

早稲田大学政治経済学術院、公共経営研究科教授。1988年慶應義塾大学経済学部卒業。1990年同大学大学院経済学研究科前期博士課程修了(経済学修士)。同年、ソロモンブラザーズアジア証券会社に入社し、東京・ニューヨーク・ロンドンで勤務。2003年スウェーデン王立ストックホルム大学経済学研究科博士課程修了(Ph.D)。名古屋商科大学教授を経て2007年より現職。