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飯田 健(いいだ・たけし)早稲田大学高等研究所・助教 略歴はこちらから

「失望」と「期待」が生む政権交代
―有権者の感情と投票行動―

飯田 健/早稲田大学高等研究所・助教

 来るべき総選挙に向けて現在、早稲田大学グローバルCOE「制度構築の政治経済学」の田中愛治教授および河野勝教授を中心とする研究チームは、読売新聞東京本社世論調査部と共同で、読売新聞・早稲田大学共同調査と題した世論調査プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトでは2008年10月以来、継続的に世論調査を実施しており、その結果をもとに、総選挙での有権者の投票行動を包括的かつ長期的な視点から明らかにすることを目的としています。とりわけ今年の総選挙では政権交代の可能性があると言われており、仮に政権交代が起こった際には、なぜそれが起こったのか、これまで蓄積されたデータをもとにその詳しいメカニズムを解明することが期待されています。

「マドンナ」「新党」「小泉」ブーム

 このプロジェクトの中で、私が特に研究しているのが、有権者の政党に対する感情と投票行動との関係についてです。読売・早大共同調査では毎回の調査に、自民党と民主党に対する「不安」、「期待」、「失望」、「満足」といった有権者の感情をたずねる質問項目が含められており、これらをカギとして有権者の投票行動、とりわけこれまであまり体系的、理論的に説明されてこなかった日本の選挙においていわゆる「ブーム」(例えば、1989年の「マドンナブーム」、1993年の「新党ブーム」、2005年の「小泉ブーム」など)を説明したいと考えています。今回の総選挙に限らず、今後選挙で「ブーム」が巻き起こり、政権交代が起こるとすれば次のようなシナリオが最も可能性が高いと思われます。それは、「(1)普段は選挙に参加しない有権者の多くが投票参加する(その結果投票率が上昇)」、「(2)そしてそれらの有権者の過半数が野党に投票する」、というものです。

 では、これらはどのような条件下で可能となるのでしょうか。まず(1)について考えたとき、これまでの政治学の知見から明らかなのは、与党に対して強い不満、すなわち「怒り」や「失望」を感じた有権者は投票参加するということです。さらに(2)について考えたとき、与党に取って代わりうる現実的な選択肢として、有権者が野党に対して「期待」をもてるときにのみ、そうした有権者は野党に投票するといえます。すなわち、政権交代には与党に対する有権者の「失望」と野党に対する「期待」が必要と考えられるのです。このどちらかが欠けても政権交代は困難です。例えばいくら有権者が政権に失望を感じようとも、そもそもその失望の「受け皿」として期待がもてる野党が無い限りは、投票参加しないでしょう。また、野党に対しても政権党と同じくらい期待がもてたとしても、そもそも政権に対する失望が無い限り、選挙に行き野党に投票する積極的理由はないでしょう。

「小沢代表秘書逮捕」後の推移

 こうした有権者の感情に関する質問は抽象的な概念に関する質問であり、理論構築において大きな利点があります。従来のように、1993年の政治改革、2005年の郵政民営化など、その時々の争点に関する有権者の意見と投票政党を直接照らし合わせることによって、確かに選挙ごとの結果の説明は可能かもしれません。しかしそれでは、選挙ごとの場当たり的な説明しかできません。その時々の選挙の争点に関わりなく、有権者の争点態度を一貫した理論的説明の俎上に載せるためには、具体的な争点態度を一旦、有権者の抽象的な感情に落とし込む必要があります。すなわち、争点に関する質問や時々のイベントを有権者の感情と照らしあわせることで、何が有権者の失望、不安、期待を増幅させ、投票の決め手となったか、選挙の違いを超えた普遍的、一般的な説明が可能となるのです。

 例えば、図1と2はそれぞれ、自民・民主党に対する「失望」と「期待」の2008年10月から2009年3月までの推移を表したものです。まず図1を見ると、一貫して自民党に対する有権者の失望感が民主党に対するそれよりも高くなっているものの、2009年2月から3月にかけて、民主党に対する失望感が高まることにより、その差が小さくなっています。これは2009年3月3日に民主党の小沢一郎代表の公設第一秘書が政治資金規正法違反の容疑で逮捕されたことによるものと思われます。また図2を見ると、有権者の民主党に対する期待は一貫して自民党のそれよりも高く、その差は2009年2月にかけて大きくなる傾向にありましたが、やはり小沢代表の秘書逮捕により3月になって大きく下げていることがわかります。つまりこれらの図から、これまで一貫して有権者の間で自民党に対する失望感が広がる一方、民主党に対する期待感が高まりを見せるなど、理論的に政権交代の条件が整いつつありましたが、小沢代表の秘書逮捕によりその可能性は小さくなったと言えるでしょう。

 このように党首に対する評価は、政党に対する評価に大きな影響を与えます。小沢代表が何とか代表の座に留まろうとしたものの、最終的に辞任したのも、これ以上小沢代表に対する世論の評価が民主党全体の評価に悪影響を及ぼすことを恐れた結果と言えるでしょう。また昨年9月に福田前首相が突然辞任した理由の一つは、次の総選挙を不人気な自分のリーダーシップの下で戦うのは得策では無いと判断したからだとも言われています。しかし現在、次の選挙の顔として期待された麻生首相も早期解散することのないまま、低支持率に陥り、党内からもいわゆる「麻生おろし」の動きが出てきています。これは不人気な現リーダーを交代させることで、政党に対する有権者の評価を「刷新」することが狙いと解釈できるでしょう。自民党が政党の顔である党総裁に誰を据えて戦うかが、今度の総選挙の一つの大きな焦点となるかもしれません。

飯田 健(いいだ・たけし)/早稲田大学高等研究所・助教

1999年同志社大学法学部政治学科卒業、2001年同大学院アメリカ研究科博士課程前期修了、2007年テキサス大学オースティン校政治学博士課程修了(Ph.D. in Government取得)。早稲田大学高等研究所・客員研究助手を経て2008年より現職。専攻は政治行動論、政治学方法論、アメリカ政治。主要著作は、『投票行動研究のフロンティア』おうふう(共編著、2009年)。