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若田部 昌澄(わかたべ・まさずみ)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

民主党よ、経済政策の基本に戻れ

若田部 昌澄/早稲田大学政治経済学術院教授

拝啓
日本国内閣総理大臣鳩山由紀夫様

 政権交代を実現され、ますますご多忙なのではないかと推察申し上げます。

 さて、民主党政権の経済運営に対して、国民の間には自民党政権とは何か違ったことをしてくれるのではないかという期待と、何かとんでもなく変なことをしてしまうのではないかという不安が入り混じっています。

 そうした不安を解消するためにはどうすればよいでしょうか。私は、自民党政権の経済政策の問題は経済政策の基本から逸脱したことにあり、それゆえ「民主党は経済政策の基本に戻れ」と主張したいと思います。

 経済政策には大きく言って三つの目的があります。それは、

1)「不況を克服する」(安定化)
2)「経済成長を維持する」(効率化)
3)「誰もが人並みの生活をおくる」(所得再分配)

 の三つです。

 この三つのどれもが基本的で重要です。と同時に、この三つの間には「あちら立てればこちら立たず」という関係もあるので、バランスが必要です。どのような政権であっても、経済政策とはこの三つをバランスよく、また順序よく達成することに尽きるといっても過言ではありません。というよりも、これまでの自民党政権の経済運営は、この三つの政策のバランスと順序をとり違えてしまったことにあります。

 1)の安定化は、日本人には説明は不要です。90年代のデフレ不況で日本社会はずたずたに切り裂かれ、多くの人々が塗炭の苦しみを味わいました。そこにきて、この「100年に一度の危機」です。最悪の事態は過ぎたとはいうものの、まだ危機前の水準には戻っておらず、さらなる悪化の可能性も否定できません。また、日本の落ち込み方は他の国と比べても異様に深刻なものがあります。これから冬にかけて、失業率が上昇し、多くの生活困難者が出るでしょう。一刻も早い対策が望まれます。

 だからといって、大方の自民党政権のように公共事業支出を増やしても事態はせいぜい一時的にしか改善されないでしょう。また各種の産業振興策も安定化の代替物にはなりません。

 2)の効率化は、成長軌道をできるだけ高く維持することです。今の日本では、経済成長に対して諦念と反感が入り混じっています。もちろん経済成長はすべてではありません。しかし貧困や環境問題を解決するには経済成長が必要不可欠ですし、90年代から昨今の経済危機まで世界経済はむしろ成長を続けてきました。日本だけが成長できないはずはありません。

 3)は貧困と格差対策の二つに分かれます。貧困については極力なくし、格差については社会の許容する範囲内に抑えることが必要です。最近の調査によると、日本では高所得者層の数が増えているというよりは、貧しい人が増えているということです。これはゆゆしい問題です。

 いわゆる「構造改革」路線は、1)安定化と3)所得再分配をないがしろにし、2)効率化を重視しすぎました。もちろん、1)と3)がうまくいっているときには、2)はきわめて重要です。こうしたねじれが生じてしまった理由は推測するに、サッチャー=レーガン時代の「成功体験」から誤った教訓を学んだことにあると思われます。サッチャーやレーガンが登場した時代は高度のインフレと不況の併存でした。そのときにはインフレを抑制する緊縮的マクロ政策と、規制緩和などのサプライサイドの強化はともに良い循環をもたらす正しい政策でした。しかし、デフレ不況のときに必要なのはサッチャー=レーガン的な政策ではありませんでした。

 もう少し具体的な話をしたいと思います。

 1)の安定化には、日本の中央銀行である日銀との政策協調が必要不可欠になります。安定化については、日本のデフレがやはり過去においてもそして今後においても問題とならざるをえず、日銀は物価の安定化を主要な目的としているからです。ちなみに今回の民主党政権誕生で経済財政諮問会議が廃止されると伺いました。残念なことは、そうなると政府首脳と日銀総裁との定期協議の場がなくなることです。アメリカで大統領とアメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)議長が週一回の昼食会を開催しているように、定期的な会合は最低限必要です。あるいは国家戦略局を事務局として政府・日銀の協議体を設けることも考慮されるとよいでしょう。

 2)の効率化は、「構造改革」路線への反発が強い現状ではなかなか受け入れづらいかもしれません。しかし、すでに鳩山首相は「2020年までの温暖化排出ガス1990年比25%削減」を公約とされました。この目的を仮に達成するならば、各種の削減努力だけでなく、やはり技術革新が必要不可欠です。そうした技術革新は、活力ある民間経済からしか生まれてきません。これは基本的には誰かが命令や規制を行うからではなく、自由闊達な創造性が人類発展の基礎だからでしょう。

 3)の所得再分配については、民主党はアイディアに困ることはないかと思います。けれども、まずは貧困の実態をつかむ統計調査を行うというのはいかがでしょうか。理系出身であられる鳩山首相には釈迦に説法ですが、「良いデータのないところに良い政策の基礎はありません」。けれども残念ながら、日本では再分配の対象となるべき人々が正確には何人くらいいて、どれくらいひどい状況なのかを把握した信頼のおける統計がありません。そういうデータを整備しておくならば、議論の土台ができるでしょう。

 民主党にはこれまで実績がありません。そしてマニフェストを読む限りでもすべての疑問に答えられているわけではありません。これが国民の不安のもとでもあります。しかし、今後は実績を積むことで国民の信頼を獲得していくことができます。このことは民主党にとって大きなチャンスです。

 首相にはこのチャンスを使って、これまでの経済政策を是正していただきたいものです。

若田部 昌澄(わかたべ・まさずみ)早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、早稲田大学大学院経済学研究科・トロント大学経済学大学院博士課程単位取得退学。早稲田大学助手、助教授を経て、早稲田大学政治経済学術院教授。専攻は経済学史。共著『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)で第47回日経・経済図書文化賞受賞。主な著著に『経済学者たちの闘い:エコノミックスの考古学』(東洋経済新報社)、『改革の経済学:回復をもたらす経済政策の条件』(ダイヤモンド社)。近刊に『危機の経済政策:なぜ起きたのか、何を学ぶのか』(日本評論社)、『日本の危機管理力』(PHP研究所)がある。