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谷藤 悦史(たにふじ・えつし)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

「鳩山政権は50点(不合格・追試)
―政権交代6カ月の課題と展望」

谷藤 悦史/早稲田大学政治経済学術院教授

 昨年の9月に誕生した鳩山政権は、10月の所信表明演説で、戦後政治を転換するとして「いのちと生活を守る政治」の実現を表明した。さらに、それを具体化するものとして、地域再生による人と人の絆を作り出す地域主権改革、経済と雇用危機を克服する「人間の経済」の形成、持続可能性を追求した低炭素社会と核なき社会の形成、対等な日米同盟を基軸とした東アジア共同体の形成をめざす「架け橋外交」を提起したのであった。

 政策の転換だけではなかった。民主党の人的資源を総動員した内閣は、政治の担い手が変わるのみならず、政治主導の政治が形成されることを印象づけた。さらにまた、英国をモデルにした閣僚委員会の導入、国家戦略室と行政刷新会議の設置も、政党と内閣が一元化して強力な指導力を発揮する議院内閣制の制度的特質を実質化するもので、これまた日本の政策決定が大きく変わることを予感させた。これらは、政権交代にともなう政治変化への期待を、大いにかきたてたのであった。

 こうして、政権発足直後の鳩山内閣に対する人々の支持は、7割を超えた。人々の間に「期待増大の革命」がもたらされたのである。それから6か月、人々の期待は急速に萎み、支持は半減した。今、人々は、失望のふちにある。

 昨年の夏、多くの人々は、政権交代に一票を託した。既存の政治や政治体制を変えることに賭けたのである。こうして、鳩山政権には、さまざまな意味で、日本政治に変化をもたらすことが宿命づけられた。明示的な変化を作り出すことが、鳩山政権の評価軸として設定されたのである。個々の政策分野を見てみれば、未着手のもの、実現半ばのもの、修正を施されて実施されたものなど、まだら模様の成果となっている。政権発足直後の高い支持が半減するほどに、政治成果がない訳でもない。政治とカネの問題が、政権評価に影響を与えていることは事実であろう。しかし、それをさしおいても、今の鳩山政権には、常に不足感と欠損感がつきまとう。何故なのであろうか。

 鳩山政権がそれを自覚しているかどうかは別として、民主党の政策集には、新自由主義以後の政治を模索したヨーロッパ社民主義政党の政策が満載である。公と民との協働による「新しい公共」の考え、個の安全網を広く保障する「人間のための経済」の再形成、環境経済の育成、持続可能性を追求するエネルギー政策、農業政策の総合的な見直し、医療、介護を中心とした福祉産業の育成、ワークライフバランスを考慮した雇用形態の総合的な見直し、地域コミュニティの再生と地域主権などの考えは、新自由主義の政治の失敗を経験したヨーロッパ社民主義勢力が、21世紀に向けた新しい政治として模索してきたものである。民主党が提起した、子供手当、母子・父子家庭への児童扶養手当、高校の無償化、高速道路の無料化、中小企業法人税の減税、暫定税率の廃止、租税特別措置の見直しと予算の組み替え、農業の戸別保障制度の導入、派遣労働の見直し、非正規労働者への雇用保険適用、最低賃金の見直し、ひも付き補助金や直轄事業の地方負担金の見直し、地方交付税改革、天下りの禁止と公務員制度改革などは、そうした考えから導き出された派生的な政策にすぎない。

 しかし、鳩山政権は、政策が導き出された理念や原則を十分に自覚して、それらを統一的に共有していないように見える。さまざまな政策は網羅的に配置され、系統化されてもいない。したがって、政策実行の優先順位も定まらず、工程表も不分明になる。政治の理念を表現する言葉は重みを失い、政策が批判されると安易な修正が繰り返される。内閣の発言も不統一になり、頻繁に揺れてしまう。結果的に、提起されている政策の意味が、益々失われる。人々の評価も、個々の政策が実現されたかどうかだけに集中し、政策が最終的に何を目的とし、どのような社会の実現につながるかが益々分からなくなってしまう。これが、鳩山政権後の6カ月であった。

 政治が迷走している根本的な原因は、首相と内閣の補佐体制の未整備にあるだろう。とりわけ首相の補佐体制は、空洞化している。内閣補佐体制として位置づけられている閣僚委員会も機能していない。結果的に、首相は孤立し、内閣の統一性は失われ、政権の指導力が損なわれることになっている。

 人々の失望が、「不満増大の革命」につながらないために、鳩山政権は、新しい政治実験の目標を再確認し、政策間の矛盾を精査し、優先順位を再設計して、政治の実効性を高めなければならない。それは、近づきつつある参議院選挙で勝利するためでなく、政権交代が新たな政治的可能性をもたらすものであることを人々に実感させ、政治に対する信頼を確保するためである。それがなければ、人々の間に政治に対するあきらめが蔓延し、不信と不満が満ち溢れ、日本政治が漂流することになろう。民主党のみならず、日本政治の統治能力そのものがためされているともいえる。鳩山政権は、正念場にあるといえよう。

谷藤 悦史(たにふじ・えつし)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】
1974年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業
1981年 早稲田大学大学院政治学研究科 修士課程を経て博士課程修了
1989年 東海大学・茨城大学講師などを経て早稲田大学政治経済学部助教授
1994年 早稲田大学政治経済学部教授
1995年~97年 イギリス エセックス大学政治学部客員教授
1997年 アイルランド ダブリン大学ヨーロッパ経済公共問題研究所客員研究員
その他、学習院大学講師、慶応大学講師、東京大学講師を歴任。

【専門】
政治学・政治コミュニケーション・イギリス現代政治

【論文・著書】
「新世紀におけるイギリスの政治改革」(『早稲田政治経済学雑誌』、358号、2005年)
「ポスト・サッチャー期のイギリス選挙政治」)『コミュニケーションの政治学』慶應義塾大学出版会 2003年、所収)
「日本が学べる『組織的構造改革』モデル」(週刊『東洋経済』2001年7月28日)
『現代メディアと政治』(単著)一藝社2005年
『誰が政治家になるのか』(共著)早稲田大学出版部2001年