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日野 愛郎/早稲田大学政治経済学術院准教授 略歴はこちらから

なぜ首相は参院選前に代わるのか?
-首相交代の政治力学

日野 愛郎/早稲田大学政治経済学術院准教授

 参院選を目前に控え、鳩山前首相が辞任を表明した。終わってみれば、わずか8ヵ月の短命政権であった。小泉元首相曰く、「平成に入って22年の間、次の総理で16人目。チェンジ、チェンジと言っても、ちょっと変わりすぎじゃないか。」確かに、本人の在位期間(5年5カ月)を除けば、平成の首相平均寿命は約1年と実にはかない。政治改革のモデル国と言われたイギリスでも首相の平均在位期間は5年以上であり、他の先進諸国と比べても、その短さは際立っている。なぜ、日本ではこれほどまで頻繁に首相が代わるのだろうか。

 近年、首相の寿命が短くなっている理由として、以前よりも頻繁に世論調査が行われるようになり、永田町の政治家が敏感に反応するようになったことがあろう。確かに、内閣支持率が30%を切ると「危険水域」であることが、メディアでも繰り返し伝えられるようになった。しかし、世論調査報道は日本のみならず、先進諸国に共通した流れである。イギリスやアメリカでも、調査・報道機関による世論調査は恒常的に行われている。

 もちろん、世論調査報道は首相の短命化に拍車をかけるかもしれない。しかし、ここでは参院選が「首相交代の舞台装置」となっていることを指摘しておきたい。日本では3年に一度参議院議員の半数が改選される。当然のことながら、任期4年の衆議院議員の選挙とは、衆参同日選挙とならない限り、異なる日程で行われる。衆議院の解散がなくても、12年の間に少なくとも6回の国政選挙がやって来る計算(うち1回は衆参同日選挙)になる。

 両院の選挙日程が一致しないことは、実は先進諸国でも極めて珍しいということはこれまであまり注目されてこなかった。そもそもスウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランドのような北欧諸国では一院制が採られており、選挙日程のズレはない。また、二院制を採用している国でも、多くの国で国民は議員を直接選ばない。イギリスの貴族院は基本的に世襲制であるし、オランダの第一院、フランスの上院、ドイツの参議院は、いずれも州などの地方自治体による間接選出の方式を採っており、国民は直接投票できない。日本と同じように国民による直接選出の上院を持つ国は、イタリア、スペイン、ベルギー、スイスなど、その数も限られている。しかも、この中で両院が別日程で選挙を行っている国は日本のみであり、日本の二院制が独自の選挙日程を用いていることは注目に値する。

 衆参両院選挙の「別日投票」は、首相交代の政治力学に重要な意味合いを持つ。首相は仮に総選挙で国民の信託を得ても、4年の任期の間に参院選という「国民の審判」を受けなければならない。大統領選挙の2年後に行われるアメリカ議会の「中間選挙」(mid-term election)では、政権与党が敗れる傾向にあることはよく知られている。日本の参院選も言わば「中間選挙」として位置付けることができ、1998年参院選敗北の責任をとって退陣した橋本内閣は、政権与党が「中間選挙」で敗れた典型例である。首相の座に留まるためには、参院選という衆院選以上に高いハードルを、まずは越えなければならないのである。

 「中間選挙」というハードルを乗り越えるために、時の政権与党は、あらゆる手を尽くす。今回民主党が繰り出したいわゆる「首のすげ替え」は、かつて自民党の常套手段であった。例えば、リクルート事件や消費税導入に対する批判が高まる中、1989年6月3日に竹下内閣は退陣した。同じく、森首相の言動への批判が高まる中、2001年4月26日森内閣は退陣した。いずれも7月に迫る参院選を見据えた辞任劇であった。

 しかし、これら2つの辞任劇は、対照的な展開を見せる。読売新聞の世論調査によると、1989年4月の竹下内閣の支持率は8%と一桁台にまで落ち込んでいた。急きょバトンを受けた宇野内閣は、発足直後ですら23%弱と支持率を回復することはできなかった。結果、7月の参院選では改選議席の約半数を失う36議席と惨敗を喫する。一方、森内閣も2001年2月には支持率が8%台に低迷していたが、政権を引き継いだ小泉内閣は、2001年5月に85%台の記録的に高い支持率をたたき出す。そして、7月の参院選では、自民党が大きく息を吹き返し、64議席と議席を伸ばすことに成功した。

 これら2つの新内閣の違いは、どこにあるのか。それは、前内閣を刷新したというイメージをどれだけ国民に植え付けることができたかにある。竹下内閣の外相だった宇野氏は、当時サミットが迫っていることもあり、そのまま政権を引き継いだ。リクルート事件に関与していない閣僚を選ぶなどクリーンな政治を目指したが、自身の女性スキャンダルも災いし、国民は刷新されたというイメージを持てなかった。一方、「自民党をぶっ壊す」と言って自民党総裁選に勝った小泉氏は、これまでの自民党を刷新してくれるというイメージを国民に植え付けることに成功した。新しい内閣が発足したことで、あたかも政権交代が起こったかのような錯覚を国民が覚えたのである。このような「疑似政権交代」を演出できるか否かが、新内閣の帰趨を決すると言ってよい。

 新たに発足した菅内閣は、このような「疑似政権交代」をどれだけ演出できるだろうか。新内閣発足後の世論調査は、軒並み支持率の「V字回復」を示している。これは、菅首相が党の役員人事、閣僚人事において「脱小沢」をアピールしたことに、国民が反応したからであろう。幹事長や官房長官などの重要ポストに、1996年に旧民主党が発足した当初からの「オリジナルメンバー」が名を連ねた。2003年の民由合併以降、小沢氏に「母屋を取られた」感のある民主党だが、菅首相が初心に帰ってイメージの刷新を図れるかどうか。自民党は「副社長が社長に昇格しただけ」と揶揄するが、菅首相は鳩山内閣と違うカラーをどれだけ打ち出せるか。来る参院選の結果も、それによって占うことができるだろう。

日野 愛郎(ひの・あいろう)/早稲田大学政治経済学術院准教授

【略歴】
1974年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒、大学院政治学研究科修士課程修了、英国エセックス大学政治学博士号(Ph.D)取得。日本学術振興会特別研究員、ベルギー王国・フランデレン政府給費留学(カトリックルーヴェン大学社会政治世論調査研究所)、同国カトリック新ルーヴァン大学比較政治センター・フェロー、首都大学東京(東京都立大学)准教授を経て、2010年より早稲田大学政治経済学術院准教授。

【著書・論文】
“Censored and hurdle regression models in TSCS data”『選挙研究』26巻1号(2010年)
「2009年総選挙と新しい世論調査の試み」『よろん』105号(2010年)
『政治変容のパースペクティブ』第2版(賀来健輔・丸山仁編、共著、ミネルヴァ書房、2010年)
『2009年、なぜ政権交代だったのか-読売・早稲田の共同調査で読みとく日本政治の転換』(田中愛治・河野勝・日野愛郎・飯田健・読売新聞世論調査部、勁草書房、2009年)
『EU・欧州統合研究』(福田耕治編、共著、成文堂、2009年)
『ヨーロッパのデモクラシー』(網谷龍介・伊藤武・成廣孝編、共著、ナカニシヤ出版、2009年)
『投票行動研究のフロンティア』(山田真裕・飯田健編、共著、おうふう、2009年)
“Time-Series QCA: Studying Temporal Change through Boolean Analysis”『理論と方法』24巻2号(2009年)
New Parties in Government(Kris Deschouwer編、共著、Routledge, 2008年)
Elections: Le reflux?(Andre-Paul Frognier, Lieven De Winter, et Pierre Baudewyns編、共著、De Boeck, 2007)
De Kiezer Onderzocht(Marc Swyngedouw, Jaak Billiet, en Bart Goeminne編、共著、 Universitaire Pers Leuven, 2007)