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根来 龍之/早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

パラレル・プラットフォーム戦略論
―Kindle、iPad、iPodなどが高収益な理由―

根来 龍之/早稲田大学商学学術院教授

電子書籍市場のパイオニアは日本企業

 2010年度のビジネス雑誌がもっとも取り上げているテーマは、電子書籍への期待と恐れだろう。曰く、「電子書籍の衝撃」「電子書籍の真実」「アマゾンの正体」「電子ブックの光と影」……。

 これらは、2007年11月発売のアマゾンのKindleに続いて、今年5月に発売されたアップルのiPadのインパクトを反映したものだ。しかし、電子書籍はこれらの機械(ハード)によって始めて生まれたものではない。この分野のパイオニアは日本企業であり、1990年代から様々な製品が市場に投入されてきた。

 たとえば、1993年に、日本電気はフローピーディスクを媒体とした「デジタルブック」という商品を発売している(このハードには私もコンテンツを提供した)。次の日本企業のチャレンジは、2004年頃であった。松下電器産業(現パナソニック)がシグマブック、ソニーがLIBRIé(リブリエ)を発売した。しかし、松下は、2006年にはカラー表示に対応したWords Gear(ワーズギア)をさらに投入したが離陸できず、2008年3月に電子書籍端末の製造を終了、同年9月30日には対応配信サービスも終了した。ソニーの端末も2007年5月に日本での販売を終了し、配信サービスも2009年2月に終了した。

 なぜ、日本企業の過去の試みは成功しなかったのか。もちろんハードの機能が不十分だったということもある。しかし、電子書籍ビジネスの構造を理解した戦略を展開できなかったという側面もあることが、私が以下で主張したいことである。この問題は、音楽ダウンロード市場でソニーがアップルのiPodに遅れをとった理由でもある。

 このことを私が提案する「パラレル・プラットフォーム戦略論」に立って説明してみよう(詳しくは、根来・釜池(2010)を参照)。

プラットフォーム製品・サービスとは

 プラットフォーム製品・サービスには、基盤機能とメディア機能がある。基盤機能とは、利用者がプラットフォームとあわせて補完製品を使うために、補完製品に対してプラットフォームが提供する機能のことである。例えばゲーム機(ハード)が補完製品としてのゲームソフトに対して提供する機能や、OSがアプリケーションに対して提供する機能を指す。

 メディア機能とは、プラットフォーム上のプレイヤー・グループに対して仲介、決済、コミュニティ機能を提供する仕組みのことである。プラットフォーム上で異なるユーザを出会わせる、プレイヤー間のコミュニケーションや取引を媒介するなどの機能を意味する。 プラットフォーム製品・サービスには、基盤機能中心のもの(例:OS)とメディア機能中心のもの(例:SNS)がある。メディア機能を持つプラットフォーム製品・サービス市場は、相互作用する異なるグループが存在することから、複数(少なくとも二つ)の「サイド」(プレイヤー・グループ)を持つ。これは一般的には「マルチサイド」と呼ばれるが、このうちサイドが二つの場合の理論として、「ツーサイド・プラットフォーム」の理論が、経済学及び経営学の世界で発展してきた(Rochet and Tirole,2003; Caillaud and Jullien,2003; Eisenmann, Parker and Van Alstyne,2006; Hagiu and Yoffie,2009など)。

パラレル・プラットフォーム市場論

 パラレル・プラットフォーム市場論とは、このツーサイド・プラットフォームが二つセットになった市場を議論するための概念である。正確には、パラレル・プラットフォーム市場は、「共通のプラットフォーム(規格や仕様等、もしくはインフラビジネス=結合プラットフォーム)によって媒介される、補完製品(コンテンツなど)の供給プラットフォームと、補完製品の使用プラットフォームが並列的にセットとして存在している市場」と定義される。コンテンツ提供側のプラットフォームと閲覧(使用)側のプラットフォーム自身も、それぞれがツーサイド・マーケットとなる。

パラレル・プラットフォーム構造

 電子書籍や音楽ダウンロード市場では、通信ネットワークとファイル規格が結合プラットフォームとなって、コンテンツ提供側のプラットフォームと再生(閲覧)側のプラットフォーム(ハードウェア)をつなぐことでパラレル・プラットフォーム市場がなりたっている。この理論の射程は、ソフトウェア業界にも及ぶ。例えば、Webサーバ(コンテンツ提供側ソフトウェア)とWebブラウザ(コンテンツ閲覧側ソフトウェア)がセットとなった市場、ストリーミングメディア市場、RIA(Rich Internet Application)市場なども、パラレル・プラットフォーム市場論の適用対象となる。

パラレル・プラットフォーム市場特有の経営課題

 ここで問題なのは、ツーサイド・プラットフォームとそのセットからなるパラレル・プラットフォーム市場特有の経営課題の存在である。以下にいくつかを列挙して、成功した製品・サービスがそれらをどうマネージしたかを示すことにしよう。

(1)ネットワーク効果のマネジメント

 プレイヤー・グループが相互に作用する現象は、「サイド間ネットワーク効果」と呼ばれる。たとえば、読めるコンテンツの数が多ければ多いほど、電子書籍端末の魅力は向上する。

 一方で、同一プレイヤー・グループ内で働くネットワーク効果を「サイド内ネットワーク効果」と呼ぶ。Kindleが、2010年5月のソフトウェアバージョンアップから、「読んでいる本から文章を引用してFacebookやTwitterに投稿できる機能」を提供しているのは、この「サイド内ネットワーク効果」の促進を狙ったものだ。

(2)利益格差のマネジメント

 ツーサイド・プラットフォームやパラレル・プラットフォームにおいては、両方のサイドやプラットフォームをトータルに考えた価格設定(プライシング)を行うことができる(Rochet and Tirole,2003、Eisenmann, Parker and Van Alstyne,2006)。具体的には、片方の製品やサービスをコスト割れや無料で提供することができる。このようなサイド間やプラットフォーム間の価格設定のアンバランスを意図的に行うことを、「利益格差のマネジメント」と呼ぶ。

 iPodの普及は、自社サービス(iTunes Music Store)での、それまでの価格を大幅に安くした1曲1ドルでのコンテンツ提供なしには成功しなかった。最初の段階では、ハード(iPod=製品プラットフォーム)で利益を出し、コンテンツプラットフォーム側(iTunes Music Store)では利益がでない価格設定であった。これは、パラレル・プラットフォームの両方に製品・サービスを提供することによって初めてできる戦略である。

 Kindleの場合、通信料を課さないモデルとしたことが成功した大きな理由である(ハードに付加される通信コストを支援していると解釈できる)。

(3)セットとしてのプラットフォーム製品のマネジメント

 パラレル・プラットフォームの両側の製品を提供することで、プラットフォーム間のネットワーク効果(サイド間ネットワーク効果)を促進し、パラレル・プラットフォームの魅力を増大できる。また、両方の製品・サービスを提供することで、両方をセットで利用することによって初めて実現できる機能を実装できる。

 iPadの場合、iPhoneのアプリを原則としてすべて使えることは、その出だしにおいて大きな意味があった。このような製品づくりを出来るのは、iPhoneにおいてアプリの販売(apple store)と製品(ハード)の提供の両方を自社でコントロールしていたからこそである。

(4)結合プラットフォームのマネジメント

 パラレル・プラットフォームの両方に製品・サービスを提供する場合、結合プラットフォームは独自形式とすることが収益確保のためには有利である。逆にチャレンジャー企業からは、先発企業の結合プラットフォームと同一形式をとれるかどうかが問題となる。一般にそれが拒否された場合は、よりオープンな規格を採用することでコンテンツの不足を補おうとするが、利幅が小さくなることが多い。

 iPodやKindleは、パラレル・プラットフォームの両方に製品・サービスを提供して、その両方を結ぶファイル形式は独自様式としている。この結果、iTunes Music Storeで入手した音楽はiPodでしか聞けないし、Kindle storeで入手した電子書籍はKindle(あるいはKindle閲覧ソフト)でしか見られない。

(5)マルチホーミングのマネジメント

 プラットフォーム製品・サービスを並行的に複数使うことがある。複数のサービスを使うことによって生まれる追加費用を「マルチホーミングコスト(multi-homing cost)」と呼ぶ。追加ハードの購入コストや複数サービスを使うことによる手間などが、マルチホーミングコストの例である。

 実は、kindleのハードがなくても、例えば、PCやiPadにおいても、アマゾンが提供するソフトがあればkindle storeで入手した電子書籍を見ることができる。これは、消費者がkindleハードだけではなく(あるいはそれがなくても)、PCやiPadを利用している人が、同じコンテンツをマルチホームできるようにすることで、収益源である電子書籍の販売増をはかる戦略である。

LIBRIé(リブリエ)の失敗

 以上、成功した製品・サービスの要因をひとつずつ説明してきたが、たとえばソニーのLIBRIé(リブリエ)の場合がどうであったかをふりかえっておきたい。LIBRIéの場合、ソニーが全額出資する電子書籍配信サイトTimebook Townより電子書籍(コンテンツ)をレンタルする方式になっていた。当初のレンタル形態は基本的に60日間の期間限定で、それを過ぎたデータは閲覧できなくなるというものであった。

 これは、出版業界との交渉においてそうせざるをえなかったのであろうが、結果としては、両側の製品・サービスを持つことの利便性を作りえず、利益格差のマネジメントにも失敗し、サイド間ネットワーク効果をつくり出すことにも失敗した。その失敗は、パラレル・プラットフォーム戦略論から見た場合、残念ではあるが、当然であったと言わざるをえない。

参考

根来龍之・釜池聡太~「ソフトウェア製品のパラレルプラットフォーム市場固有の競争戦略」早稲田大学IT戦略研究所ワーキングペーパーNo.34

根来 龍之(ねごろ・たつゆき)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1952年生まれ。早稲田大学ビジネススクール教授/IT戦略研究所所長。京都大学卒業(社会学専攻)、慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。鉄鋼会社、英ハル大学客員研究員、文教大学教授などを経て、現職。経営情報学会会長、国際CIO学会誌編集長、CRM協議会副理事長、エグゼクティブ・リーダーズフォーラム代表幹事などを歴任。専門は、経営戦略論、情報システム論、システム方法論の統合分野。

【著作】
『CIOのための情報・経営戦略:ITと経営の融合』(2010年 編著、中央経済社)
『mixiと第二世代ネット革命』(2006年 監修・共著、東洋経済新報社)
『代替品の戦略:攻撃と防衛の定石』(2005年、東洋経済新報社)
『デジタル時代の経営戦略』(2005年 編著、メディアセレクト)
『資源ベースの経営戦略論』(共訳、2004年、東洋経済新報社)
『オープンパートナーシップ経営』(2002年 共著、PHP)
『製薬・医療産業の未来戦略』(2001年 共著、東洋経済新報社)
『経営戦略と企業革新』(2001年 共著、朝倉書店)
『ネットビジネスの経営戦略』(1999年 共著、日科技連) など