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長沢 伸也/早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

ラグジュアリー戦略
―高くても売れる強いブランドを築く

長沢 伸也/早稲田大学商学学術院教授

従来のマーケティング理論・ブランド理論の逆を行く「ラグジュアリー戦略」

 景気低迷や経済不況の時こそ、企業のブランド力の真価が問われる。「ブランド・エンゲージ(engagement, 婚約)」レベルの強いブランドアイデンティティと創造力を武器に、他社には真似のできない商品と、価格の競争ではなく独自の価値、独自の流通チャネル、独自のプロモーションで他社との横並びから脱する必要があるからだ。このような「価格で競争しない」「創造力とブランドアイデンティティを武器にする」という戦略は、ラグジュアリーブランド、とりわけルイ・ヴィトンやシャネルに一日の長があることを強調したい。

J.N. カプフェレ、V. バスティアン共著、長沢伸也訳『ラグジュアリー戦略-真のラグジュアリーブランドをいかに構築しマネジメントするか-』東洋経済新報社、近刊 表紙

 ラグジュアリーブランドの戦略は、表にまとめたように、一言でいえば従来のマーケティング理論・ブランド理論の逆張りである。つまり、「十分な品質の製品を、安い価格で、広い流通チャネルで、大量に広告・宣伝して販売する」というのが従来の基本的なマーケティングの定石である。これに対して、ラグジュアリーブランドのマーケティングを検討すると、むしろ完全にその逆を行くような「こだわりの品質、物語のある製品を、高い価格で、狭い流通チャネルで、ほとんど広告・宣伝しないで販売する」となっている。こうした「マーケティングの逆張りの法則(anti-laws of marketing)」を体系化した「ラグジュアリー戦略(luxury strategy)」は、従来のコモディティ(日用品)を対象としたブランド戦略とは根本的に違う。また、混同されがちなプレミアム戦略や、単なるファッション戦略とも異なる(J.N. カプフェレ、V.バスティアン共著、拙訳『ラグジュアリー戦略』近刊)。

項目 マーケティングの定石 ラグジュアリー戦略
PRODUCT
(製品)
・十分な品質(適合品質、過剰品質は不可)
・相対的品質
・F&B(機能・便益、使用適合性、要求への一致)
・卓越した品質(こだわりの品質、物語のある製品)
・絶対的品質
・感性品質(経験価値)
PRICE
(価格)
・低価格
・相対価値
・高価格(適正価格)
・絶対価値
PLACE
(流通チャネル)
広い流通チャネル(店舗数増、通販や量販店……) 限定された流通チャネル(流通を支配、支配できないチャネルは用いない)
PROMOTION
(プロモーション)
大量の広告(TV広告等) パブリシティ(メディアに取り上げられること)重視
BRAND
(ブランド)
従来のマーケティング理論やブランド理論(ブランドエクイティ、ブランドランキング等) 従来のマーケティング理論やブランド理論の逆張り

表 ラグジュアリー戦略のまとめ(拙編著『シャネルの戦略』東洋経済新報社より)

 強いブランド・エンゲージが生まれ、「これでなくては駄目なんだ」となれば、「プライスレス」になり、高くても売れる。鞄でいえば、物が入る、荷物が持ちやすい、と機能だけなら、500円か1000円のトートバッグがコストパフォーマンス的に良いことになる。しかし、ルイ・ヴィトンの鞄は「卓越した品質の製品」「こだわりの品質の製品」さらには「物語のある製品」を提供している。また、一般のマーケティング的には「相対的品質」が重要であるが、ルイ・ヴィトンの鞄は他社製品と比較することに意味がない「絶対的品質」ということになる。かくして、ルイ・ヴィトンの鞄は10万円~30万円で、シャネルの鞄は30万円~50万円で、エルメスの鞄は70万円以上で売れる。したがって、従来のマーケティングの概念でラグジュアリーブランドを分析したり経営するのは限界がある。逆境の時代にこそ参照すべき、そうしたルイ・ヴィトンやシャネル,エルメスの戦略について、筆者は詳しく解説している(拙著『それでも強い ルイ・ヴィトンの秘密』、拙編著『ルイ・ヴィトンの法則』『シャネルの戦略』『老舗ブランド企業の経験価値創造』)。

左:長沢伸也著『それでも強い ルイ・ヴィトンの秘密』講談社、2009年 表紙
右:長沢伸也編著、杉本香七著『シャネルの戦略-究極のラグジュアリーブランドに見る技術経営-』東洋経済新報社、2010年 表紙

積極的に「しない」ことによって「らしさ」を守り、高める

 世の中はブランドブームで、ブランド関係の経営書も多く刊行されており、コカ・コーラ、マクドナルド、ソニーなどを扱っているが、しかしこれらはブランドといってもマス・マーケティングの別名である。さらに、そこではブランド拡張理論等が唱えられており、ファッションブランドでいえばバスタオルやトイレスリッパに至るまでライセンスで拡張しているフランスの有名ブランドや日本の有名ブランドはその典型になるが、ブランドイメージは地に堕ちている。ひるがえって、ルイ・ヴィトンは <ライセンス禁止の法則> がある。このように、従来のマーケティング理論やブランド理論のほとんど逆張りを行っているルイ・ヴィトンから学ぶことは多い。

 ライセンス展開をすれば、短期的には儲かるけれど、長期的にはブランド価値は下がる。だから、心あるラグジュアリーブランドはそれをしない。

 シャネルも、セカンドラインやカジュアルラインなど、ライセンス貸与方式の高級ブランドビジネスの常套手段を避けている。こまめな商品展開や仕掛け作り、マスと限定品のコントロールなどの戦略的で地道な経営活動によって、顧客層を拡大している点が特徴として挙げられる。要するに、安売りや量産量販といった安易な策には逃げないポリシーということだ。

日本の老舗企業との共通点

 今年はシャネルが創業ちょうど100年、ルイ・ヴィトンが156年、エルメスが173年であり、フランスを代表する老舗といえるが、老舗の数の多さと歴史の長さでは日本の方が圧倒的である。そこで、筆者は日本の老舗も研究しているが、欧州のラグジュアリーブランドと共通点が多い(拙著『老舗ブランド「虎屋」の伝統と革新』、拙編著『老舗ブランド企業の経験価値創造』『地場・伝統産業のプレミアムブランド戦略』)。

 シャネルは、有名な香水「5番」の原料である薔薇などを確保するために、南仏グラースに専用のお花畑を確保している。また、「J12」という時計で本格的に時計に参入するためにスイスに時計工房を建てたり、日本女性向けの基礎化粧品に参入するために千葉県船橋市に研究所を建てたりと、日本の老舗並みに原材料や技術にこだわっているのである。

長沢 伸也(ながさわ・しんや)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1955年生まれ。1978年早稲田大学理工学部工業経営学科(現、経営システム工学科)卒業、1980年同大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士前期課程修了。1995年立命館大学経営学部教授などを経て、2003年早稲田大学ビジネススクール(大学院アジア太平洋研究科専門職学位課程国際経営学専攻。2007年改組により大学院商学研究科専門職学位課程ビジネス専攻)MOT専修教授、2008年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程商学専攻マーケティング・国際ビジネス専修教授(併任)、現在に至る。2004年早稲田大学戦略デザイン研究所長(併任。2008年まで)。2008年フランスESSEC(エセック経済商科大学院大学)ビジネススクール客員教授(併任)。1986年工学博士(早稲田大学)。
専門はデザイン&ブランド・イノベーションマネジメント論。
著書75冊(和書64冊、中国語版4冊、韓国語版4冊、英語版2冊、タイ語版1冊)。2009年度は12冊を刊行。