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福田 耕治(ふくだ・こうじ)早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

ギリシャ危機とユーロの行方-債務危機の波及

福田 耕治/早稲田大学政治経済学術院教授

 ギリシャの財政危機に端を発する問題が、欧州と世界を震撼させている。欧州の金融不安は、ユーロに対する市場の信任を揺るがしつつある。G20カンヌ・サミットの結果、ギリシャは、国民投票を撤回し、パパンドレウ内閣は信任が得られた。EU・ユーロ圏各国がまとめた包括策をギリシャは受け入れる方向にあり、暫定連立政権樹立の後、議会で承認される目途がたった。これにより危機は、ひとまず回避されたかに見える。しかし根本的な問題は、何ひとつ解決できたわけではない。ユーロ圏第3位のイタリアでも危機が露呈し、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルに次いでIMFの監視下に置かれることになった。それゆえユーロ崩壊や世界経済危機への引金となるのではないかという懸念はいまだに続いている。EUが今直面している財政危機、ユーロ危機の原因は何か、どのようなリスクを抱えてEUは苦悩し、いかなる方向へ向かおうとしているのか、またその解決策はあるのだろうか。

1 世界経済・金融危機とユーロ圏における財政危機の背景

 欧州統合は、グローバリゼーションを歴史的に半世紀ほど先んずる「歴史的実験」である。とくに経済通貨統合は、「国境を越えて人や資本やモノやサービスを移動させる」というEU統合のプロジェクトと直接関わっている。欧州単一通貨ユーロが、1999年に銀行の計算単位として導入され、2002年からは紙幣やコインが発行され、ユーロ加盟国市民の日常生活に溶け込み、10余年の歳月を重ねた。強い通貨であったドイツのマルクやフランスのフランなどが自国の通貨主権を放棄し、現在27加盟国中17か国が欧州単一通貨ユーロ加盟国へと変わっている。ユーロを導入することの経済的なメリットは、①為替レートの変動の消失による貿易・投資の安定化、域内貿易の促進、②為替手数料の節約、③域内市場統合戦略の観点から、競争促進や規模の経済効果による能動的利益の増加、④マクロ経済環境の改善、インフレ・財政赤字抑制、金利低下を通じた経済成長の促進、⑤金融・資本市場でのユーロ金融ビジネスの活性化などを挙げられる。

 ユーロ導入は、EU統合における一種の政治的シンボルとして機能し、欧州市民としてのアイデンティティを強化する政治的、社会的効果をもつだけではなく、為替リスクを消滅させ、国境を越える資金の流れを増大させて、欧州経済の活性化に寄与してきた。しかし、その半面で2008年のリーマンショックに端を発する影響は、ユーロ圏諸国の金融の歪み、構造的矛盾や経済ガバナンスの欠陥を浮き上がらせる結果となっている。

2 ギリシャ財政危機の原因と他の加盟国への財政危機の波及

 ユーロ参加の条件として「安定成長協定」を定め、参加国は財政中期計画(5カ年)を欧州委員会に提出する義務を負うとともに、財政赤字比率をGDP比単年度で3%以内に抑え、累積政府債務残高はGDP比60%以内とする条件を守るように要請した。しかし現実には、この仕組みは上手く機能しなかった。ギリシャのドラクマのような弱い通貨を持っていた国もユーロに参加することで信用力が高まり、赤字国債の発行が容易となり、物価安定と低金利を享受しながら、ギリシャは世界中から投資を呼び込むことが可能となった。さらに証券化や新たな金融商品の開発と相まって、ギリシャをはじめとするユーロ圏では信用・不動産バブルの膨張へと繋がっていた。

 しかし2008年9月以降、アメリカの不動産バブルが崩壊し、2009年には欧州、ギリシャにも金融・経済危機が飛び火した。2009年にヘッジファンドと投資銀行は、ギリシャを狙い撃ちして財政危機を引き起こした。国債を買う時にCDS(Credit Default Swap)と呼ばれる一種の保険を掛けるが、ヘッジファンドはこれに目をつけた。国債の利払いや償還できなくなった場合に債務不履行(デフォルト)となるが、債権者に国債の保障会社が替わりに補償金を支払う仕組みがCDSである。しかしCDS自体が金融商品として機関投資家の取引の対象となり、ヘッジファンド、投資銀行は「国債の空売り」と「CDSの売買」を通じて二重に利益を得られる状況となった。そのような状況の中で2009年10月にギリシャの政権交代が起こり、パパンドレウが新しく政権を獲得し、「過去のデータに嘘(財政赤字データの改竄)があった」と表明した。2009年度のギリシャの財政収支は、当初GDP比で3.7%の赤字であると前政権は発表していたが、実際には12.5%の財政赤字を抱えていることを明らかにした。その途端、市場ではギリシャ国債に対する不信が市場で表明され、格付会社がギリシャ国債の格下げを数度にわたり行い、ギリシャ危機が起こった。

 一見するとギリシャだけユーロ圏から切り離せばよいように見えるが、フランスやドイツがギリシャの国債を沢山購入しており、実際には各国が赤字国債をお互いに買い合って支え合っている。ギリシャがデフォルト(債務不履行)を起すと、フランスやドイツの大銀行は痛手を被り、フランスやドイツの金融システム自体が崩壊する危機に陥る恐れもある。財政赤字が膨らんでいる国々は、PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)と呼ばれている。これらの国々で不動産バブルがはじけた結果、経常収支の赤字や対外債務が増大していき、他方で国内の財政改革、構造改革は上手く進まず、産業構造がどんどん劣化していく状況にあり、EUレベルで対応せざるを得ない。各国が財政赤字を無くすためには超緊縮財政政策を採る方法しかないが、国民は黙っていない。EUの要請を受けて、緊縮財政に向けた改革を政府が行おうとすると、デモやストライキが起こり、暴動にまでに発展し、現在でも危機が収束できない状況にある。

3 財政支援問題とユーロとEU経済ガバナンスの行方

 EUでは、財政危機に陥った場合の救済手法として、緊急的にEUが危機的な国や銀行に財政支援を行い、急場をしのいで財政再建の時間をかせぐための制度が設計された。2010年に5、000億ユーロの融資枠で「欧州金融安定基金(EFSF)」を作り、そこからギリシャやアイルランド等に財政支援する枠組みがつくられた。その後EFSFの基金の総額は、7、800億ユーロ(約82・7兆円)まで拡大されたが、さらに1兆ユーロまで拡充することが目指されている。日本も26億7500万ユーロ(約2800億円)を外国為替資金特別会計により購入し、欧州支援に協力した。しかし欧州の資金調達能力はまだ充分ではなく、今回のサミットでも新興国からの協力を得る約束を取り付けることはできなかった。EFSFによる救済融資には、支援対象国にユーロ財政規律の厳守と年金カットなどの厳しい財政再建努力が課せられる。さらにEUが「経済ガバナンス」と名づける、EU/欧州委員会による加盟国の経済・財政政策に対する監視強化の制度化が行われた。EU財務相理事会は、2011年から金融監督強化に関する銀行・保険・証券部門の監督機関、欧州金融監督制度(ESFS)の創設、「欧州セメスター」と名付けられた事前の監視サイクルをシステム化し、EUレベルで各国の中期財政計画を事前評価し、加盟国の財政状況を常にモニターして危機管理することを試みている。またECBは、2010年以降ギリシャやアイルランドなど危機に陥った国の国債を大量購入するという行動をとったが、これは通貨価値の信頼を低下させることに繋がるという批判もあり、物議を醸している。

 2011年11月初旬の主要20か国・地域(G20)首脳会議(カンヌ・サミット)の最大のテーマは、欧州における政府債務危機の波及問題であり、EU・ユーロ圏加盟国がまとめた「包括策」をギリシャが実行できるかどうかが注目された。また、公務員削減、賃金や年金カットなどを含む緊縮財政に対するギリシャ国民の反発も大きいため、包括策を実施するうえでの不安要因も少なくない。しかしギリシャ危機がユーロ圏の強化を制度化する役割を果たしたのは確かであり、その意味ではEU統合に寄与したといえる。

 日本も歴史的な円高が続く経済環境のなかで、東日本大震災からの復興と福島第1原発事故の処理、および超高齢社会のリスクへの対応という重い深刻な課題を抱え、欧州と同様に苦悩している。2000年以降10年間にわたり、あらゆる就労年齢層で可処分所得の減少が続いている。これは小泉改革により、非正規雇用が増大し、正規雇用職が激減したことの影響も大きい。労働者が不安定かつ脆弱な経済状況下に追い込まれ、将来設計が立たず、少子高齢化をさらに加速し、深刻化させる結果を招いている。

 EU経済ガバナンスやユーロ危機の行方は、EU経済通貨統合のプロジェクトとも密接不可分にかかわっており、危機の克服は時間のかかるプロセスとなる。個々の加盟国レベルでの問題解決能力を超えてしまっている。したがってEUレベルを含む、マルチ・ステークホルダーの参加する世界的規模での連携による経済・金融ガバナンス、グローバル・ガバナンスを必要とする段階にきているといえよう。グローバル化した世界経済に対応して、経済的利益のみを追求する企業や投資家に社会的責任を確保させ、その行動をグローバルなレベルで規制し、調整していくための何らかの国際的枠組みの制度化が要請されている。デフォルトであれ何であれ、モラルハザードを防ぐ仕組みは必要である。地道に努力したものが評価され、報いられる社会にすることが、今後の持続可能かつ安定した未来を築く鍵となるであろう。

福田 耕治(ふくだ・こうじ)/早稲田大学政治経済学術院教授

【略歴】経歴・著作など
1953年三重県に生まれる。現在、早稲田大学政治経済学術院教授、政治学博士。早稲田大学日欧研究機構EU研究所所長、EUIJ早稲田代表、詳細は、http://www.euij-waseda.jp/を参照されたい。日本EU学会理事、日本公益学会理事(副会長)、日本予防医学リスクマネジメント学会理事。早稲田大学卒業後、同志社大学大学院博士課程、ベルギー欧州大学院大学行政学研究科招聘研究員、駒澤大学法学部教授を経て現職。専門は、国際行政学およびEU・欧州統合研究。主な著書に、『多元化するEUガバナンス』(早稲田大学出版部、2011年)、『新版・国際行政学―国際公益と国際公共政策』(有斐閣、2011年)、『EU・欧州公共圏の形成と国際協力』(成文堂、2010年)、『EU・欧州統合研究』(成文堂、2009年)、『EU・国境を超える医療』(文眞堂、2009年)、『EUとグローバル・ガバナンス』(早稲田大学出版部、2009年)、『EC行政構造と政策過程』(成文堂、1992年)“Accountability and NPM reforms in the European Union: Implications for UN reform”,in S.Kuyama and M.R. Fowler,eds.,Envisioning Reform:Enhancing UN Accountability in the Twenty-First Century, (United Nations University Press,2009),Koji Fukuda,et.al.,ed. European Governance After Nice,(Routledge,2003).